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日本とアジア諸国の間における自由貿易協定税率の利用状況

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.137

早川 和伸、Nuttawut LAKSANAPANYAKUL、Dionisius NARJOKO、Francis QUIMBA
2020年6月25日発行

PDF (808KB)

  • 日本がアジア諸国から輸入する際には、8割程度の貿易においてFTA関税率が用いられているが、日本がインドネシアやタイ、フィリピンに輸出する際には、FTA関税率は3割程度しか用いられていない。
  • 日本の輸出時においてFTA利用度が低い理由には、関税還付制度など、その他の特恵関税制度がより好まれていることが考えられる。この場合、RCEPを含め、今後アジアでいかにFTAが増えようが、日本企業によるFTA関税率の利用は期待ほど進まないかもしれない。

2020年6月現在、我が国では17つの自由貿易協定(FTA)と日米貿易協定が発効している。環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の交渉時には、「平成の開国」としてFTAが大きな論争を生んだ。しかしながら、FTAの発効とともに、FTAパートナー国からの輸入関税が自動的に免除されるわけではない。協定書に定められた原産地規則を満たした物品のみが、FTA協定で決められた関税率を用いることが認められる。本ポリシー・ブリーフでは、日本のアジア諸国との間の貿易において、実際にFTA関税率がどの程度用いられているのかを概観する。

日本とアジア諸国間のFTA利用率

ここから実際にFTA利用率を概観していく。FTA利用率は、FTA関税率が設定されている、FTA特恵対象品目に絞ったうえで、総貿易額に占める、FTA関税率を用いて行われた貿易額のシェアを示す。

表1は、2019年度の日本のASEAN諸国からの輸入時におけるFTA利用率を示している。ミャンマー、ラオス、カンボジアの3カ国(LDC3カ国と呼ぶ)を除くと、日本はASEAN各国との間に、日・ASEAN FTA(AJCEP)と二国間FTAを結んでおり、さらにシンガポール、ベトナムとの間ではいわゆるTPP11協定も発効している。ここでは少なくとも一つのFTAにおいて特恵対象になっている品目に絞ったうえで、利用可能な全てのFTA関税率による貿易額を、FTA利用率の分子として用いる。

表1. 日本のASEAN諸国からの輸入におけるFTA利用率(2019年度、%)

表1. 日本のASEAN諸国からの輸入におけるFTA利用率(2019年度、%)
(出所)日本の税関データをもとに著者らによる計算。

全産業では、LDC3カ国を除くと、50%以上の利用率を示している。さらにブルネイとシンガポールを除くと、8割以上の利用率となっており、FTA特恵対象品目では、日本のASEANからの輸入の大部分でFTA税率が用いられていることが分かる。産業別に見ても、概ね同様の傾向が見られる。

同様に表2では、2019年度の日本のその他アジア諸国からの輸入時におけるFTA利用率が示されている。全産業では、全ての国で85%以上のFTA利用率となっている。ただし、ほとんど、もしくは全くFTA税率が利用されていない産業も存在することが分かる。

表2. 日本のその他アジア諸国からの輸入におけるFTA利用率(2019年度、%)

表2. 日本のその他アジア諸国からの輸入におけるFTA利用率(2019年度、%)

(出所)日本の税関データをもとに著者らによる計算。
次に、日本の輸出時におけるFTA利用率を概観する。東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)のサポートにより、インドネシア、フィリピン、タイにおけるFTA利用額データを入手した。ただし、入手したデータの対象年は国によって異なっており、インドネシアは2016年、フィリピンとタイについては2018年となっている。

表3. 日本からインドネシア、フィリピン、タイへの輸出におけるFTA利用率(%)

表3. 日本からインドネシア、フィリピン、タイへの輸出におけるFTA利用率(%)

(出所)各国税関データをもとに著者らによる計算。
全産業におけるFTA利用率を見ると、先ほどの日本の輸入時とは対照的に、非常に低い利用率を示している。インドネシア、フィリピン、タイ向け輸出時にはそれぞれ3割、2割、4割程度の利用率となっている。産業別では、タイ向けにおいては動植物性生産品や食料品、縫製品、金属製品において、相対的に高い利用率となっている。インドネシア向けでは、動植物性生産品や履物、真珠製品などにおいて高い利用率が見られる。フィリピン向けでは、FTA利用率は動物性生産品と輸送機械において相対的に高い。
アジアにおけるFTA利用率の決定要因

日本とアジア諸国間の貿易におけるFTA利用率を概観してきた。そして、国別のみならず、産業別にもFTA利用率に違いがあることが示された。それでは、どういった国や産業においてFTA利用率が高くなる傾向があるのであろうか。ここでは、本ポリシー・ブリーフの対象国に加え、韓国や台湾のFTA利用額データを用いて、FTA利用率の決定要因を計量経済学的に分析した研究結果(IDE Discussion Paper No. 792)を紹介する。

一般に、FTA関税率は、その利用による利益がコストを上回れば利用されることになる。コストには、原産地規則の順守に伴う中間財調整コストや、原産地証明の取得・作成のための文書コストが挙げられる。FTA関税率を使わない場合、より税率の高い、最恵国待遇(MFN)税率を使うことになる。したがって、MFN税率とFTA税率の差、いわゆる関税マージンが大きいほど、輸出単位当たりの利益は大きくなる。また、輸出規模が大きければ、その利益の総額も大きくなり、利用コストを上回りやすいであろう。

こうした理論的な議論と一致するように、アジアの貿易においても、関税マージンが大きい品目ほど、FTA利用率は高い。さらに、輸入国の需要規模が大きいほど、輸出規模も大きくなるため、FTA利用率は高い。また、税関の効率性が高い輸入国ほど高いFTA利用率を示す一方、輸出国税関の効率性とFTA利用率の間には有意な相関はない。このことは、輸入国側で行われる通関時・通関後の効率性、透明性が重要であることを示しているのかもしれない。

また、MFN税率でもなく、FTA税率でもない関税制度を利用する場合があるかもしれない。典型的な例としては、LDC3カ国など、後発開発途上国を対象にほぼすべての品目で無税の税率が提供される、特別特恵関税制度が挙げられる。一般に、特別特恵関税制度のほうがFTAよりも特恵対象品目の範囲が広く、また税率も同じか、より低い。そのため、アジアの貿易においても、この特別特恵関税制度が利用可能な場合はFTA利用率が低く、当該制度がより利用されていることがうかがえる。

同様に、輸出品を生産するために輸入された部材に対する関税支払いを免除もしくは低減する措置として、自由貿易区制度、輸出加工区制度、投資恩典に基づく免税措置、関税減免制度などがある。そのため、これらの制度の受益者となりやすい、多国籍企業が多く進出している国では、輸入時のFTA利用率が低い。また、完成品の場合はさらなる加工、輸出ができず、こうした制度が利用できないため、中間財に比べ完成品を輸出するときほど、FTA利用率は高い。

図1. 日本からタイへの輸出額における関税制度別シェア(2018年)

図1. 日本からタイへの輸出額における関税制度別シェア(2018年)

(出所)タイ税関データをもとに著者らによる計算。
政策的含意

図1では、日本からタイへの総輸出額を、関税制度別に分解している。表3とは異なり、特恵対象品目に絞らず、ここでは全ての品目を対象としている。30%を占めるMFN税率、23%を占める二国間FTA(JTEPA)税率を除くと、5割近くの貿易でこうしたFTA以外の特恵関税制度が利用されていることが分かる。そして重要なことは、こうした利用は企業の合理的な選択によって実現している点である。FTA利用には原産地規則の順守が必要なことに加え、多くの場合、原産地証明書を取得・作成する事務負担を負うのは輸出企業であるという特徴がある。一方、その他特恵制度における事務手続きは主に輸入企業によって行われることになる。したがって、輸出企業にとり、様々な点でFTAよりもその他特恵制度が魅力的になりえる。

このことは重要な含意を持っている。現在、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定の交渉が進められているが、今後、本協定が締結、発効しても、期待ほどRCEPを含むFTA税率の利用は進まないかもしれない。依然として企業は、条件が合うならば、その他特恵制度の利用を好むためである。例えば、図2では日本から中国への輸出内訳を示している。もちろん、FTA税率が利用可能になることによって新規に輸出を開始する企業もいるであろうが、仮に通常貿易を行っている企業の全てがRCEP税率を用いても、6割程度のRCEP利用率となる。FTA税率の利用を促進するうえで、累積規定や運用上の証明手続き(OCP)など、原産地規則・証明の改善、簡素化が不可欠であり、どのような方法が考えられるか、今から備える必要がある。

図2. 日本から中国への輸出額における関税制度別シェア

図2. 日本から中国への輸出額における関税制度別シェア

(出所)Global Trade Atlasをもとに著者らによる計算。
(注)加工貿易には「Process & Assembling」と「Process With Imported Materials」を含む。

(はやかわ かずのぶ/開発研究センター・経済地理研究グループ、なたうっと らくさなぱんやかる/タイ開発研究所、でぃおにしうす なるじょこ/東アジア・アセアン経済研究センター、ふらんしす きんば/フィリピン開発研究所)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。