社会保障 Social Security

開発途上国における生活を支える諸制度

カンボジアのプノンペン市の川沿いの家々
カンボジアのプノンペン市の川沿いの家々

社会保障制度は、人々が生活する上で社会的リスクから人々を保護する制度で、先進国における福祉国家のなかで中心的役割を果たしてきたものといえます。社会保障という用語は、1935年にアメリカでルーズベルト政権により制定された社会保障法(Social Security Act)において初めて使われたとされています。2001年にだされたILOの報告書のなかでは社会保障モデルは多数存在し、その範疇には社会扶助スキーム、普遍的スキーム、社会保険および公的・民間基金(保険)を含めるとしています。とはいえ社会保障の中心概念は、社会保険と社会扶助(日本における狭義の社会福祉にほぼ相当)から構成されると判断してよいでしょう。ただし、上記ILO報告書でも指摘されているように、社会保障のモデルは多様であり、そのため社会保障という用語も国により異なった意味で用いられています。社会保障の概念や構成を理解するには、(社会保障研究所編[1992]『リーディングス日本の社会保障』有斐閣シリーズ)を参照することをお薦めします。

社会保障の一つの柱である社会保険とは、法律に基づき対象者が強制加入となる保険のことであり、年金、医療、失業、労働災害保険が世界的に主要な社会保険となっています。しかし、日本やドイツでは高齢者介護に関しても社会保険方式が導入されています。民間保険にあっては、保険原則に基づきリスクに対応した保険料が設定されていますが、多くの社会保険の場合、保険料は所得に応じた額が設定されています。そのため、社会保険の中には社会的な連帯の原則があると見ることもできます。また近年、公的賦課方式年金を民間積立方式に転換する事例が世界的に多く見ることができますが、強制加入の民間保険は、社会保険の一種とみなされています。

社会保障のもうひとつの柱である社会福祉という用語は、世界的に広義のwell-beingという一般的意味で使われる場合と、日本におけるように公的扶助に対人社会サービスを加えた領域を表す意味で用いられる場合があります。後者は日本特有の使い方で、この概念に対応する用語として社会扶助や対人社会サービスといった用語が世界的には用いられています。社会福祉の担い手としては、従来公的機関が中心と考えられてきましたが、近年では家族、非営利部門、また民間部門も状況に応じて福祉供給の担い手として考えられるようになりました。こうしたさまざまな福祉供給の担い手が存在する状況をウエルフェアーミックスと呼びます。また、福祉の受給に労働を条件として課す、ワークフェアーという考え方も近年影響力をもつようになりました。

従来社会保障制度とは、先進国の制度であり発展途上国ではそれが未整備であるとされてきました。しかし、発展途上国でも社会保険制度や社会扶助制度があることは確かです。とくに新興工業国のなかには、経済発展と政治的民主化により近年急速に制度整備が進んでいる国があります。また、ラテンアメリカの域内先進国では、社会保険を中心とした社会保障制度が第二次世界大戦後から整備され始めました。他方、低所得国では貧困者に対する支援が社会保障の中心的課題といえます。

先進国間でも社会保障制度に差があるように、発展途上国や新興工業国の社会保障制度は国によりそれぞれ特色があります。そうした各国の社会保障制度がどのような特色を持ち、それが如何に形成されてきたのか、また今後の政治・経済・社会の変容に対応してどのような社会保障制度が形成されてゆくのかなどという点が解明すべき課題となっています。

(宇佐見 耕一)