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海外研究員レポート

台湾南部におけるデング熱の感染拡大と対応――蚊の繁殖を「巡、倒、清、刷」で防止

Dengue fever outbreak and response in Southern Taiwan

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000025

柏瀬あすか
Asuka Kashiwase
2023年8月
(3,629字)

デング熱は、デングウイルスに感染した蚊にさされることで発症する感染症で、熱帯や亜熱帯の都市を中心にみられる。人から人への感染はほとんどなく、急激な発熱、発疹、頭痛、骨関節痛、嘔気・嘔吐などの症状がみられる。特定の薬はなく、対症療法によって1週間程度で回復する場合が多いが、重症化することもある。世界保健機関(WHO)の推計によると、世界全体で毎年3億9000万人が感染しているとされる。

台湾は、中部を通る北回帰線の南部が熱帯、北部が亜熱帯気候に属するため、ほぼ毎年感染者が報告されている。本稿では、デング熱がみられる地域の一事例として、台湾でどのような感染防止策がとられているかを解説する。

2023年6月末から南部を中心に感染者が増加

台湾におけるデング熱の発生ついて、2010年から2022年までの間で最も年間の感染者が多かったのは、2015年だった(図1参照)。この時の感染者数は4万3418人1で、52%が台南市、45%が高雄市で発生した。前年の2014年も1万5000人以上が感染しており、このときの感染者は97%が高雄市の居住者だった。2016年以降は大規模な流行はみられなかった。

図1 2010年~2022年の台湾域内におけるデング熱感染者数

図1 2010年~2022年の台湾域内におけるデング熱感染者数

(注)輸入症例は含まない。発症日ベースで集計。
(出所)衛生福利部疾病管制署および政府資料開放平台「登革熱1998年起每日確定病例統計」を基に作成

しかし、2023年は6月以降、感染者が急増している。輸入症例を除く域内の感染者数は、今年初の域内感染者が確認された6月13日から7月末までで、合計906人となった。同期比ベースでみた場合、この人数は2014年以降の過去10年間で最多である。2023年に感染が拡大している要因として、衛生福利部疾病管制署の羅一鈞副署長は、海外旅行の再開に伴うウイルス流入の可能性や、世界的なエルニーニョ現象による気温の上昇、台風などによる降雨で媒介蚊の根絶が困難なこと、そして過去3年間デング熱の域内感染が抑制されていたため、経験豊富な防疫担当者が少ないことなどを挙げている(自由時報電子報、8月16日)。

感染動向を地域別にみると、2014年、2015年の流行と同様に、2023年も感染者の大部分が南部で確認されている。2023年1~7月末時点では、台南市が744人で最多となっており、雲林県が119人、高雄市が34人と続いた(画像1)。感染者が南部に多い原因については、デング熱を媒介する蚊の生息範囲が関係しているとの指摘がある。台湾にはネッタイシマカとヒトスジシマカが生息しているが、WHOによると、このうち主にデング熱を媒介するのはネッタイシマカであるといわれている2。Chen(2018)が1998年から2017年までの台湾におけるデング熱の発生状況を分析したところ、デング熱の流行は北回帰線以南で発生しており、ネッタイシマカの地理的分布と一致していた。ネッタイシマカの分布が台湾南部に限られる原因は、耐寒性が低いことと、雨量の多い北部の気候が生息に適さない点にあるという。

画像1 2023年1月~7月に発症した感染者の分布

画像1 2023年1月~7月に発症した感染者の分布

なお、過去に流行が生じた2002年、2014年、2015年の月別の感染者数をみると、感染のピークは9月以降に訪れていることから、2023年も状況によって感染者が今後増加する可能性がある(図2参照)。こうした状況で、台湾ではどのような予防策がとられているのか、福祉や保健の所管省庁である衛生福利部や地方自治体の取り組みをみていく。

図2 月別の台湾域内におけるデング熱感染者数

図2 月別の台湾域内におけるデング熱感染者数

(注)輸入症例は含まない。発症日ベースで集計。2023年は7月までのデータ。
(出所)衛生福利部疾病管制署および政府資料開放平台「登革熱1998年起每日確定病例統計」を基に作成
台湾におけるデング熱の位置づけ

台湾では、伝染病予防治療法(伝染病防治法)において、致死率・発生率・伝播速度などを考慮し、デング熱を第二類感染症に分類している(表1参照)。第一類から第三類のなかでは、最も危害リスク程度が高いのは第一類で、第二類はそれに次ぐ位置づけとなっている3

表1 法定感染症の分類

表1 法定感染症の分類

(注)第四類と第五類の違いについては文末注3参照。
(出所)全国法規資料庫「伝染病防治法」、衛生福利部疾病管制署「伝染病介紹」を基に作成

また、衛生福利部によると、台湾では2023年7月時点で、デング熱のワクチンは承認されていない。デング熱のワクチンとして2015年以降、20の国・地域でCYD-TDVが承認されているが、デング熱未感染者がワクチン接種後に自然感染すると重症化リスクが高まるとの研究結果があることから、台湾では未承認となっている。また、2022年8月以降は、武田薬品工業が開発したTAK-003が各国・地域で承認されているが、こちらも未承認となっている。このため、デング熱の予防としては、蚊に刺されないことと、蚊を発生させないことに重きが置かれている。

地方自治体主導で蚊の繁殖源調査や駆除を実施

デング熱の予防と対策方法については、衛生福利部が「2023年版デング熱とチクングニア熱の予防と治療に関する作業ガイドライン(2023登革熱屈公病防治工作指引)」として公表している。ガイドラインには、平常時、散発的な感染時、クラスター感染時4の3段階に分けた対策が記載されている。例えば、平常時の対策の一例としては「巡、倒、清、刷」の実施が挙げられる(画像2)。それぞれの漢字は蚊が産卵・孵化する水たまりを作らないための対策を表しており、6月以降、新聞や行政のウェブサイトなどで見かける機会が増えている。デング熱の媒介蚊はわずか6~14日で卵から成虫になるといわれているため、これらの対策をこまめに行うことが重要といわれている。

  • 巡――室内外に水がたまる容器がないか「見て回る」
  • 倒――不要な容器やたまった水を「捨てる」
  • 清――使用した容器は「片づける」
  • 刷――虫の卵を「除去」して繁殖を防ぐ

なお、蚊の繁殖の抑制に関しては、伝染病予防治療法第25条で、地方主管機関(県・市政府)の監督のもと、蚊を含む感染症を媒介する虫や動物を駆除することと、これらの繁殖源となる場所やものの所有者・管理者・利用者等は自主的に感染源を排除しなければならないと定めている。これに違反する場合や、県・市政府が指示した予防・検疫措置に従わない場合は3000台湾ドル以上1万5000台湾ドル以下の罰金が科される(第70条)。

画像2 衛生福利部による「巡、倒、清、刷」のよびかけ

画像2 衛生福利部による「巡、倒、清、刷」のよびかけ

感染が拡大した場合は、表1にも記載のとおり、県・市政府が中心となって対応にあたる。衛生福利部のガイドラインによると、この段階では、流行状況の調査や、補助的に殺虫剤散布が行われる。これらの対応を拒否または妨害した場合は、伝染病予防治療法第67条に基づき、6万台湾ドルから30万台湾ドルの罰金が科される5

2023年に感染者が確認された南部の各県・市では、殺虫剤散布を含めた対応がとられている。例えば、7月末時点で感染者が最も多い台南市では、感染状況が「高リスク」となっている5地区の少なくとも43の市場で、6月20日から7月23日までの期間に、約2700人を動員し、殺虫剤の散布を246回実施した。8月3日には、感染者の増加をふまえ、台南市政府デング熱検査監督団(臺南市政府登革熱稽督大隊)を立ち上げた。同団のメンバー240人は4人一組のチームを作り、市内各エリアで住民への自己点検や清掃の指導を行うほか、同団による検査を行い、市全体での感染拡大防止に取り組む。台南市の黄偉哲市長は、0.5グラムの水であっても媒介蚊の繁殖源になるため、市民に対し、改めて屋内外の水がたまった容器を除去するよう依頼した。雲林県では、県政府が「デング熱危険警戒区域」と書かれた警告旗を作成している。地域内でデング熱の感染者が確認された場合には、付近の目立つ場所に警告旗を設置し、近隣住民に注意喚起するという。また、高雄市では2015年にリリースされたデング熱民衆リアルタイム情報(報登革熱民衆即時通)というウェブサイトを利用することで、直近の感染者数や位置、ウイルスが確認された排水溝などのリスク地点の場所を確認することが可能となっている。

8月以降の感染拡大を防ぐことができるかがカギ

図2で示した過去の流行をふまえると、感染拡大のピークは8月以降に訪れる可能性があり、防疫の正念場を迎えているといえるだろう。この時期は台風の発生が多く、降水量が増え、蚊の繁殖源となるたまり水が発生しやすくなるためだ。交通部中央気象局が発表している、1991年~2020年までの月別降水量の平均値をみると、台南市や高雄市などの南部の都市では8月が最多となっている(図3)。また、2023年7月末に台湾南部に台風「トクスリ」が接近した際は、台風通過後の蚊の発生を抑制するよう衛生福利部や県・市政府が注意を促していた。

図3 台湾の都市別の月間平均降水量

図3 台湾の都市別の月間平均降水量

(注)1991年~2020年までの平均値。
(出所)交通部中央気象局

これまでみてきたように、台湾ではデング熱を媒介する蚊を減らすため、繁殖源となる溜水を除去するとともに、すでに発生してしまった蚊に対しては殺虫剤の散布で対処している。蚊は無数にいるように感じられるが、黄偉哲台南市長が「媒介蚊なしにデング熱は起こらない」というように、発生を抑制することは根本的かつ、承認済みワクチンがないなかでは現実的な対策である。とりわけ南部では、8月以降も媒介蚊が発生しやすい気候が続くため、個人で虫刺されを防止するとともに、「巡、倒、清、刷」といった予防策をこまめかつ継続的に実施することが、大規模感染の抑制において重要といえるだろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

画像の出典
  • 画像1 衛生福利部疾病管制署(地名は筆者による加筆)
  • 画像2 衛生福利部疾病管制署「夏季雷陣雨落下 雨後清消要做足」(CC BY-NC-ND
参考文献
著者プロフィール

柏瀬あすか(かしわせあすか) アジア経済研究所在台湾海外派遣員(2023年2月~)。2018年ジェトロ入構後、2022年から台湾および中国の貿易・投資に関する調査に従事。


  1. 衛生福利部(部は日本の「省」に相当)が公開している「2023年版デング熱とチクングニア熱の予防と治療に関する作業ガイドライン」では、2015年の感染者数は4万3419人とされている。ただし、本稿では、デジタル発展部が管理するオープンガバメントデータプラットフォームから取得したデータから感染者数を確認した。
  2. ヒトスジシマカもデング熱ウイルスを媒介する能力はある。なお、ヒトスジシマカは日本でも見られるが、ネッタイシマカは日本に常在していない。
  3. 第四類は、流行発生の監視、または予防・治療措置を実施するために中央主管機関が必要とみなした既知の感染症(第一類~第三類を除く)が該当する。第五類は、中央主管機関によって、流行が人々の健康に影響を与えると判断され、予防・治療措置やその準備計画を策定する必要がある新興感染症(第一類~第四類を除く)が該当する。例えば、新型コロナウイルス感染症は、域内の感染状況が落ち着いたことや、国際的に感染症等級の引き下げが行われたことから2023年5月に第五類から第四類に変更された。
  4. クラスターの基準は、(1)症例が2例報告され、その居住地または活動場の距離が150 メートル以内であり、両症例の発症が14日以内だった場合、(2)すでに2例のクラスター症例があったうえで、3例目をクラスター認定する場合は、既存のクラスター症例のうち1例と居住地または活動場の距離が150 メートル以内であり、発症間隔が14日以内である場合。4例目、5例目の認定も同様に行う。
  5. 中央通訊社(7月24日)によると、台中市では、殺虫剤の散布を拒否して罰金を科せられたケースがあったという。