特集 図書館と障害者サービス 情報アクセシビリティの向上 【各国事情】 南アフリカ共和国 点字図書館と地域に根ざした情報センター 鷺谷大輔 ●はじめに 南アフリカ共和国(以下、南アフリカ)は、アフリカ地域経済の確固たるプレーヤーとして経済を牽引してきた。一九九四年のアパルトヘイト政策の廃止後には、南アフリカ企業の国外投資意欲が増し、特に南部アフリカ地域において圧倒的な競争力を誇ってきた。しかし、世界銀行が発表している南アフリカのジニ係数(所得分配の不平等さを測る指標)は、〇・六五(二〇一一年)で、依然世界で最も所得分配が不平等な国のひとつとなっている。社会騒乱多発の警戒ラインが〇・四であることを考えると、極めて不安定な社会であるといえる。二〇〇三年に法制化されたブラック・エコノミック・エンパワーメント(BEE)政策などの後押しもあり、黒人中間層が急速に増えてきてはいるが、障害者の多くは依然最貧困層に属し、タウンシップ(旧黒人都市居住区)などでの生活を余儀なくされている。 二〇一一年のセンサスによると、南アフリカの障害者の数は、約二八〇万人で、人口全体の約七・五%となっている。二〇〇七年一一月には、国連障害者権利条約を批准した。障害者法が制定されていない南アフリカでは、この権利条約が障害者政策の指針のひとつとなっており、社会開発省が中心となり様々な障害者サービスを提供している。しかし、情報アクセスやコミュニケーション保障の整備は不十分であり、取り組むべき課題は山積している。 本稿では、南アフリカの点字図書館、および地域に根ざした障害当事者団体に焦点を当て、南アフリカの情報アクセシビリティの課題と展望について述べていく。 ●点字図書館 東ケープ州のグラハムズタウンに南アフリカ点字図書館がある。南アフリカの憲法(一六項表現の自由)および点字図書館法で規定されている国立図書館である。グラハムズタウンは、一九世紀中盤に開拓の中心都市として、イギリス系の白人を中心として栄えた都市で、多くの教育機関や教会が集まる文教都市である。 点字図書館は、一九一九年の教会が催した視覚障害者のための勉強会に端を発し、イギリスの宣教師によって寄贈された一〇〇冊の点字図書から始まった。点字図書館は、他の国立図書館と同様に、芸術文化省の傘下にあり、同省より補助金を得ている。補助金額は一三〇〇万.一四〇〇万ランド(一一二万.一二〇万ドル)で、点字図書館の収入全体の約九〇%を占める(二〇一一年度)。会員数は四〇〇〇人を超え、約一万冊の点字図書、約一万三〇〇〇冊の録音図書があり、二〇一四年には九五周年を迎えた。点字図書館の主な役割は、視覚や読字に障害のある人々への点字および録音図書の無料提供、点字および録音図書にかかる基準作りや技術の研究と普及、などである。二〇〇四年にはDAISY形式のデジタル録音図書の製作を始め、二〇〇六年にはアナログからデジタルへの方向転換を打ち出して、デジタル図書館としての道を歩み始めた。二〇〇八年にはDAISYプレイヤー購入のための募金活動を行い、その後、会員にDAISYプレイヤーの無料貸出サービスを開始した。 点字図書館によると、点字図書館のサービスを利用した人の数は、視覚や読字に障害のある人全体の一.二%とされており、対象者の拡大を図ることが課題となっている。また、デジタル化を進める点字図書館にとって、ICTに精通したスタッフの確保が不可欠であり、人材育成が課題となっている。更に、図書のオンライン配信サービスの向上には、南アフリカの通信事情が深く関わっており、図書サービスの向上には、接続性やコストなど外部のICT環境の改善が不可欠である。しかし、南アフリカのインターネット事情は、回線容量が不足しているうえに高額であり、外部環境の改善が望まれている。 点字図書館は、通常の図書貸出サービスの他にもプロジェクトを実施している。例えば、視覚障害児が通う学校への図書館サポート、現地語の点字開発に対する奨学金制度、幼児用点字図書の製作、ロンドンブックフェアにおける出展、などである。また、点字図書館は、自国だけではなく、他のアフリカ諸国に対してもリーダーシップを発揮すべき、との声が内部からも挙がっており、例えば、隣国ボツワナ共和国の国立図書館障害者サービス部門との交流など、域内の協力も始まっている。今後、更なるアフリカ周辺国への支援や協力が期待されており、南アフリカの点字図書館の役割や責任はますます大きくなるであろう。 ●地域に根ざした情報センター 南アフリカは、日本のおよそ三・二倍の面積を持ち、その広大な国土は、障害者が施設型サービスや開発プロセスに参加するための妨げになってしまってもいる。そのため、例えば、大学などは通信教育の発展を目指し、前述の点字図書館はデジタル化への転換を図った。しかし、教育、識字、貧困等との関係もあり、いまだ障害者、特に地方や農村地域に住む障害者にとって、情報へのアクセスが十分に整備されているとはいえない。そして、情報を持たないことにより、更なる貧困へと落ち込む、連鎖的な悪循環が起こってしまっている。そのような状況のなか、地域の情報センターのような役割を担う、地域に根ざした障害当事者団体の育成が求められており、社会開発省では、近年特に地方開発やコミュニティにおける障害者サービスの充実を重点項目に掲げ、州政府や郡関係者との連携を強めている。 二〇一一年以降、南アフリカでは、社会開発省が国際協力機構(JICA)と協力し、障害主流化促進事業を実施しており、二〇一二年一二月より筆者がJICA専門家として社会開発省に着任した。活動のなかでは、社会や開発プロセスへの障害者のインクルージョンを目的に「障害の社会モデル」に基づいた障害主流化研修を、州や郡の社会開発省職員や障害者を対象として、全州において実施した。研修では、参加者が地域に根ざした活動計画を策定し、研修後には、主に州の社会開発省障害担当官が障害者と協力して、活動計画のモニタリングを行っている。モニタリング活動では、コミュニティにおけるグッド・プラクティス(成功事例)など、具体的で実用的なツールの開発を目指しており、そのためにも障害者のエンパワーメント、および地域に根ざした障害当事者団体の育成を進めている。また、二〇一三年四月より、自立生活センター設立のための人材育成を目的として、JICA草の根技術協力プロジェクトが実施されており、特にピアカウンセリングなどを通じた障害者のエンパワーメント活動において連携を行っている。更に、周辺国(レソト、スワジランド、ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ)より、政府職員や障害者を障害主流化研修や障害平等ファシリテーター育成研修に招へいするなど、南部アフリカ地域に対する協力も始まっている。 ●おわりに 地域に根ざした障害当事者団体は情報の発信基地としての役割も担い、また、住民そして障害者の交流の場として社会的な機能も果たし得る。近年、南アフリカでは、障害者法の制定を目指し、有識者会合が定期的に開かれており、多くの障害者が会合に参加している。しかし、アクセシビリティ、教育、識字など様々な要因があり、最貧困層に属する障害者の声が的確に届いているとは必ずしもいえない。貧困にある障害者が情報へのアクセスを得て、発言の機会を得ることで、本当の意味での障害者のインクルージョンが実現できるのではないか。そういった意味でも、コミュニティにおける情報センターとしての地域に根ざした障害当事者団体が担う役割は大きいといえる。 (さぎや だいすけ/南アフリカ共和国社会開発省障害主流化促進アドバイザー、国際協力機構(JICA)専門家) アジ研ワールド・トレンドNo.234(2015. 4) p.40-41