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海外研究員レポート

ペトロナス――知られざる高収益企業

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049864

2014年4月

1.トヨタ、サムソン、ペトロナス

「アジアの高収益企業」と言われて、どのような企業の名前が思い浮かぶだろうか。利益額の基準で言えば、トヨタ自動車は間違いなくそのひとつである。2014年3月期の営業利益は2008年3月期に記録した最高益を上回り、2兆4000億円になると予想されている。韓国のサムスン電子も、2000年代以降、アジアを代表する高収益企業としての名声を確立した。2013年の営業利益は36.8兆ウォン(約3兆5000億円)に達した。

そのようななか、日本ではなじみが薄いにもかかわらず、アジアでも最高水準の高収益を上げ続けているマレーシア企業が存在する。国営石油会社ペトロナス(Petroleum Nasional)である。ペトロナスの2013年の税引き前利益は、956.1億リンギ(=約2兆5000億円)にのぼる。2005年以降についてみると、ペトロナスの利益水準は、トヨタ、サムスンと比較しても全く遜色ないどころか、多くの年で両企業を上回っている1(図1)。

ペトロナスが高収益企業だ、と言われても、自国の石油を売っている国営石油会社が儲かるのは当然ではないか、と思われるかもしれない。しかし、話はそう単純ではない。世界の石油関連企業について、2013年のForbes Global 500で利益額を上から順にみていくと、エクソン・モービル(米:44.9億USD)、ガスプロム(露:38.1億USD)、ロイヤル・ダッチ・シェル(蘭英:26.6億USD)、シェブロン(米:26.2億USD)、中国石油天然気集団公司(中:18.2億USD)、ペトロナス(マ:16.0億USD)となる。ペトロナスの上にいるのは、いわゆる旧セブン・シスターズと、大産油国・超大国であるロシアと中国の巨大企業だけである。マレーシアの原油生産量は世界28位、天然ガスが11位である。なぜ、中規模の資源国のひとつに過ぎないマレーシアの国営企業が、石油業界で大きな成功を収めることができたのか。本稿では、知られざる高収益企業ペトロナスについて概観し、マレーシア経済における同社の重要性と今後の見通しについて述べる。

図1 3企業の利益の推移(2005-2013)
図1 3企業の利益の推移(2005-2013)

(出所)Forbes Global 500 各年版
2. 設立後40年で飛躍的に成長

マレーシアの石油生産自体の歴史は長く、1910年頃から既にシェルがサラワク州で油田開発を行っていた。一方で、ペトロナスが国営石油会社として設立されたのは1974年である。ちなみに、隣国インドネシアの国営石油会社プルタミナの前身企業は1957年に誕生している2

ペトロナスの設立が遅れた理由は、歴史的経緯をみれば理解できる。プルタミナが設立された1957年は、マレーシア(マラヤ連邦として)が独立した年にあたる。インドネシアは1945年に独立しているから、この時点で12年の差がある。また、当時原油生産が行われていたサラワク州がマレーシアに編入されるのは1963年であり、それ以前はマラヤ連邦では石油生産は行われていなかった。さらに、マレーシアにとって1970年時点で、原油は輸出の7%を占めるに過ぎず、ゴム(同33%)や木材(同16%)に比べれば重要性は低かった。同時期、インドネシアの原油輸出は同国の輸出の33%を占め、既に最大の輸出品であった。

しかし、1973年の第一次オイルショックによる原油価格高騰と、それと前後したオフショアでの油田・ガス田の発見で流れが変わる。マレーシア政府は原油・天然ガスに将来性を見いだし、その利権を国際石油資本から取り戻そうと考えた。1974年、石油開発法(Petroleum Development Act 1974)が議会を通過し、連邦や州に属する石油関連の権利がすべてペトロナスに委譲されることになった。その受け皿として、ペトロナスは会社法(Malaysian Company Act 1965)に基づいて財務省を出資者として設立された。

東南アジアでは、インドネシアの国営石油公社プルタミナが大きな成功を収めており、ペトロナスは明確にプルタミナに範を取った3。当時、国際石油資本に対して、資源国はコンセッション契約を結ぶのが一般的であった。プルタミナはこれに対して「生産物分与契約(PSC)」という形式を編み出した。コンセッション契約が、国際石油資本にビジネスを丸投げしてロイヤルティや税金を納めさせるものであるのに対し、PSCは(1)国際石油資本をビジネスの請負人と位置づけ、(2)事業運営に資源国がより積極的に関与し、(3)ビジネスコストと利益分配の取り決めに従って、生産された原油が国際石油資本と資源国の間で配分される形式である。

ペトロナスの最初の仕事は、国際石油資本との間で、このPSCについて交渉をまとめることであった。1975年前半から1976年末までの約1年半をかけて、ペトロナスはプルタミナのPSCをさらに改良した有利なPSCをシェル、エクソンと結ぶことに成功、今日の成功の礎を築いた。一方で、この時点で、ペトロナスは自ら石油ビジネスを行うノウハウは全く持っていなかった。 それから40年、ペトロナスは採掘から精製、ガソリンスタンドでの小売りまでを手がける総合的な石油会社となり、世界50カ国以上でオペレーションを行い、国際石油資本の「新セブン・シスターズ4」に名を連ねるまでになった。

3. 果敢な投資戦略

ペトロナスは近年、積極的な海外展開を行っている。川上部門では、中東やアフリカへの進出が著しい。2009年、ペトロナスはイラクで日本の石油資源開発(JAPEX)と合弁でガラフ油田を落札し、2013年8月末から生産を開始している。また、同時期にシェルとの合弁で、世界最大級のマジュヌーン油田を落札し、2013年9月から生産を開始した。マジュヌーン油田の確認埋蔵量は126億バレルとされ、マレーシア一国の確認埋蔵量の37億バレルを大きく上回る。その他、ペトロナスはアルジェリア、カメルーン、チャド、エジプト、モーリタニア、南スーダン、スーダン、シエラレオネでも油田開発を行っている。

川下部門では、1998年に南アフリカの石油企業Engenを買収した。Engenは南アフリカのダーバンに製油所を所有し、2012年時点で、南アフリカとサブサハラアフリカ諸国に1463店舗のガソリンスタンドと728店舗のコンビニエンス・ストアを展開している。マレーシアが2011年の対アフリカ直接投資額で中国を押さえてアジアのトップに立った背景には、ペトロナスの積極的なアフリカへの投資がある5

ペトロナスの近年でもっとも大きな海外への投資は、カナダのシェールガスへの投資である。2012年12月、ペトロナスはカナダの天然ガス会社プログレス・エナジー・リソーシーズを52億カナダドルで買収、さらに、今後360億カナダドルを投資して、LNGターミナルを建設することを表明した。北米の天然ガス価格は、シェールガスの開発によって大幅に低下しており、アジアの天然ガスとの大きな価格差が生じている。このため、日本企業のあいだでも北米の割安な天然ガスを確保する動きが広がっている。ペトロナスのカナダへの投資は、アジアのLNG市場での主要供給者として、こうした動きに対応するものである。

4. 資源の呪い

マレーシア経済にとってのペトロナスの存在は、韓国経済にとってのサムスン以上に大きい。マレーシア政府の財政は、ペトロナスからの収入に大きく依存している。ペトロナス側からみた場合、連邦・地方政府合わせて、配当として280億リンギ、税金として383億リンギ、石油収益金として125億リンギ、輸出税として12億リンギ、合計で800億リンギ(約2兆1000億円)を納付している(2012年)。加えて、天然ガスの価格統制によって遺失している利益として、279億リンギ(7400億円)がある。連邦政府側からみると、2012年度の歳入2080億リンギのうち、ペトロナス関連の歳入が少なくとも770億リンギ、37%を占めている。

マレーシア政府がペトロナスに依存しているのは平時の財政だけではない。政府系企業が危機に陥ると取りざたされるのは、ペトロナスによる救済である。古くは、1984年にブミプトラ銀行が危機に陥った際、ペトロナスの資金が不良債権の償却のために注入された6。また、1999年にはアジア通貨危機に伴う国内需要の低迷で経営危機に瀕した国民車メーカープロトン社を傘下に収めている(後に売却)。この点については様々な批判があるが、ロイター(2012年7月2日付)7は端的に「長年にわたり、歴代首相はペトロナスの資金を夢のプロジェクトを建設するため、その失敗を救済するために利用してきた」と批判している。

一般に、資源豊富国の経済発展が進まないことを「資源の呪い(resource curse)」と呼ぶ。Frankel(2012)はサーベイ論文のなかで、資源の呪いの発生要因とし、(1)資源の世界価格の長期トレンド、(2)価格の不安定性、(3)製造業の恒常的クラウディングアウト、(4)専制的・寡頭的制度、(5)無政府的制度、(6)定期的なオランダ病の発生、をあげ、(1)以外は8資源の呪いの重要な発生要因となり得るとしている。上記の政府による恣意的なペトロナス資金の利用は、(4)にあたる。

一方で、World Bank(2013)は、「マレーシアは豊富な天然資源に起因する問題を成功裏に克服した限られた国のひとつである」(p.31)と評している。天然資源の利益を生産的な資本に投資していること、経済活動が多様化していることなどに加えて、「ペトロナスは事実上の国家の資源ファンドとして役割を効率的にはたし、良いガバナンスについての評価を確立している」(p.31)としている。

5. 政府とペトロナスの距離感は「from time to time」

一国の経済にとって、中央銀行と政府の関係が決定的に重要であるように、資源国が経済成長できるか否かにとって、政府と国営資源企業の関係も同様の重要性を持っているように思われる。マレーシアのように、首相の平均在任期間が10年を超えるような国であっても、資源の開発には、それを超える長期の投資判断が必要となる。もし、国営石油会社が完全に政治の支配下にあるならば、短期の利益が優先され、採掘が過大に、投資が過小になる恐れがある。また、そもそも民主主義がうまく機能していない場合、資源の所有権は独裁政権を永続化させたり、その巨大な利権をめぐって内戦が生じるケースも希ではない。

ペトロナスの経営体制の特色は、政府所有の石油会社(NOC)である一方で、通常の企業として設立された点である。これには、ペトロナス以前に、マレーシア政府が一次産業省傘下の組織HIKMA(Hidrokabon Malaysia)に石油資源の管理を任せて失敗した経験や、当時、石油資源がこれほどまでに大きな利益をもたらすとは考えられていなかったことなどが影響している。

1974年石油開発法によれば、「会社(ペトロナス)は、時宜を得て(from time to time)適切と判断した指示を発する首相の管理と指示に服する」(第3条2項)となっている。一方で、第3A条ではペトロナスがビジネス上のあらゆる権限を持っていると規定している。また、首相の諮問機関として、National Petroleum Advisory Councilを設立することが定められている(第5条)が、現在は組織されていないようである。ペトロナスの取締役会は2009年時点では9名で構成され、うち3名が現役官僚(財務次官、経済計画局長、総理府実施・調整・評価局長)であったが、2010年に改組され、2012年時点では16名のうち現役官僚は2名(財務次官、中央銀行副総裁)となっている。取締役会には現役官僚が出席しているが、マジョリティーではない。

このようにみてくると、ペトロナスは、特定の省庁ではなく、もっぱら首相の管理下にあることが分かる。Mehden and Troner(2007)はThe Star 紙(24, Aug. 2004)のインタビューから、次のようなマハティール元首相の言葉を引用している。「私が首相だったとき、彼らは直接私に報告を行っていた。彼らは私のアドバイスを聞きたがっていたが、決定は、経営上の良識に従って彼ら自身が行っていた」。ナジブ首相は、2013年4月2日にペトロナス従業員を前に行ったスピーチで、政府と同社の関係を父子に例え、「息子が育ち、自由を求め、自分の行動についての判断力を持つ。しかし、同時に、息子は父親に親孝行する義務がある」と述べている。また、スーダンやカナダでのペトロナスの事業について、いかに政府が支援を行ったかを強調している(The Edge Malaysia 2013年4月2日)。歴代首相のコメントからは、ペトロナスが首相といえども完全に意のままにはできない高度な自律性を持っていることが分かる。1974年石油開発法に定められているとおり、首相は「時宜を得て」ペトロナスに指示を与える権限を持っている一方で、日常の経営については、ペトロナスの専門経営陣が自律的に行っているのである。

6. 非難と称賛、未来

ペトロナスは長年、首相直属の財源として、企業救済の主体となり、批判を受けてきた。一方で、ペトロナスは途上国の国営石油会社としては例外的な成功を収めてきた。注目すべきは、新セブン・シスターズの本国7カ国のうち、マレーシアは石油の埋蔵量・産出量では群を抜いて小さい点である(図2)。ペトロナスの躍進は、母国の莫大な石油埋蔵量・産出量を背景にしたものではなく、その経営の成果であると言ってよいだろう。

図2 新セブン・シスターズ母国の各国産油量(2012年)
図2 新セブン・シスターズ母国の各国産油量(2012年)

(出所)BP Statistical Review of World Energy June 2013.
総合的にみて、ペトロナスは、途上国の国営石油会社という制約のなかで、政府の干渉を最小限に留めつつ、商業的には最大限の成功を収めてきたと言える。マレーシアの石油埋蔵量は少なく、原油の純輸入国になる日が近づいている。これをもって、石油資源に依存したマレーシアの発展は転機を迎えるとみる向きもある。しかし、ペトロナスのビジネスはマレーシアの石油を採掘して売るだけではない。アフリカや中東、そしてカナダでの巨額の投資の成否は依然として未知数であるが、ペトロナスは原油の高値に安住した不作為ではなく、未来を見据えてリスクを取る戦略に出た。2012年の時点で、ペトロナスの収入に占める海外オペレーションの比率は既に39.2%に達している。これが50%を超えた時、ペトロナスの歴史を一旦「成功」と総括し、称賛してもよいのではないだろうか。

《参考文献》



脚注

  1. グラフの年はForbes Global 500による。各企業の会計年度とはズレがある
  2. http://www.pertamina.com/en/company-profile/company-history/1957-the-independence/
  3. プルタミナの存在はペトロナスにとって決定的に重要であり、当時のMalaysian Business誌(1974年3月号)は「マレーシアはインドネシアの例に倣う」と題した記事の中で「プルタミナはマレーシアが(石油)会社を設立するのを支援することに合意しており、このような価値のある経験が近隣にあることはマレーシアにとって幸運である」と述べている。
  4. Financial Times 2007年3月12日付け(http://www.ft.com/intl/cms/s/2/471ae1b8-d001-11db-94cb-000b5df10621.html)による命名。サウジアラムコ(サウジアラビア)、ガスプロム(ロシア)、中国石油天然気集団公司(中国)、イラン国営(イラン)、ベネズエラ国営石油会社(ベネズエラ)、ペトロブラス(ブラジル)、ペトロナス(マレーシア)の7社をさす。
  5. ロイター 2013年3月25日付(http://www.reuters.com/article/2013/03/25/malaysia-africa-idUSL5N0CH2QY20130325
  6. 木村陸男「正念場を迎える政権:1984年のマレーシア」『アジア動向年報1985』アジア経済研究所、1985年。
  7. http://www.reuters.com/article/2012/07/02/us-malaysia-petronas-idUSBRE86105420120702
  8. 天然資源価格が長期的に低落傾向にあるかどうかははっきりしない。