時事解説: 「テロ対策」に象徴される新たなアフリカとの関係

アフリカレポート

No.51 特集:TICAD Vをどう見たか

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■ 時事解説: 「テロ対策」に象徴される新たなアフリカとの関係
■ 白戸 圭一
■ 『アフリカレポート』2013年 No.51、pp.16-20
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はじめに
6月1日から3日にかけて横浜市で開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD V)の「横浜宣言2013」の中で、筆者は次の一文に注目している。
「テロや海賊対策、国際組織犯罪等、国境を越える課題の解決は、安定したアフリカ大陸を実現するために必須である。(中略)我々は、アフリカ自身の取組支援を通じ、平和を創り、育て、守るアフリカ自身の能力を強化する」(外務省[2013])
安倍晋三首相は会議2日目(6月2日)の「平和構築の強化」と題したテーマ別会合での演説で、サハラ砂漠南部のサヘル地域の安定化に向け今後5年間で1000億円を拠出し、治安・テロ対策の担い手となる人材2000人を育成する方針を表明した。 TICADの最終日に採択される総括文書に「テロ」の二文字が登場したのは5回目の今回が初めてであり、主催国日本の首相がTICADでの演説で、アフリカにおけるテロ対策の重要性に言及したのも初めてのことである。 テロ対策の重要性を強調する新たな動きは何を意味するのだろうか。それを考察するのが、この小論の目的である。
1.「紛争」と「テロ」
日本ではこれまで、アフリカにおける安全保障問題を議論する際に、一般的に「紛争」に焦点を当ててきた。1993年から2008年まで5年おきに開催された計4回のTICADで採択された総括文書を読めば、それは一目瞭然である。この問題に関しては後に詳述するとして、最初に「紛争」と「テロ」の違いを押さえておきたい。

紛争とは、紛争当事者が国家であるか非国家主体であるかを問わず、基本的には武装した集団同士の「物理的暴力(武力)を伴う抗争」(武内[2000: 7])である。1990年代から2000年代初頭にかけてアフリカでは多くの紛争が発生したが、その大半は内戦、つまり国家権力の帰趨を巡る抗争であった。

紛争の核心は、武装勢力間の交戦にある。紛争では多数の民間人が命を落とし、場合によっては最初から民間人を標的にした虐殺行為も発生するが、民間人の犠牲は基本的には紛争の過程で生じる副次的現象と言える。

また、地球規模の全面核戦争を別にすれば、紛争が及ぼす被害には地理的限界がある。紛争による死傷者は、一般に交戦国・地域の中で発生する。特にアフリカの紛争のように使用される武器が小火器中心である場合には、交戦地域に近寄らない限り生命が危険にさらされる可能性は低い。ある紛争国の特定の地域では連日死傷者が出ているのに、その国の首都は平穏といった事態すら珍しくない。コンゴ民主共和国東部で続く紛争やスーダン西部のダルフール紛争は、その典型と言える。

では、「テロ」とは何だろうか。テロの定義は学術的にも法的にも確定していないが、差し当たって「ある組織が特定の主義・主張に基づき、対象となる国家や国際機構にそれを強要させる手段として、その関係者や構成員等に危害や脅迫を加え、社会に恐怖を生じさせる行為」と言うことはできるだろう(金[2011: 5])。

この定義に基づけば、テロの特質が紛争の特質とは異なることが分かる。まず、テロは武装勢力間の交戦ではなく、テロの実行者は国家権力の掌握を目標としていない。
次に、テロにおける民間人の犠牲は、紛争のような戦闘に伴う副次的現象ではなく、多くの場合、当初から企画されたものである。テロの主たる目的は、標的とした相手とその所属集団に恐怖を与えることにあるからだ。

そして何より、テロの被害には地理的な限界がない。交戦国・地域に立ち入らない限り生命に危険が及ぶ可能性が低い紛争とは異なり、地球上のすべての地域はテロの発生現場になり得るし、この世の誰もがテロの犠牲者になる可能性に直面している。「横浜宣言2013」でテロを「国境を越える課題」として位置付けたのは、テロの特質を的確に捉えている。

紛争とテロは、人間の生命に脅威を与える組織的暴力である点では同じだが、本質的には多くの面で異質な現象だ。テロには、紛争と違う独自の性格と役割があるのだ。


2.誰の「安全」を目指すのか
こうした紛争とテロの違いを押さえた上で、1993年~2008年の間に開催された計4回のTICADの総括文書を順番に見ていくと、次のようなことが分かる。

1993年のTICAD Iの「東京宣言」には、そもそも安全保障の問題に関する記述がなかった。安全保障に関する政策目標が初めて登場した総括文書は、1998年のTICAD IIの「東京行動計画」だ。1990年代のアフリカにおける紛争の多発という現実を踏まえ、「紛争予防及び紛争後の開発」という項目が盛り込まれた。

続く2003年のTICAD IIIの「TICAD10周年宣言」には「平和とガバナンス」「人間の安全保障」の2項目が盛り込まれ、前回2008年のTICAD IVの「横浜宣言」には「平和の定着とグッドガバナンス」への取り組みが明記された。

TICAD II~ IVで提起されたこれら安全保障関連の政策目標は、具体策や問題への焦点の当て方に違いはみられるものの、対処すべき安全保障上の課題として「紛争」を想定し、その予防や戦後復興に焦点を当てた点で共通している。いずれの総括文書にも「テロ」の二文字はない。

先述した通り、紛争の被害には地理的限界が存在する。アフリカのどこかの国で紛争が発生し、人や物資の流れを通じて国際社会全体に影響が及ぶ可能性は否定できないが、アフリカにおける紛争の死傷者は、基本的に紛争発生国・地域の市民に限定される。紛争が激化している国でビジネスを続ける外国企業は現実にはほとんど存在せず、存在したとしても戦闘の激しい期間は国外に退避するので、アフリカの紛争で日本人が犠牲になる可能性は現実には限りなく低い。

つまり、対処すべき安全保障上の課題として「紛争」を想定し、その予防と戦後復興に重点を置いてきた従来の日本のアフリカ外交は、日本と日本国民のための安全保障ではなく、アフリカとアフリカ人市民の安全保障を第一義的な目的にしてきたということだ。アフリカにおける平和の定着が巡り巡って日本と日本国民の安全につながる大きな構図は存在するにしても、まずはアフリカの紛争発生国・地域のアフリカ人市民の安全を保障することに、政策の主眼があったのである。

一方、先述した通り、テロの被害には地理的な限界が存在しない。テロはある日突然、平穏な日常に惨禍をもたらすので、いわゆる「安全地帯」とされていた国や地域で居住・労働していた外国人も犠牲者になり得る。日本人10人が死亡した2013年1月のアルジェリア・イナメナスの天然ガスプラント襲撃事件では、38人の犠牲者のうち37人がアフリカ域外の国民だった。アフリカ各国出身の過激なイスラム主義者たちが、米国や欧州などアフリカ域外でのテロに関与していることも、紛争とは違うテロの国際性を示している。
このためテロ対策は、紛争を念頭に置いた安全保障上の取り組みとは違うものにならざるを得ない。「紛争対策」は第一義的にはアフリカ域内におけるアフリカ人市民の安全保障を図る試みであった。これに対し、「テロ対策」はアフリカ人市民の安全と同時に、日本と日本国民の安全保障を直接的に目指す試みなのである。


3.国家安全保障の舞台としてのアフリカ
したがって、開催5回目にして初めてテロ対策に焦点を当てたTICAD Vは、日本の対アフリカ外交に国家安全保障の要素が加わったことを示している。

周知の通り、日本政府がテロ対策に積極的な姿勢を示したのは今回が初めてではない。国際テロ組織アルカイダが米国を攻撃した2001年9月の同時多発テロ事件以降、日本政府はインド洋への海上自衛隊艦艇派遣や、イラクへの自衛隊派遣等を通じて国際的な「対テロ対策」に参画してきた。軍事的な関与のみならず、アフガニスタンとイラクに巨額の資金を提供し、復興を支援してきた実績もある。

しかし、経済的権益がほとんど存在しないアフガニスタンでの戦闘に関連したインド洋への自衛艦派遣や、戦後復興への参画を目的としたイラクへの自衛隊派遣は、派遣先の国における日本国民の生命や日本の権益をテロ攻撃から守るため——すなわち日本の安全に対する直接的な脅威に対処するため——に実施されたのではない。
これらの施策は、当時の米政府(ブッシュ・ジュニア政権)の世界戦略に積極的に協力することが日本の国益であるとの認識の下、対米協力の文脈から実施された「テロ対策」である。アフガニスタンを「テロリストの聖域」にしないことは日米同盟に関係なく重要な課題とも言えるが、イラクへの自衛隊派遣に関しては、対米協力の文脈から切り離して派遣理由を説明することは困難である。

これに対し、日本政府が今回のTICAD Vで見せたアフリカでのテロ対策を重視する姿勢は、単なる対米協力の文脈から派生したものではない。世界のテロ対策を主導する米国の戦略を補完する側面はあるにしても、政策が打ち出された動機は、日本企業のアフリカ進出の加速という状況を背景に、日本政府が自身の手でアフリカにおける経済権益と日本国民の生命の安全を図ることにある。

したがって、アフリカにおける日本のテロ対策の成否は、対米協力とは別の文脈から派生した日本独自の安全保障戦略の今後を占う上で注目すべきことである。


おわりに
TICAD Vでテロ対策の重要性が強調された直接の契機は、今年1月のアルジェリア・イナメナスの天然ガスプラント襲撃事件の発生だ。日本のある外交官は「TICAD Vまで5カ月を切った時期に10人の日本企業従業員がテロの犠牲になり、政府としてTICADでテロ対策の決意を明示しない選択肢はなかった」と筆者に本音を語った。

だが、仮にアルジェリアの事件が起きていなかったとしても、日本企業のアフリカ進出が進む状況下で、アフリカにおける日本の権益と国民の安全を保障する取り組みは不可欠である。そして、サハラ砂漠南部のサヘル地域を中心に過激なイスラム主義勢力の台頭がみられる現状を鑑みれば、テロ対策を安全保障政策の中核に据えることも不可避である。

換言すれば、アフリカにおけるテロ対策が重視される時代の到来は、アフリカが今、貿易や投資によって日本経済に利益をもたらす地域と化しただけでなく、日本の国家安全保障にとって直接的な利害が存在する地域に変貌したことを示しているのである。


参考文献
外務省[2013]「『横浜宣言2013』躍動のアフリカと手を携えて」( http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/page3_000209.html   2013年6月3日閲覧)。
金恵京[2011]『テロ防止策の研究——国際法の現状及び将来への提言』早稲田大学出版部。
武内進一[2000]「アフリカの紛争——その今日的特質についての考察」(武内進一編『 現代アフリカの紛争——歴史と主体 』アジア経済研究所。

(しらと・けいいち/毎日新聞社)