移行経済 Transition Economies/Economics of Transition

体制転換の路程を求めて

民営化された元国有製鉄所
民営化された元国有製鉄所
(河北省遵化市)

1970年代から80年代にかけて、東アジアの二つの社会主義計画経済国-中国とベトナムが相次いで市場経済への転換に乗り出しました。1990年代に入るとソビエト連邦の崩壊を引き金に、旧ソ連・東欧諸国やその影響下にあったモンゴルなどの国々が一斉に社会主義体制を放棄し、全面的な資本主義体制への移行を開始しました。計画経済から市場経済、社会主義体制から資本主義体制への移行を進めているこれらの経済を、移行経済(transition economiesまたはtransitional economies)と呼びます。1990年代以降これらの経済の移行プロセスの研究は、体制移行の経済学(economics of transition)と呼ばれる新しい研究領域を形成してきました。移行経済をめぐってもっとも注目を集めてきたトピックの一つは、いわゆるビッグバン・アプローチ(big-ban approach)と漸進主義アプローチ(gradualism approach)と呼ばれる二つの考え方の対立です。東欧の移行プロセスに対して強い影響力を行使したIMFを中心とするグループは、市場経済への移行は全面的かつ短期間のうちに実現されなければならない、とするビッグバン・アプローチを提唱しました。これに対して一部の経済学者は、市場経済を支える諸制度の整備が進まないうちに急激な自由化を行えば、経済に対して過度のショックを与える懸念があるとして、段階的な移行を支持する漸進主義アプローチを提唱しました。


移行のプロセスが事実上もっとも早く開始した中国ではすでに四半世紀、旧ソ連・東欧でも十数年の時間が経過しました。この間の各国の経済実績から二つのアプローチのいずれかの当否を論じることは、必ずしも現実的ではありません。東欧諸国の一部はビッグバン・アプローチに近い政策を採用して初期に強いショックを経験したのち、主として隣接する西欧からの直接投資の流入を通じて経済回復を成し遂げつつあります。一方、段階的な改革を進めたと目される国々のなかでは、未だに社会主義体制の看板を掲げ続ける中国が、9%前後というきわめて高い成長率を実現しています。しかし中国の改革を果たして漸進的と呼べるのかどうか、またそもそも中国の高成長を移行プロセスの「漸進性」に帰することが妥当かどうかについては、大いに疑問の余地があります。確かなのは、単純な自由化のみでは市場経済は発生せず、マクロ経済の安定性と、競争的な取引を支えるさまざまな制度インフラの整備が、スムースな体制移行に不可欠であることと考えられます。こうした認識に基づき、近年の移行経済研究の焦点は、企業統治制度、金融制度、財産権制度など、特定の制度イシューに移ってきています。

(今井 健一)