アジア開発途上諸国における選挙と民主主義
調査研究報告書
近藤 則夫 編
2007年3月発行
集計データを使っての研究では、識字率、経済発展などのマクロな説明変数は投票率を説明するにはかなり有効で正の相関関係が認められるが、各党の得票率を説明するには大体の場合非力であること、都市化は1960年代までは投票率と正の相関関係が見られたが、その後は弱くなり、1990年代以降は負の相関に転じること、州が説明変数として次第に重要になってきたこと、などが確認できた。一方、個票データに基礎をおく研究からは人々の選挙制度に対する信頼感の高さ、投票者の社会経済的地位が投票行動、政党選択を説明する重要な変数であること、1970年代までは争点はそれほど重要でなかったこと、宗教的、言語的少数派は会議派を支持する傾向にあったこと、会議派の退潮は中間的な社会的地位を占める多数の後進諸階級が会議派から他の政党に支持をシフトさせたことによるところが大きいこと、長期的傾向としては会議派中心の一党優位体制から、各州の社会的亀裂をベースとして成長してきた州政党の連合政権へ進んでいること、大規模な世論調査によると多くの選挙民にとって選挙を認識する争点で重要なのは物価、失業などの生活に直結したものであること等がわかった。
選挙はインド政治全体のペースセッターである以上、他の様々な政治とも深い関連性を有しているはずである。そのような関係を探ったものとしては、選挙と社会集団の動員を検証した研究、選挙と暴力、とりわけ宗派暴動との関係を研究したもの、経済サイクルとの関係を検証したものなどがあり、一定レベルの相関性を示しているが、決定的に立証されたというレベルには至っていないと考えられる。
最後に以上の検討を経てインドの選挙研究の若干の展望が行われた。
The election system is the pillar of Indian democracy. The system consists of various levels of elections to the Lok Sabha (the House of Representatives of the Union), State Legislative Assemblies, and Panchayati Raj Institutions (local self-governing bodies under State Governments). This article includes a review of studies related to the elections of Lok Sabha and State Legislative Assemblies conducted up to the present time. Studies are divided into those based on aggregate data and those based on survey data of the individual electorate. This division has the advantage of providing data that may be used in different analytical areas. Voter turnout and votes polled by party are the two main variables to be explained. This review article thus shows what has been explained in voting behaviour in India up to the present time.
(1) の系統の文献では,民族問題,イスラーム政策,政治改革問題が重要争点とされ,景気や対外関係が解散の時期や与党のキャンペーンに影響を与えるとされる。また,民族混合選挙区における与党の優位が繰り返し指摘されている。この現象の原因については,動員協力,選好差異,戦略投票の3つの説がある。
(2) の系統の文献では,ゲリマンダリング,資源の格差,選挙登録に関する不正が選挙の不公正=体制の非民主的側面として指摘され,一方で競争性の高さが政府の応答性(responsiveness)を担保しているとされる。
(1) の系統の動員協力説や戦略投票説,(2) の系統のゲリマンダリング,利益誘導のいずれも,与党連合の長期的優位について論じたものである。今後の研究課題のひとつとして,swing voting の傾向と要因の把握があげられる。