特集 図書館と障害者サービス 情報アクセシビリティの向上 【各国事情】 シンガポール 国立図書館と盲協会図書館の取り組み エイドリアン・ヤプイーミアン ●NLSシステム 長い歴史を持つシンガポール国立図書館は、一八二三年に開館した。当時Singapore Institutionという学校のなかの図書館であり、授業時間内に、学生から職員まで無料で利用できた。しかし、学生や職員以外の利用者は毎月二五セント支払うという貸借制度であった。図書館の利用者が増加したため、授業時間外に一般公開された。したがって、利用者の要望に応じて、一八四五年一月二二日にSingapore Institution図書館をシンガポール国立図書館(以下、NLS)と名称変更し、正式に設立された。NLSは長年にわたり、シンガポール、マレーシアとアジア諸国の遺産の希少本のコレクションと学術論文を有した。しかも、海外から大量の本がNLSに寄贈された。 その後の日本統治時代に、NLSを「昭南図書館」と改名した国立図書館のほか、日本人向けの日本語の資料を貸し出す図書館があった。終戦を経て、イギリスが統治権を獲得したあとの一九四五年一二月一日に名称がNLSへ戻り、再スタートした。そして、貸借制度を止め、一般に利用できるようになり、公共図書館になった。 イギリスからの独立以来、多民族、多言語国家のシンガポールにおいて、英語から中国語、マレー語とタミル語に翻訳されるようになった。貸出などを行う拠点としての図書館分館が全国に図書館ネットワークを形成するのは、一九七〇年代に入ってからである。それまでは移動図書館と、コミュニティセンター内での短時間開館する「パートタイム図書館」しかなかった。しかし一九七二年に初めて朝から夜まで開館するフルタイムの分館が開館したのを機に、一九八〇年代後半までに分館が少しずつ建てられ、図書館ネットワークを形成していった。 一九九〇年代に入ると、国の先進国化政策や情報化政策と連動する形で図書館計画の見直しがなされた。都市国家のNLSシステムは、現在、地域図書館、コミュニティ図書館、コミュニティ児童図書館の「三階層システム」である。四つの地域図書館を開館し、地域住民にサービスを提供するほか、多くの公共コミュニティ図書館を設立し、二三の公共コミュニティ図書館は小さな区域の住民にサービスを提供している。 ●NLBの試み 国立図書館委員会(以下、NLB)は、重度な障害者や孤児などに手を差し伸べるために、公共図書館を利用するサービスを提供する手段として、移動図書館であるMOLLYを一台、ミニMOLLYを二台、運行している。また、健常者があらゆるレベルの障害者への理解を広めるために毎年イベントを開催している。また、障害者のニーズに応じて、バリアフリー改修工事を行っている。 (1)NLB移動図書館 移動図書館とは、バスを改造して移動する図書館車のことで、新しい発想ではなく、一九六〇年にNLS会長の Hedwig Anuarのもとで、移動図書館の発想が生まれ、同時に、ユネスコからの二〇〇〇米ドルの寄付によって運営できるようになった。当時、貧困層の子どもたちが図書館に行けなかったために、図書館がこのような子どもたちに援助の手を差し伸べた。つまり、図書館用バスを購入し、村にいる二〇〇〇人以上の子に本を運ぶことができたのである。しかし、その後、それぞれのコミュニティに図書館を開館するようになり、移動図書館サービスは一九八〇年代から減少し、一九九一年には、サービスが終了した。 ところが、移動図書館サービスを廃止してから重度障害者や孤児が本を読む機会が減ったため、二〇〇八年から移動図書館サービスを復活させて、現在の移動図書館であるMOLLYが生まれた。世界で初めて無線LANによる情報アクセスも可能な移動図書館である。移動図書館は三週間ごとに四言語の三〇〇〇冊以上の本を一六の孤児院そして一七の特殊教育学校に提供している。 さらに二〇一四年五月八日からは、小さい町の駐車場に停められるよう小型移動図書館や幼児のためのミニMOLLYを運行している。 (2)NLBによる障害者イベント NLBはここ数年コミュニティイベントを通して身体障害者への理解促進を図っている。二〇〇七年、NLBは聴覚障害者と手話の理解を広める目的で、 Signn-Tellという企画をした。二〇〇八年には、 Amazing Wheelchair Challengeというイベントを行った。これは車椅子利用者への認識を深めるため、国際障害者デーとの関連から始まった。障害者スポーツの周知のために、 Disability Sports Showcaseというイベントが二〇一〇年に開催された。これらのインベントの趣旨は、障害者への理解を促進させるもので、さらに健常者が障害者と共に働くことを奨励するものとなった。 ●SAVH図書館 公立図書館には視覚障害者のための読書設備がなく、視覚障害者は公立図書館を利用する恩恵にあずかれない。こうした問題を解消すべく、一九七八年に視覚障害者のためのシンガポール盲協会図書館(以下、SAVH図書館)が開館した。同図書館は一人ひとりにあった図書を作るために、点訳、拡大や音声など様々な分野の作業をするための大勢の図書館ボランティアに支えられて運営している。ここには、視覚障害者のための防音レコーディング・スタジオを含む優れた設備が整っている。 SAVH図書館は点字とオーディオブックを視覚障害者のために提供している。そして弱視障害者を支援するための設備がある。例えば、 ZoomTextスクリーン拡大や SmartView CCTVなどであり、これは特定の部分を大きくして、読むことができる機材である。また、SAVH図書館は次の計画を実行するため、NLBと共に働き続けている。二〇〇九年に Drop Everything and Read(以下、DEAR)と Project Delivery Meというプログラムを導入した。DEARプログラムは弱視障害者が大量の本を一二週間借りて読むことができるサービスである。 Project Delivery Meは全盲者があらかじめ八冊まで本などを注文し運んでもらい、八週間まで借りることができるというものである。 ●おわりに シンガポールでは、現在、包括的な図書館へ向けて動いている。障害を持つ人々のニーズに応えるために、障害者に配慮したサービスを提供するまでには長い道のりがある。すべての分野の障害者がシンガポール公共図書館のサービスを享受するにはまだ十分といえない。例えば、アメリカ議会図書館やオーストラリア図書館情報協会はすべての分野の障害者のための総合的なサービスを提供している。シンガポールにおいては、まず身体障害者のニーズを把握する必要があり、そのうえで障害者にも貴重な読書体験をしてもらえるよう、支援を続けることが肝心だ。 (Adrian Yap Yei Mian/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科) 《写真》 ①移動図書館 MOLLY(NLB提供) 《参考文献》 ①National Library Board. History of National Library “ Singapore. ” 2014. (http:// www.nlb.gov.sg/About/HistoryofNationalLibrarySingapore.aspx)(二〇一四年一一月二九日アクセス) アジ研ワールド・トレンドNo.234(2015. 4) P.28-29