インド民主主義体制のゆくえ:多党化と経済成長の時代における安定性と限界
調査研究報告書
近藤 則夫 編
2008年3月発行
このような状況に対しては、肯定的な評価と否定的な評価の両方が可能であるが、本論ではより肯定的な立場をとる。すなわち、社会的・政治的に不利な条件のもとでも、一定の要素がそろえば、少なくとも政治システムのレベルでは安定を維持することができると考えられ、それを肯定的に評価すべきであるという立場である。インドにおけるそのような要素としては、第1に、選挙政治に関する特徴が考えられる。第2に、インド国内の地域的多様性が考えられる。最後に、インドの政党政治の特徴と、インドが採用している
連邦制という政治制度が持つ機能が考えられる。今後は、これらの要素の特徴やその働きについて、より詳細かつ実証的に検証していくとともに、政治システムにおける安定性を民主主義そのものの安定性につなげられる可能性や、その手段についても検討していきたい。
本稿では、インド憲法とその改正について考えるにあたり、2005年になされた憲法第93次改正を取り上げ、憲法改正法とこれに対応して制定された法令、なかでも2006年連邦教育機関(入学における留保)法を検討の対象とし、憲法改正に関していかなる議論がなされ、これに対応していかなる立法がなされたのかを概観した。そして、これらの立法に対して批判的な立場から提起された訴訟について検討し、その中でいかなる論点が提示されているのか、概観する。論点毎に今後精査は必要であるが、そうした検討を通じて、インド司法のあり方や憲法の全体像の把握につながるものと考える。
きことがあるが、労働に関する取り組みについては、社会組織は労働組合に代替するものではないと考えられる。
パンチャーヤトへの権限委譲・分権化の進展に関しては、州政府の裁量によるところが大きいため、州によりその取り組みに温度差が見られ、必ずしも州間で足並みがそろわないのが現状である。また、地方自治に欠かせない自主財源の乏しさも指摘されている。住民参加に関しては、留保議席の導入は社会的に不利な立場に置かれてきた人々にパンチャーヤト政治への参加の機会を与えることになった。パンチャーヤト議員の属性においても、脱エリートの傾向がうかがえる。しかし、その一方で、議員としての役割を果たしていない議員の存在が目立ち、エリートによるパンチャーヤト政治の支配も指摘されている。村民会議においても、機械的に開催される傾向があり、住民の議論の場となっていないことが様々な事例研究から伺える。開発(行政)の効果や効率性の向上が必ずしも分権化の推進や住民参加を必要とするものではないことも示唆されているが、分権化と住民参加に力を入れてきたケーララ州や西ベンガル州においては全般的に見て比較的公正な貧困削減政策が実現されていることも事実である。しかし、そうした州においても支持政党に基づく住民の過度の分断や対立がより幅広い住民の参加や対話を困難にさせているとも考えられる。
しかし、ナクサライト運動の展開を振り返れば、インド民主主義とナクサライト運動は常に対立関係に立つのではなく、逆に議会制への参加が常に課題となっていたことに気付く。議会制と運動を対立関係として捉えることに縛られていた既存研究は、必ずしも議会制と運動の相互作用を十分に検討してこなかったが、政府と毛派の暴力的対立が激化する現在においてこそ、相互作用を検討し、暴力革命を掲げる政治勢力が議会制民主主義に参加する条件を探ることが求められている。
本章ではナガ民族をとりあげて検討する。イギリス植民地時代に隔離的な扱いをされてきたナガにとって、1947年のインド独立に際してインドとの併合が唯一絶対の選択肢ではなかった。ナガは、まず自治の確保を求めたが政府は弾圧的方法で対応した。ナガは、政府への不満を募らせ、反政府武装闘争・独立闘争を展開した。ナガの運動は、1950年代半ばから1970年代にかけての激しい武装闘争を経て、1997年以降は政府と武装組織の話し合いがもたれ、停戦で合意が成立、現在、和平会談が進んでいる。現在の「ナガの和平」は、中央政府にとってはナガ武装グループを北東地方の他の武装グループから切り離す積極的な意味がある。またナガの武装グループにとっては、「独立」を掲げて対立の姿勢を保持しながら、中央政府と話し合い停戦を継続することに利益を見出していると考える。紛争・対立状態の継続つまり「停戦と話し合いの状態」の継続が政府にとって利益で、武装勢力にとっては既得権益の保持に有利という奇妙な状況が生まれている。