開催報告

特別講演会

マフッドMD 元インドネシア憲法裁判所長官とのディスカッション・ミーティング

写真:マフッドMD 元インドネシア憲法裁判所長官とのディスカッション・ミーティング1

マフッドMD 元インドネシア憲法裁判所長官とのディスカッション・ミーティング

写真:マフッドMD 氏

マフッドMD氏

写真:佐藤百合 理事

佐藤百合 理事
開催日時

2018年12月7日(金曜)10時00分~12時00分

会場

東京外国語大学 本郷サテライト3階セミナールーム1

主催

アジア経済研究所、Tribunnews.com社

使用言語

インドネシア語

概要

インドネシアの国防大臣、憲法裁判所長官を歴任し、現在はパンチャシラ・イデオロギー指導庁(BPIP)の運営評議会委員を務めるマフッドMD(Mohammad Mahfud MD)氏が「現代における建国五原則パンチャシラ・イデオロギー問題」と題して講演し、約40名の参加者との間で活発な質疑応答を行った。講演の概要は次のとおり。

パンチャシラをすべての団体の存立原則とするよう強制したスハルト政権が崩壊した後、インドネシアではパンチャシラに対する拒絶感がしばらく続いた。しかし、各地で紛争が起き国家の分裂が懸念されるにおよんで、国家イデオロギーはやはり必要だとの認識が新たに生まれた。ユドヨノ政権期にパンチャシラを強化する方針が出されたが、それが具体化したのは現ジョコ・ウィドド政権下で大統領作業ユニットとしてBPIPの前身が設置された2017年のことである。  

ダニエル・ベルは「イデオロギーの終焉」を唱え、フランシス・フクヤマやハンティントンは冷戦終結によってもはやイデオロギー闘争は終わったと言ったが、インドネシアの場合は少し違う。世界最大の群島国家で、人口が大きく、6つの宗教と数百の信仰、1360のエスニック・グループ、726もの言語を擁するインドネシアには、これらをひとつにするものが必要。それが建国五原則パンチャシラだ。パンチャシラは、対立するものを折衷する役割を果たす。独立時に世俗国家か宗教国家かをめぐって論争があったが、両者が歩み寄ってパンチャシラ国家となった。多数決と協議(ムシャワラ)、個人主義と共同体主義、人権重視のユニバーサリズムと個別責任重視のパティキュラリズムなど、対立軸を折衷する機能がパンチャシラにはある。  

パンチャシラ・イデオロギーの価値は、政治面では、インドネシアの多元性をひとつにするところにある。経済面では、社会的公正だ。土地、水、天然資源、加えて上空の宇宙空間は、国家がこれを管理するという考え方である。人口の99%が3割の土地しか保有していないといった格差のある現実は、パンチャシラの考え方に即していない。法制度面では、法の堅持が基本。だが、これが弱い。汚職は、スハルト体制後の改革(レフォルマシ)でなくなると期待されたが、わずかしか改善していない。国家の法は国民の一部でなくすべてを対象にした公法だ。地方政府が自分たちの利害で出したがる地方条例が問題になっている。宗教についても、国家は国民の信教を保護する義務はあるが、信教を義務づけることはできない。なぜなら、宗教は個人の問題だからである。  

以上の講演の後、質疑応答セッションでは「パンチャシラはイデオロギーとして機能しているのか」「LGBTは国会や憲法裁でも問題になっているが、合法か違法か」「インドネシアの民主主義は劣化しているのではないか」「急進的イスラム主義思想はどこまでが合法か」「(国家イデオロギーをパンチャシラからイスラムへと置き換える思想は非合法、国家イデオロギーがパンチャシラであることを認めながらシャリアーを国家レベルで求める思想や地方レベルで適用する運動は合法、との答えを受けて)非合法と合法との境界は明確か」などの質問が次々に出され、マフッドMD氏との間で幅広い議論が展開された。