第5回 政治とカネとメディア(3)
秩序としての混沌—インド研究ノート
インド
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●政府広告という「アメ」
前回の連載で取り上げた「押し売りニュース」(paid news)の問題についてインド報道評議会がまとめた報告書( 参考文献1 )には、押し売りニュースに直接関連する内容以外にも、政治とメディアがカネを通して持ちつ持たれつの関係にあることを示唆する内容がたびたび登場する。ある著名なジャーナリストが自身の体験を基に語った次のようなエピソードもその一つである。
そのジャーナリストは、ビハール州の州都パトナを訪れた際に偶然出会ったある新聞社のオーナーA氏から、所有する新聞にビハール州政府が政府広告を出してくれないので、月に730万ルピー(1ルピーは約1.5~1.6円)も損をしているという話を聞かされる。そして、州政府の広告を新聞に出してもらえるよう州首相のニティーシュ・クマールを説得してくれないかと、そのジャーナリストはA氏から懇願されたというのである( 参考文献1 、22ページ)。このエピソードの直前に、「州首相の怒りを買った場合に、どの程度の金銭的な損失を被ることになるかをすべての新聞は計算している」という一文がある。このことから考えても、A氏がオーナーを務める新聞社は、州政府を批判する内容の記事を掲載したために州首相の不興を買い、政府広告という重要な収入源を絶たれて困っていると読み取るのが自然である。
インドでは、現政権の実績を誇大に喧伝したり、新たな政策を華々しく宣伝したりする広告を連邦政府や州政府が公金を使って新聞に掲載することがかなり広範に行われている(一例として、写真を参照)。そのため、政府が広告収入を人質にメディアの筆先を鈍らせようとしているのではないかという考えは容易に浮かぶ。しかし、上記のエピソードは政府広告の影響をかなりはっきりと指摘しているため、その記述にはやはり驚かされる。それも、本筋とは関係のない部分とはいえ、公的機関が公表した報告書で言及されているとなればなおさらであろう。
ちなみに、その内容があまりにもあけすけであったために、この報告書はお蔵入りになる寸前であった。結局、連邦政府の介入によって全文が公表されることになったのは、小委員会がインド報道評議会に報告書を提出してから1年半後の2011年10月のことである( 参考文献3 )。
(みなと かずき/アジア経済研究所 在デリー海外派遣員)
参考文献
- Press Council of India. Sub-Committee Report , 2010( http://presscouncil.nic.in/home.htm ).
- “Rs. 25 cr Ad Blitz Caps Disappointing Year in Office for Jayalalithaa,” India Today (online), May 16, 2012.
- Sainath, P. “And the Pay-to- Print Saga Resumes,” Hindu , October 10, 2011.
- 中溝和弥・湊一樹『インド・ビハール州における2010年州議会選挙—開発とアイデンティティ』 機動研究成果報告、アジア経済研究所、2011年( http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Kidou/2010_301.html )。
- Besley, Timothy and Robin Burgess. “The Political Economy of Government Responsiveness: Theory and Evidence from India,” Quarterly Journal of Economics , 117 (4), 1415-1451, 2002.
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