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海外研究員レポート

法整備は「不足」か「不要」か――南米コロンビアの博物館事情

Does the lack of legislation mean its (un)necessity?: Museums in Colombia

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000110

 

則竹 理人
Rihito Noritake
2023年12月
(3,822字)

いまは資料を収蔵、むかしは受刑者を収容

南米コロンビアの最古にして最大の博物館であるコロンビア国立博物館(Museo Nacional de Colombia)は、今年2023年に創立200周年を迎えた。コロンビアの独立をいつとするかは諸説あるが、独立記念日として現在も祝日になっている1810年7月20日だとしても、その約13年後には博物館が設立されたことになり、建国当初から文化財を重要視していた姿勢がうかがえる。

国立博物館は、200年の歴史のなかで各所を転々としたが、現在は首都ボゴタの「国際センター(Centro Internacional)」と呼ばれる地区に隣接した場所にある。20世紀後半の同地区の開発によって数多く建てられた高層ビルと、博物館の低層の建物のコントラストが景観上の見どころである(写真1)。

現在の博物館の建物は、かつて「クンディナマルカ中央刑務所」として使用されていたものである。設立当時は近代的だった刑務所の建築様式を指す名称で、すべてを見渡せるという意味の古代ギリシャ語「パノプティコン」のスペイン語形“Panóptico”が、博物館となった今でもこの建物の愛称として用いられている(しかし、この建物の実際の建築様式は本来のパノプティコンとは異なる)1

写真1 右下の門がコロンビア国立博物館の通用口。

写真1 右下の門がコロンビア国立博物館の通用口。旧刑務所
としての高い塀が、高層ビル群によって低く見える。

現在でも、刑務所特有の監視塔や窓の柵格子は目に見えるように残されており、博物館となった今ではそれらが実用的に活躍することはないものの、建物自体が歴史資料として刑務所だった事実を後世に残そうとしている(写真2、3)。また、刑務所としての窓が少ない(あっても小さい)、かつ頑丈な壁を設けた構造は、外気、外光の影響を内部にもたらしにくいものであり、資料の保存にも適した建物であるといえる。例えば、メキシコの国立総合アーカイブズもかつて刑務所だった建物を使用しており(則竹2018, 64)、奇しくも資料保存施設と刑務所は必要な条件に共通点が多いのだろう。

写真2 国立博物館の中庭からみる建物の様子。

写真2 国立博物館の中庭からみる建物の様子。中央の背の高い部分が旧監視塔。

写真3 柵格子の付いた窓。

写真3 柵格子の付いた窓。この窓は比較的大きいためか、なかは展示スペースではなく売店が置かれる。

外観だけでなく、内装も各展示室の入り口が柵格子になっており、刑務所の雰囲気を強く残している。とはいえ、国内最古、最大の博物館の名に恥じず壮大なスペースで興味深い展示が提供されており、歴史、考古、民俗といった「狭義の」博物館を構成する分野だけでなく、芸術作品も常設展示されていて2美術館の要素も兼ね揃える。ビジネス街としての色合いが強いためか、平日に比べて週末はやや活気がなくなってしまう国際センター地区とは異なり、国立博物館は観覧客でにぎわっており、違った観点でのコントラストも生み出している。

「南米のアテネ」を抱える国が意外にも有さないもの

コロンビアの首都ボゴタは、文化関連に力を入れている都市であることから、「南米のアテネ」という異名で呼ばれることもある。博物館のほか、類縁施設である図書館やアーカイブズも南米の都市のなかでは比較的充実している。同国の中央銀行である共和国銀行の図書館も、国立博物館同様にボゴタに拠点を構える資料保存施設のひとつだが、1日の来館者数を約5000人と謳っている3。国内最多なだけでなく、例えば日本の国立国会図書館の、2018年度(パンデミック前)の各館含めた年間一般来館者数80万人弱を(国立国会図書館総務部2019, 98)、単純計算でも優に超えることになる規模である。筆者も何度か訪れているが、資料の閲覧、複写、貸出、展示といった従来の図書館的サービスだけでなく、イベントスペースや楽器を演奏できる防音ルーム、さらにはコンサートホールまで兼ね揃えた文化総合施設としてのサービスを提供しており、図書館という表現では誤解が生じると感じるほど幅広い機能を有している。共和国銀行は文化関連に対する貢献度の高い機関のひとつで、ボゴタの一大観光名所となっている黄金博物館や、後述する芸術家ボテーロに特化した美術館も同銀行によるものである。

そのような都市を首都とする国において、文化関連で意外にも欠けている要素がある。それは、博物館に関して単独で規定する法律が存在しないことである。文化省の設置について定めた1997年第397号法のなかで、博物館(Museo)の定義やその機能、また文化省の傘下に国立博物館や博物館局が置かれることなどが示されたものの、博物館に特化した条項は第49条から第55条までの7カ条のみである。

日本の場合、「博物館法」という法律がある。改正法が2023年4月より施行された同法では、公立だけでなく私立の博物館についても規定されており、さらには博物館業務に従事する専門職である学芸員についても述べられている。同法を根拠として、一定の要件を満たした施設は各地方自治体の教育委員会に博物館として登録される制度が敷かれており4、登録が完了すると同法で定義される「博物館」と認知される5。登録された博物館が廃止になる場合は、教育委員会に届け出ることが規定されている。

一方で南米は、ブラジルなど例外はあるものの6、コロンビア同様に博物館に関する単独の法律がない国がほとんどである。博物館が文化財等を長期に保存する目的で収集するためには、施設の活動自体の社会的保証が必要である。もし博物館が廃止せざるを得ない状況になり、その施設が博物館として広く認知されていなかったら、それまで収集、保存されていた文化財等が知らない間に不適切に廃棄されたり散逸したりする可能性は否定できない。コロンビアを含め博物館に関する単独の法律がない国々では、博物館の活動は社会的に保証されているのだろうか。

博物館の入館料からみる、文化に対する意識

創立200周年という節目であることから、国立博物館長のロペス・ロサス(William Alfonso López Rosas)氏はメディア各紙に登場しているが、博物館法制定の必要性も訴えている7。法律制定についても取りざたされた専門家の会議で共通認識となったこととして、博物館を利潤主義的にさせず、持続可能な施設とすることが必要な点を同氏は挙げている。博物館の活動によって収集、保存、研究、普及される文化財等は、それがどのくらいの経済的利益を生み出すかによって選定されるべきではないのは言うまでもない。骨とう品などを扱う古物商に近い観点では、博物館としての存在意義は見いだせない。

ただ、少なくともボゴタでは入館料を無料としている博物館が数多くみられ、非利潤主義的な風潮が既にあることがうかがえる。例えば、2023年9月に91歳でこの世を去った、コロンビアを代表する芸術家ボテーロ(Fernando Botero Angulo)専門の美術館がボゴタの中心街にあるが、入館料はいつでも無料である8。国立博物館も、毎週水曜の決まった時間帯や毎月最終日曜は常設展示を無料開放している9。前述の黄金博物館も、毎週日曜は無料で入館できる10

入館料収入への依存度が高ければ、多くの来館者が見込まれるような、つまり経済的利益が期待される資料の収集や展示に偏る可能性は高い。それを無料としていることからは、文化の保護や促進は経済的な利潤に基づくべきではないという考え方が既に醸成されているのではないだろうか。

日本の博物館法では、公立博物館は入館や資料の利用の対価を徴収してはならないと規定されているが、維持運営のためにやむを得ない場合は徴収を可とするただし書きが付されており、実際は多くの施設で入館料を設定している。コロンビアの場合も、その規定の内容次第では法律制定が効果を発揮しない可能性があるが、そもそもそれに頼らずとも、少なくとも入館料の面では利潤主義を抑制する環境が定着しているようにみえる。

当然ながら博物館の収入源は入館料だけではなく、入館料が無料であるからといってその施設が利潤主義ではないとは断言できない。とはいえ、目に見えてわかるひとつの大きな側面に、文化に対する特別な意識が表れているのは間違いない。そのような意識が歴史のなかで培われ、社会的に根付き、法律がなくとも博物館が秩序だって機能していることが証明されれば、法整備の必要性を再考する余地ができるだろう。

コロンビアの地域多様性と博物館

ただ、ここまでの考察はあくまでも視点がボゴタに限られていることに注意しなければならない。ボゴタは標高2000メートル台後半の高地に位置し、かつ赤道に近く日照時間の変動が少ないため、1年を通して冷涼な気候である。適切な温度は資料の物質によって異なり、また湿度の考慮も重要であるものの、総合的また相対的には資料の保存に適した気候であるといえ、つまり保存環境を構築するためのコストが抑えられることを意味する。しかし、コロンビア全国各地がそのような気候なわけではなく、高温多湿の熱帯や、海の影響を受けやすい沿岸など様々な地域がある。さらには人為的、社会的な面でも、治安のよくない地方が少なからずあり、安全性に配慮するためのコストがかかる場合は多々あると推察される。

写真4 200周年の垂れ幕が掲げられた国立博物館の正面入口。

写真4 200周年の垂れ幕が掲げられた国立博物館の正面入口。

良環境ではなく、経済的な負担を強いられるとすれば、法律による博物館の保護はより望まれるだろう。法律は国全体に適用されるものであるため、コロンビアの地域的な多様性を踏まえてその要否を考慮しなければならない。コロンビアの博物館の中心的存在である国立博物館が200年の節目を迎え、博物館に関する法整備に今後動きがみられるのか、注目に値する。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

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  • すべて筆者撮影
参考文献
著者プロフィール

則竹理人(のりたけりひと) ジェトロ・アジア経済研究所海外研究員(在コロンビア)。2014年ライブラリアンとしてアジア経済研究所に入所。ラテンアメリカ地域を担当。最近の著作に「中間文書館によるアルゼンチン国家およびコルドバ州各行政記録の管理」(『ラテンアメリカ・レポート』40巻1号、2023年)、「スペイン・マドリード州行政記録の段階的管理――法改正、評価選別の側面からの分析」(『国文学研究資料館紀要アーカイブズ研究篇』19号、2023年)、「『記憶』だけに頼らないために――研究所の活動記録の収集と保存」(ライブラリアン・コラム、2023年)など。


  1. Historia del panóptico,” Museo Nacional de Colombia.(2023年10月10日アクセス)
  2. Permanentes,” Museo Nacional de Colombia.(2023年10月10日アクセス)
  3. Biblioteca Luis Ángel Arango,” Banco de la República.(2023年10月10日アクセス)
  4. 日本の博物館法は社会教育法を基に制定されたため、教育的要素が強いことから、施設の登録先は教育委員会と定められている。
  5. 国または独立行政法人が設置者となる博物館については、同法を根拠とした登録の対象外となっている。例えば東京、京都、奈良、九州の4カ所にある国立博物館は、その設置者である独立行政法人国立文化財機構について定めた独立行政法人国立文化財機構法を根拠に博物館として認知されている。
  6. ブラジルでは、法律第11904号(2009年1月14日)で博物館について一般的な規定がなされており、同法でも博物館の設置、統合、廃止の際には公的に記録を残すことが示されている。さらには、廃止の際にはそれまでの資料目録等を後継機関が保存することも規定されている。
  7. ¿Por qué se necesita una Ley de Museos en Colombia?Diario Criterio, May 25, 2023.(2023年10月10日アクセス)
  8. Museo Botero,” Banco de la República.(2023年10月10日アクセス)
  9. Horarios/Tarifas,” Museo Nacional de Colombia.(2023年10月10日アクセス)
  10. Boletería Museo del Oro de Bogotá,” Banco de la República.(2023年10月10日アクセス)