2021 年 62 巻 3 号 p. 32-62
本稿は,フィリピンの日本占領史研究において等閑視されてきた対日協力をめぐって住民間で頻発した暴力の状況と,それをめぐる戦後のフィリピン司法制度の恣意的運用について社会史的に考察する。ここでは,戦前より砂糖産業で隆盛を極めたネグロス島において,駐留日本軍を主体とする治安維持活動に関与したエリート住民と貧困層住民とが引き起こした暴力を事例として取り上げる。また,この暴力激化の過程において,戦前よりシュガーバロン(砂糖貴族)として社会的地位が高いエリートが駐留日本軍によって遂行された対ゲリラ戦の中で貧困層と共に対日協力を行いながらも,貧困層を利用しながら,戦後期において国家反逆罪の「汚名」から逃れているプロセスを明らかにする。そして,その結果もたらされた戦後のフィリピン社会分断の一側面を提示する。