特集 図書館と障害者サービス 情報アクセシビリティの向上 【国内情報】 日本点字図書館の取り組み アクセシブルな電子書籍の製作と活用 天野繁隆 日本点字図書館は、「本を読みたい」「さまざまな知識を得たい」という視覚障害者の情報へのアクセスを支援する図書館であり、二〇一四年現在、年間一五万タイトルの図書を貸し出すわが国最大の点字図書館である。 図書の貸し出しには、点字図書・録音図書といわれるメディアを用いている。点訳・朗読ボランティアの協力を得て自ら製作した図書の貸し出しは郵送により行い、全国どこからでも無料で利用することができる。近年はIT技術の進歩とパソコンの普及によって、点字図書・録音図書はデジタルデータ化され、インターネットを介しての読書が可能になっている。 ●日本点字図書館の新たなビジョンと取り組み 点字と録音という二つのメディアを使って、視覚障害者に対する情報提供サービスを行ってきた当館であるが、一方、ここ数年点字図書館を取り巻く状況が変化してきている。「サービス対象の拡大」と「点字図書館に関わる関係法令の改正」、更には「情報提供技術の進化」という三つの変化である。 1.新たなサービスビジョンの構築 二〇一一年四月、館内に「電子書籍の利用と製作に関する検討プロジェクト」を立ち上げた。取り巻く環境の変化やIT技術の進化に対応した、これからの日本点字図書館の役割や情報提供のあり方について検討を行うためのものである。 二〇一三年三月、プロジェクトは、当館の使命を、「見ること・読むことが困難な人々の情報へのアクセスを支援すること」と定義し、「多様なニーズへの対応」、「迅速な情報提供」そして「アクセシブルな電子書籍の積極的活用」を柱とした提言をまとめた。 多様なニーズへの対応とは、これまでは主に全盲の視覚障害者をサービス対象者としてきたことに対して、今後はロービジョン(弱視者等)をはじめ、活字の利用に障害を持つ人々へのサービスの拡大を意味するものである。更に、娯楽を中心にした蔵書の製作・提供から「知る、学ぶ」ことを支援する図書館を目指すことも含むものである。 2.アクセシブルな電子書籍の活用 新たなサービスビジョンの実現には、新たな情報提供メディアが必要である。これまでの既存のメディアでは、ロービジョン、肢体不自由者等の読書困難者、知的障害者、発達障害、脳機能障害、LD(Learning Disability:学習障害)に対応することは困難であり、また、情報の迅速な提供という面からも、製作に長い期間を要する現在の点字図書、録音図書は、スピードが重要とされる今日において、利用者の支持を得ることは難しい。様々な障害を持つ利用者のニーズの特性に合った情報提供を可能にするために、テキストDAISYやマルチメディアDAISYといった「アクセシブルな電子図書」の積極的な活用を進めていかなければならない。一般社会でも、電子書籍が注目されるようになって久しいが、電子書籍が注目され話題になるにつけ、電子書籍の利便性とさまざまな優れた機能は、これからの点字図書館のサービス提供メディアとしての有用性、可能性を探りながら導入に向けた研究を進めていかなければならないと考えている。 3.新たなサービス実現に向けた取り組み テキストDAISY、マルチメディアDAISYは、それぞれに特徴を持っている。 テキストDAISYの最大のメリットは、比較的製作が容易で、迅速な提供が可能なことである。活字で書かれた情報を、DAISY形式のテキストと合成音声で、利用者はいち早く情報を得ることができる。当館は、二〇一三年一〇月から、テキストDAISY図書を迅速に製作・提供するための基礎研究、実証実験を行っている。「アクセシブルな電子書籍製作実験プロジェクト」として取り組んできたこの事業は、日本IBM東京基礎研究所と東京大学大学院情報理工学系研究科広瀬・谷川研究室の協力を得て実施しているものであるが、クラウドソーシングとコミュニティサイト(SNS)を活用して、テキストDAISY図書をスピーディーに製作することができる。 現在五〇名の障害当事者(製作依頼者)と、二〇〇名のボランティア(製作・編集者)がこのシステムを使って製作作業を日々進めている。 テキストDAISY図書は、文字の拡大や合成音声での読み上げができるほか、一般の書籍のように目次見出しやページごとの移動が可能である。全盲の視覚障害者だけでなくロービジョン等の利活用を可能とする電子書籍であることから、当館のこれからのサービスの柱のひとつに成り得るメディアであると考えている。 一方、マルチメディアDAISY図書についても、二〇一二年から合成音声を用いたマルチメディアDAISY製作ソフトウエア「ChattyInfty3」の開発と、中学、高校生徒用マルチメディアDAISY理数教科書の製作と提供をテーマに、三年にわたる実践的研究に取り組んできた。 マルチメディアDAISY図書は、テキストDAISY図書に、更に音声データを加えたもので、テキストと同期した音声も利用することができる。学習障害者のニーズが高く、その他、多様な読書障害者にも有効なメディアとして期待されているものである。二〇一三年から製作ソフトウエア操作講習会を実施し、編集ボランティアの養成を行っている。今後数年間、教科書や学習教材を製作していくなかで、ノウハウを蓄積し、将来的には教養書や一般小説など、分野に分け隔てのないマルチメディアDAISY図書の迅速な製作の実現を目指している。 また、現状のマルチメディアDAISY図書の仕様では点字データは含まれず、点字を情報入手の手段とする視覚障害者には、マルチとはいっても点字で利用することができないのである。この弱点を補うために、二〇一四年の取り組みとして、点字情報を含めることができるマルチメディアDAISY図書製作システムの開発を急ぎ行っているところである。 ●目指すべき最終形として「ワンソース・マルチユース」の実現 当館は、今後の多様なニーズに対応するために「ワンソース・マルチユース」の実現のための試行錯誤を行っている。「ワンソース・マルチユース」とは、特性の異なる読書障害に対して、それぞれ異なる提供ツール(メディア)を用いるのではなく、同一のツールを障害の特性に関わらず、柔軟に活用できるようにすることである。 提供コンテンツを点字情報をも含むことができるアクセシブルな電子書籍(=ワンソース)として製作することで、例えば、全盲者は音声で利用する。あるいはピンディスプレイを使って点字での利用も可能になる。ロービジョン者は、テキストをディスプレイに表示し、文字の大きさ、色、背景を見易く、自分の特性に合わせて自由に変更して利用できる。その他の学習障害者、読書障害者は、テキストや画像を見ることもできるし、音声と同期させて利用することもできる、といった多様な障害者対応(=マルチユース)が可能になるのである。 ただし、この実現のためには、これまでの点字、録音と分断された製作スタイルを見直し、デジタルテキストを原資とする新たな製作フローを構築し、アクセシブルな電子書籍の効率的な製作を実現しなければならない。 ●おわりに 情報技術や障害者支援技術は日進月歩で進化する。点字図書館を取り巻く状況も変化していくであろう。本稿で述べたビジョンと電子書籍を中心としたサービスは、今後の方向性を示す「道しるべ」であり、ひとつの「モデル」ではある。しかし、未来永劫正しい方向を示すものとは限らない。状況の変化に応じて修正を加えながら、柔軟に対応していく必要があることはいうまでもない。 (あまの しげたか/日本点字図書館長)  アジ研ワールド・トレンドNo.234(2015. 4) p.12-13