財政・金融

金融-通貨危機 Currency Crisis

多様化する理論と忘れ去られた対応策

通貨危機とは、なんらかの理由で通貨の価値が下落し、それが経済活動に悪影響を与える現象を指します。また、中央銀行の通貨防衛策が成功して、通貨価値の下落が起こらなくても、それに伴って経済活動の減退などが生じるならば、これも通貨危機と呼ぶことができます。例えば、高金利政策による通貨防衛策は投資の減退などを通じて経済活動に悪影響を与えます。

通貨の価値が下落するのは、外国との経済取引において自国の支払が超過する場合です。外国との経済取引は、モノの取引(経常収支)とカネの取引(資本収支)に大別できます。モノの取引は短い期間の間に大きく変動することはあまりなく、数年に渡る趨勢を予想することはそれほど難しくありません。一方、カネの取引は短期的に激変する可能性があり、その趨勢を予測することは一般的には難しいものです。近年の通貨危機のほとんどは、このカネの取引の激変によって通貨価値の下落を余儀なくされるという特徴を持っています。

通貨危機の原因を探るためには、こうしたカネの取引の変化の理由をうまく説明する必要があります。1980年代には、「定説」とも言える理論があって、通貨危機の説明は、この定説を中心にして展開していました。ところが、1990年代に入って、この定説では十分に説明しきれないような通貨危機が多発するようになりました。とりわけ1997年-98年にかけて勃発したアジア通貨危機は、通貨危機を説明する理論の展開にも大きな刺激を与えました。それ以後、まさに百花繚乱とでもいうほど、多くの異なる仮説、理論が提示されています(詳しくは「より深く知りたい人のために」を見て下さい)。多様な理論が出されることは、研究の一段階として必要なことですが、一定のコンセンサス(合意)が形成されつつあるとはとても言えない状況なのは問題です。

また、アジア通貨危機に際しての、IMF(国際通貨基金)の対応のまずさも多くの議論を呼びました。まず問題になったのは、IMFが資金支援を行う条件として提示するコンディショナリティ(融資条件)の内容が適切であったかどうかということです。しかし、上述したように危機の原因についてさえ定説が定まらない状況を反映して、望ましい政策が何であったのかについても十分なコンセンサスが形成されているとは言えません。さらに、危機が発生した際に一部の債権者(特に民間の債権者)だけが抜け駆け的に行動するのを防ぐべきだという議論も起こりました。そのために、秩序だった対応手順を、あらかじめ国際的に取り決めておくべきだという提案(新国際金融アーキテクチャー)がなされました。というのも、原因はともあれ民間の貸し手が我先に資金を引き揚げることにより通貨危機の規模や経済への悪影響がより大きくなったという事実があるからです。しかし、どのような取り決めが望ましいかという事に合意ができないまま、2000年代に入って全般的に通貨危機の勃発がおさまりを見せると同時に、新国際金融アーキテクチャーの具体化を目指す機運は急速に失われてしまいました。

(国宗 浩三)