特集 図書館と障害者サービス 情報アクセシビリティの向上 【各国事情】 スーダン 視覚障害者の教育分野を中心に モハメド・オマル・アブディン、福地健太郎 ●はじめに 本稿は、スーダンにおける視覚障害者の情報アクセシビリティの状況をハルツーム首都圏の視覚障害者の教育分野を中心に記述し、若干の考察と所見を述べることを目的とする。次節ではスーダンの視覚障害者の状況を概観し、その後情報アクセシビリティについての状況を記述する。最後に現状を考察し、まとめとして所見を述べる。 ●スーダンの視覚障害者事情 スーダンは北アフリカに位置し、面積は約一八八万平方キロメートル、人口は約三四三二万人である。二〇〇八年センサ.によれば、スーダンの障害者の総人口は約一四六万三〇〇〇人であり、人口の四・八%である。弱視者と全盲者を加えた視覚障害者の人口は約五三万七八五三人であり、障害者人口の三六・八%を占めている。 スーダンの教育は初等教育八年、中等教育三年、その後は大学と職業教育に分かれる形式を取っている。盲学校は首都ハルツームのエルヌール盲学校の他に、北部アトバラ、東部ガダーリフ、ポートスーダンの三カ所に存在するが、一〇〇名前後が在籍するエルヌール盲学校に比して小規模である。二〇〇八年センサス(注①)を基に筆者らが計算したところ、六歳から一三歳の学齢期の子どものうち、一度も就学したことのない人口の割合は、居住地、男女、弱視、全盲により差があった。たとえば、全盲者に限ると、都市部では三七・三%(男三二・三%、女四二・三%)農村部では六一・二%(男六六・二%、女五五・六%)であり、農村部の全盲者の過半数はまったく教育を受けていないことになる。 最後にスーダンの視覚障害者の教育の特徴として、ハルワと呼ばれるスーダンの伝統的なイスラム学校の存在を記しておきたい。ハルワは公教育から排除される視覚障害者の受け入れ先となっていると考えられる。NPO法人スーダン障碍者教育支援の会(CAPEDS)では、あるハルワで点字の講習会を実施し、約一〇〇〇名の在籍者のうち、約三〇名の視覚障害者を確認した。また、センサスからも、視覚障害者の最終学歴として、都市部では弱視者の一二%、全盲者の一八%が、農村部に至っては、弱視者の二六%、全盲者の三五%がハルワと回答している。 ●スーダンの視覚障害者の情報アクセス ここでは情報アクセシブルなコンテンツ、情報アクセス機器の観点からまとめることとする。また、それぞれをめぐる視覚障害者の経験の一部を紹介したい。 まずスーダンの視覚障害者が書籍にアクセスする方法は以下のように整理できる。 (1)点字 スーダンの盲学校では点字による教育が行われている。CAPEDSでは、二〇一三年に点字プリンターをエルヌール盲学校に設置し、各教科の教科書を全校生徒に行き渡るように作成したが、それ以前は三人で一冊の教科書を共有する状態であった(参考文献⑤)。また、それ以前にはエジプト等から点字の教科書が輸入されていたようであるが、政治的関係の悪化でストップしてしまったようである(参考文献④)。点字教科書がない間は、盲学校で教員が読み上げたものを生徒が書き写したり、教員が自ら手で教材を作るなどするため、一年間で定められているカリキュラムを完了できなかったようである。実際に点字教科書配布後に行ったインタビューで教員の一人は、以前より七倍は授業が速く進行するとの実感を語っている。 (2)朗読、録音 スーダンの普通学校に通う視覚障害者のほとんどは前記の点字の教科書に触れることはない。そこで教科書にアクセスするために、友人や家族の朗読に頼ることになる。これは参考文献①で九名を対象に行ったインタビュー調査、参考文献⑥で行った点字講習会に参加した一三名の普通学校に在籍する視覚障害者に共通していた。特に多いのは家族からの朗読であり、参考文献⑥によれば、一三名中一一名が家族が教科書を朗読していると答えている。また、教科書のアクセスは高等教育でもっとも困難であるようである。その理由は、初等、中等教育では教科書の数が比較的に少なく、また読み手となる友人も同じ教科書で勉強するのに対し、大学では大量の教科書を自身の関心に沿って読む必要があるからである。また、朗読された音声を録音したり、点字で書き写す方法も、視覚障害者の間で多く使われていた。最後にスーダン盲人協会では、録音した教科書の貸し出しを行っている(参考文献⑤)。一方でこの録音図書については、DAISYのように標準化されていないため、質にばらつきがあり、十分に使いやすいものではない。 (3)電子テキスト 前掲のアラブ地域の報告でも触れたが、中世・近代文学、歴史学、イスラーム神学、アラビア語学等は比較的オンラインで利用できるようである。ハルツーム大学のある学生は、一〇〇〇年以上も前のアラブの詩人ムタナッビーの二八四の詩をまとめたサイトを活用することにより、難しい古典アラビア語を、読んでもらう人を探さずとも学習できるようになった(参考文献④)。一方で、経済学、法学、政治学などの分野の電子教材はかなり限られているようであるが、オンラインで参照できる論文も増えてきており、今後期待されるところである。また、電子コンテンツの利点として、点字や録音図書への変換が容易なことも挙げておきたい。CAPEDSによる盲学校への点字プリンターの設置後、教育省から教科書のテキストデータの提供を受け、それを基に点字データを盲学校の教員たちが作成した。また、テキストデータがあれば、比較的簡単に録音図書のDAISYに変換することもできるのである。 (4)アクセス機器 情報アクセス機器としてもっとも現在スーダンで利用されているのは、フリーソフトのNVDAである。CAPEDSはハルツーム大学にIbsarというソフトを入れたパソコンを五台設置すると共に、養成者のトレーニングを行い、これまでに八〇名以上の視覚障害者が基礎的な訓練を受けた(参考文献③)。ここで訓練を受けた視覚障害者の何名かは周囲にNVDAのインストールをしたり、前記の点字教科書作成で中心的な役割を果たすほどにパソコンに習熟している。次にスーダンでのスマートフォンの急激な広がりが挙げられる。二年ほど前までは、携帯電話用の音声ソフトの海賊版を入れて利用する視覚障害者が多かったが、現在はスマートフォン内蔵の音声ソフトを使いコミュニケーションをとる視覚障害者がハルツーム首都圏では確実に増えている。これらのアクセス支援機器を利用して新聞や語学の学習サイトを活用している視覚障害者も存在している。 ●考察と課題 以上を踏まえ、今後の課題を整理すると以下のようになる。 (1)点字 第一にエルヌール盲学校については全校生徒に全教科の教科書が行き渡ったため、今後は他の盲学校と普通学校に在籍する子どもたちへの教科書の配布が必要である。第二にスーダンでは盲学校は初等教育のみであり、中等教育を受ける視覚障害児は全て普通学校で学ぶことになるため、中等教育レベルの点字教科書の作成が急務である。第三に実際に教科書を読むために、教科書の確保と並行して点字を習得するための講習会が必要である。CAPEDSはエルヌール盲学校と協力し、のべ五〇名に点字の講習会を行ったが、地域の普通学校で点字教科書を利用するには、教科書の普及と並行した点字の習得が求められる。 (2)音声図書 音声図書においては、存在する図書の整理と共有が目下の課題である。そのうえで、DAISY等の標準化や質の向上に向けた環境整備が必要である。一方でカセットテープと異なり、再生するためのパソコンないしは再生機器が必要となるので、コンテンツの充実と並行してそこにアクセスするための方策の検討が必須である。 (3)電子コンテンツ 電子コンテンツについては、神学、古典アラビア語以外の分野においての充実と視覚障害者の間での共有が特に高等教育において求められている。さらに電子コンテンツの汎用性を活かした、点字、録音、拡大文字等多様なニーズにこたえられる教科書、書籍の作成が重要である。 (4)アクセス支援機器 現在世界で広がりをみせるNVDAはスーダンにおいても今後注目すべきリソースである。一方で実際に使いこなすための訓練の機会を充実させることが、実際に視覚障害者がそのリソースを最大限に活用するには必要である。また、最近広がりつつあるスマートフォンも大きな可能性を秘めている。これはスマートフォンに音声ソフトが組み込まれているため、追加で音声ソフトを購入・インストールする必要がないからである。今後はスマートフォンを活かしてどのように情報にアクセスできる幅を広げられるかが注目されるところである。今後マラケシュ条約が発効され、アラブ諸国が批准してDAISY図書が共有されるようになれば、再生するための機器が必要になる。パソコンでももちろん再生は可能であるが、スマートフォンを利用した再生は多くの視覚障害者に待ち望まれるところであろう。最後にこれらのアクセス支援機器を活用するために必要な基礎的な教育の重要性を強調しておきたい。参考文献⑤によれば、ハルツーム大学でパソコンの講習を受けた視覚障害者のうち、音声のみで学習してきた受講者の多くは文字を知らなかったため苦労した。多くの視覚障害者がいまだ教育を受けられていない状況があるため、今後情報アクセシビリティを改善するには基礎教育の充実が必須の課題である。 ●まとめ スーダンの視覚障害者の情報へのアクセスについては課題が山積している。一方でマラケシュ条約、NVDA、スマートフォン等、今後大きな変化をもたらす可能性を秘めた動きやリソースが広がりつつあるのも事実である。加えて基礎教育の充実というもっとも重要にして複雑な課題の解決なしには情報アクセスの改善は達成されないであろう。二〇一五年以降の開発目標では障害児を含む周縁化された子どもたちを取り残さない質の高い教育が目指される見通しである。この国際的な潮流と、NVDA、スマートフォン等のリソースが連動することにより、今後スーダン、アラブ地域の視覚障害者の情報へのアクセスと教育の質が改善されることを願って本稿の結びとしたい。 (Mohamed Omer Abdin/東京外国語大学世界言語社会教育センター特任助教・NPOスーダン障碍者教育支援の会理事、ふくち けんたろう/国際協力機構JICA北海道(札幌)、スーダン障碍者教育支援の会理事) 《注》 ①二〇一一年に南スーダンが独立しているが、二〇〇八年のセンサスは北部、南部に分けて集計しているため、大幅なデータの変動はないと考えられる。 《参考文献》 ① Fukuchi, Kentaro. “ How Can We Perceive Education As Inclusive? A study on the perspective of the inclusive education of people with a visual impairment in Sudan.” CIE Journal. Centre for International Education, University of Sussex. 2014. (http:// sussexciejournal.wordpress.com/tag/inclusion/) (Accessed, 2014, December 12) ② The Republic of Sudan. Thefifth population census data for the year 2008. Sudan Central Bureau of Statistics. Khartoum.2012. (http://www.cbs.gov.sd/ en/node/12) (Accessed, 2014 December 12) ③特定非営利活動法人スーダン障害者教育支援の会(TheCommittee for Assisting and Promoting Education of the Disabled in Sudan: CAPEDS)『二〇〇八年度Ibsarプロジェクト活動報告書』、二〇〇八年。 ④――『障害に関係なく一緒に本を読みスポーツを楽しむ日のためのスーダン・レポート二〇〇九』二〇〇九年。 ⑤――『スーダン渡航報告書二〇一〇 出会いがつなぐ日本とスーダン』二〇一〇年。 ⑥――『点を繋いで描く夢実施報告書』二〇一二年。 アジ研ワールド・トレンドNo.234(2015. 4) p.37-39