特集 図書館と障害者サービス 情報アクセシビリティの向上 【国内情報】 障害者サービスと著作権との関係 南亮一 ●はじめに―著作権とは何か― 著作権とは、小説や論文、絵画、写真、音楽、映画、プログラム等の「著作物」を作成した人(著作者)に対して、その「著作物」を利用することについて法律上与えられている権利のことである。この「著作権」という権利は、「著作物」を利用できるのは著作者だけであって、他の人や団体等が著作物を利用するためには、原則として著作者からの許諾をもらわなければならない、という内容を持っている。 なお、この「著作権」は、他人に譲渡することが認められており、相続の対象にもなる。このため、著作権が著作者から別の人や団体に移ることがある。この場合、許諾を得る先は、移った後の人や団体になる。このように、著作者と著作権者は別の人や団体になることがあるので、特に著作権を持っている人のことを総称して「著作権者」と呼ぶことになっている。 したがって、障害者サービスのうち、「著作物」を利用する形態のものについては、その利用の際、原則として著作権者の許諾を得なければならないことになる。 ところが、世のなかで著作物が使われている場合、その多くについては、別に著作権者の許諾を得ているわけではない。それは、著作権法という、著作権について定められた法律のなかで、多くの例外規定(権利制限規定)が設けられており、多くの場合には、この権利制限規定に当てはまっているためである。障害者サービスにおいても、この権利制限規定が適用できる事例は多い。 なお、権利制限規定が適用できる場合のほかにも、著作権者の許諾を得る必要がない場合がある。著作物でない場合、日本の著作権法で保護の対象となっていない著作物である場合、著作権が消滅している場合の三つである。特に三つ目の場合は適用されることが多く、例えば、「青空文庫」というウェブ上のアーカイブでは、著作権が消滅した文学作品等一万三〇〇〇点以上が公開されている。 ●障害者サービスに関係する権利制限規定の沿革 視覚障害者のような、視覚による情報の認識に支障がある者にとっては、文字や絵画、写真等から情報を得ることが困難である。このため、昔から文字を点字に置き換えたり(点訳)、読み上げることで音声に置き換えたり(音声訳)することが行われてきた。最近では、音声訳に代わって、テキストデータを入力したものを音声ソフトで読み上げるということも行われている。 一九七〇年に現行の著作権法が制定されたとき、これらの置き換えを行う場合に適用できる権利制限規定〔著作権法第三七条〕が新設された。すなわち、点訳(点字図書の製作)についてはほぼ自由に行うことができるようになり、また、音声訳(録音図書の製作)については、点字図書館等の視覚障害者向けの社会福祉施設や主に視覚障害者が学ぶ学校教育機関(以下、「点字図書館等」)に限り、また、これらの者の貸出しに用途を限定したうえで、自由に行えるようになった。 その後、視覚障害者の情報提供環境の発展等を踏まえ、二〇〇〇年代に入ってから、自由に行える範囲を拡大する著作権法改正がなされるようになった。すなわち、二〇〇〇年には点字データの製作や、点字データのインターネット配信についても自由に行えるようになった。二〇〇三年には、弱視者である児童生徒のために拡大教科書を作成することが自由になった。二〇〇六年には、録音データについても、点字図書館等に限ってではあるものの、インターネット配信を自由に行えるようになった。また、二〇〇八年には、検定教科書の代替物について、拡大形式だけではなく、録音やマルチメディアDAISY、テキストDAISYといった形式により、さらに、弱視者以外の視覚障害者や文字による情報の認識が困難な発達障害者等である児童生徒のためにも作成できるようになった。 さらに、二〇〇九年には、視覚障害者をはじめとする、文字による情報の認識が困難な障害者のための著作物の利用に関する権利制限規定の内容が大幅に見直された。すなわち、作成できる者の範囲の拡大(点字図書館等だけでなく、様々な障害種を対象とする社会福祉施設、さらに、図書館も対象とされた)、置き換えの種類の拡大(録音図書だけでなく、拡大図書やマルチメディアDAISY、テキストデータ等も含まれることとなった)、作成した物の用途の拡大(貸出しやインターネット配信だけでなく、譲渡も可能となった)、また、受益者の範囲の拡大(視覚障害者だけでなく、視覚による表現の認識に支障がある者全般が対象となった)がなされた。他方、置き換えの対象となる著作物の範囲が縮小(文字や絵画、写真、映像等の「視覚著作物」に限定するとともに、市販されているものを対象から除外)された。さらに、この改正を受け、権利者団体の理解のもとで、改正条項〔著作権法第三七条第三項〕の適用に関するガイドライン(三七条ガイドライン)が、図書館団体と視覚障害者情報提供施設団体でそれぞれ定められた。 他方、聴覚障害者の場合には、権利制限規定〔第三七条の二〕が初めて設けられたのは、ようやく二〇〇〇年になってからのことであった。この改正では、聴覚障害者のための情報提供を行う施設に限り、放送番組等の放送の際、放送内容をリアルタイムに字幕で伝えること(リアルタイム字幕)ができるに留まっていた。それが、前述の二〇〇九年の著作権法改正において、内容が大幅に拡張された。すなわち、作成できる物の範囲の拡大(リアルタイム字幕だけでなく、字幕や手話の作成や、貸出用の字幕や手話付きのビデオ等の製作も含む)、作成できる者の範囲の拡大(貸出用の字幕や手話付きのビデオの場合につき、公共図書館、大学図書館、学校図書館等も追加)、受益者の範囲の拡大(聴覚障害者だけでなく、聴覚による表現の認識に支障がある者全般が対象となった)がなされた。 このように、日本では、二〇〇〇年代から、障害者サービスにおける権利制限の範囲が拡大してきたのであるが、このような傾向は世界的な潮流を受けたものである。 すなわち、EUでは二〇〇一年に、イギリスでは二〇〇二年に、ドイツでは二〇〇三年に、フランスでは二〇〇六年に、それぞれ視覚障害者の著作物の利用に関する権利制限規定が設けられている。また、知的財産制度に関する国際機関である世界知的所有権機関(WIPO)においても、二〇〇〇年代からこの問題についての取り組みが始まり、二〇一三年六月、視覚障害者等の著作物の利用に関する権利制限の枠組みを定める初めての条約である「視覚障害者等の発行された著作物へのアクセスを促進するためのマラケシュ条約」が採択されるに至った。(注①) なお、現在、この条約の採択を受けた著作権法の一部改正についての検討が行われている。条約で定められている事項については、ほとんど二〇〇九年改正後の著作権法にも盛り込まれていることから、技術的な改正事項を除けば、ほとんど改正する必要はないものと思われた。ただ、この検討の過程において様々な内容の法改正の要望が関係団体から提出されており、条約対応のための著作権法改正の際、権利制限の拡大が更に図られる可能性がある。(注②) ●障害者サービスの種類と著作権 障害者サービスとは、障害者という利用者に対する恩恵的なサービスではなく、図書館利用に支障をきたしている者に対し、その障壁を図書館側が取り除くことで、これらの者が図書館を利用する環境を整えるために行われるサービスのことをいう。 図書館が行う情報提供サービスは、書籍や雑誌、視聴覚資料というような、視覚により情報を認識する形態の資料を用いて行われることが多い。このため、障害者サービスの必要性がいち早く認識されたのは、視覚障害者に対するサービスであった。視覚障害者は、文字や画像・影像による情報を認識することが困難であるから、情報の認識を手助けする方法が採られる。すなわち、拡大表示器による拡大表示や朗読(対面朗読)という、ものを新たに作らない方法や、拡大図書の製作や点訳、音声訳、テキストDAISYやマルチメディアDAISYの製作という、ものを新たに作る方法、大活字本や点字図書、録音図書等の購入による方法、製作や購入により入手したものを貸し出したり提供したりする方法などが採られる。なおいうまでもないが、このようなサービスは、視覚障害以外の障害を持つ場合であっても、文字や画像・影像による情報の認識に困難を来す場合には必要となるものである。例えば、聴覚障害者(例えば、手話のなかでも「日本手話」が第一言語である場合、そもそも日本語とまったく文法や用法が異なるため、そのままでは理解できない)、ディスレクシア(学習障害の一種で、文字の読み書きをするための脳の働きが健常者と異なることから、読み書きに支障がある)の人等が該当する。 他方、聴覚障害者に対するサービスは、ようやく一九八〇年代に意識されるようになったものである。音声の認識に支障をきたす者の場合、通常の状態では会話によるコミュニケーションが取ることが困難であるため、補聴補助システムの設置、筆談、手話や口話による会話、というような方策が採られている。また、手話によるお話し会や手話字幕付きの映像資料の製作を行っている事例もある。さらに、対面手話(日本語で書かれた書籍を日本手話に置き換えて伝えるサービス)についても実施の要望が挙げられている。 以下では、これらのサービスごとに著作権との関係について説明することとする。 1.拡大表示器による表示 視力が悪い人や弱視者が本を読むために拡大読書器を使って本を拡大してモニターに映し出して読んでもらうことがある。このように、著作物を映写して提供する場合、著作権のうちの「上映権」〔第二二条の二〕が関係してくる。ただ、営利を目的とせず、観衆から料金を受けないときは、この権利は働かないこととされている〔第三八条第一項〕。図書館等でこのようなサービスを行う場合、営利を目的とせず、また、料金を徴収していないため、著作権者の許諾を得る必要がないことになる。なお、この関係は、視覚障害者だけでなく、健常者であっても当てはまる。 2.対面朗読 利用者の要望に応じて書籍や雑誌を朗読する行為は、著作権のうちの「口述権」〔第二四条〕が関係してくる。ただ、前述の第三八条第一項がこのときにも適用されるため、この行為についても著作権者の許諾を得る必要がないことになる。なお、朗読者に報酬が支払われる場合は、この第三八条第一項は適用されない〔同項ただし書〕。なお、この関係は、視覚障害者だけでなく、健常者であっても当てはまる。 3.点字の利用 点字は、通常、視覚障害者以外の人にはなじみがなく、他の場合よりも健常者への流用の問題を意識する必要性に乏しい。このため、点字図書の製作だけでなく、点字データの作成、データを媒体に固定したうえで利用者(視覚障害者に限定されない)への譲渡、データの電子メールでの送信やインターネット配信についても、著作権者の許諾なしで行うことができる〔第三七条第一項・第二項〕。なお、この関係は、営利目的であっても、料金を徴収しても、営利企業が行っても成り立つものである。 4.点字以外の形式への置き換えや利用 点字の場合とは異なり、拡大図書や録音図書、テキストデータ等については、健常者も理解できる形式であることから、著作権者側からは、その流用が懸念されている。このため、これらの形式への置き換えや、変換したものの利用について、様々な制約が課せられている〔第三七条第三項〕。 まず、製作できる者の範囲が、障害者福祉施設と図書館、そして、文化庁長官から指定された団体に限定されている。ボランティア団体については、文化庁長官から指定される場合、特定の視覚障害者等の手足として製作する場合、または、障害者福祉施設や図書館等からの委託により製作する場合のいずれかの場合に限られることとされている。このため、このような限定については、個別の政令指定がなくても、障害者団体やボランティアグループ等については製作を認めるべきとの要望が出されているところである。 次に、変換できる著作物が、文字や絵画、写真、映像といった「視障害者サービスと著作権との関係覚著作物」であって、かつ、同一の変換形式のものが市場に流通していないものに限られている。したがって、ラジオ番組や落語、音楽CDのようなものや、市販のDAISY版が販売されている場合等については、原則として著作権者の許諾なしには製作できない。 また、製作したものを利用できる者(受益者)の範囲が、視覚による情報の認識に支障のある者に限定されている。このため、上肢障害やALS(筋萎縮性側索硬化症)のような、視覚による情報の認識には支障はないものの、書籍や雑誌等を支えることが難しい者は、受益者には含まれていない(ただし、前述の三七条ガイドラインでは含められている)。このため、これらの者も受益者に含めるよう要望が出されている。 さらに、製作したものの利用範囲が、受益者への貸出し、譲渡そしてインターネットでの配信に限定されており、メールで製作したものを送信することや、放送や有線放送でテレビ番組の解説音声を付けて流すことは、原則として著作権者からの許諾が必要となる。このため、これらを無許諾でできるようにすることが要望されている。 5.視覚障害者等のための教科書の変換 このように、視覚障害者等のための拡大図書や録音図書、マルチメディアDAISY等の製作は、障害者福祉施設や図書館等のみが、著作権者の許諾なしに製作等を行うことが認められている。ただ、製作対象がいわゆる検定教科書の場合は、それ以外の者であっても著作権者の許諾なしに製作することが認められている〔第三三条の二〕。この場合において、教科書の全部または相当部分を対象とするときは、その教科書の発行者への通知が必要となる。営利目的の場合には、さらに著作権者への補償金の支払いも行わなければならない。また、作られたものは、貸出しや譲渡を行うことはできるが、メール送信やインターネット配信、放送等については、原則として著作権者からの許諾が必要となる。 6.手話によるお話し会や対面手話 手話によるお話し会も対面手話も、ともに、手話を上演することとなるため、〔第二二条〕「上演権」の対象となる。ただ、営利を目的とせず、また、聴衆から料金を取っていない場合には、著作権者からの許諾を取らずに行うことができる〔第三八条第一項〕。この場合において、手話を行う者に報酬を支払うときは、原則として著作権者からの許諾が必要となる〔同項ただし書〕。 7.音声の手話や字幕の付与 テレビやラジオ番組、音声資料や映像資料の音声を手話や字幕にし、さらにそれを人に譲り渡したりインターネット配信をしたりすることについては、都道府県にある聴覚障害者センターのような視聴覚障害者情報提供施設に限り、著作権者からの許諾を得ずに行うことができる〔第三七条の二第一号〕。したがって、図書館で行う場合には、原則として著作権者からの許諾が必要となる。 8.手話・字幕付きの映像資料の製作 聴覚による情報の認識に支障がある者(受益者)に貸し出す目的で映像資料に字幕や手話を付けたものを製作することは、著作権者からの許諾なしに行うことができる〔第三七条の二第二号〕。ただし、著作権者からの許諾なしに製作できるのは、視聴覚障害者情報提供施設のほか、大学・学校・公共の各図書館に限られる。また、製作した資料を貸し出すためには、著作権者に補償金を支払わなければならないこととされている〔第三八号第五項〕。現時点では、この「補償金の」額についての定めや取り決めがないため、これらの条項を使って製作することは難しいものと思われる。 (みなみ りょういち/国立国会図書館文献提供課長・元日本図書館協会著作権委員会委員) 《注》 ①この条約の採択までに至る経緯やWIPOの取組みについては、野村美佐子「マラケシュ条約―視覚障害者等への情報アクセスの保障に向けたWIPOの取り組み」『カレントアウェアネス』三二一号、二〇一四年九月、一八.二一ページを参照。 ②関係団体の要望の内容については、「文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会(第三回)議事次第」〈文化庁ホームページ内〉の「資料1」を参照。 《参考文献》 ①日本図書館協会障害者サービス委員会、著作権委員会編『障害者サービスと著作権法』日本図書館協会、二〇一四年。 アジ研ワールド・トレンドNo.234(2015. 4) p.14-17