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日本と豪州の「インド太平洋」構想

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.130

岡本 次郎

2019年7月11日発行

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  • 「インド太平洋」構想は日本だけのものではなく、米国、豪州、インドなども有している。
  • 各国のインド太平洋構想には相違点があるが、日本と豪州の構想には類似点が多い。
  • 中国が台頭する一方で米国が多国間協力から離脱している現在、その溝を補完するイニシャティブにおいて日豪協力は有用である。
はじめに

「自由で開かれたインド太平洋」は、2016年8月にケニアで開催されたTICAD VIで安倍首相が提唱したものとされる。しかし、新たな地域秩序の構想に「インド太平洋」という概念を使用しているのは日本だけではない。ただし、米国、豪州、インド、インドネシアなどが抱く構想の中身にはそれぞれ異なる部分が存在する。

本稿では日本と豪州のインド太平洋構想を概観し、両国が置かれた国際環境の故に、その構想に類似点が多いことを示す。そして、構想実現のための日豪協力は有用であることを指摘する。

日本のインド太平洋構想

日本のインド太平洋構想は、インド洋と太平洋を繋ぎ、アフリカとアジアを繋ぐことで国際社会の安定と繁栄の実現を目指す。構想実現の3本柱として、①法の支配、航行の自由、自由貿易等の普及・定着、②経済的繁栄の追求、③平和と安定の確保、が挙げられている。以下にいくつかの特徴を指摘したい。  

第1に、同構想は台頭する中国を明らかに意識していることだ。現時点で「インド太平洋」海域で法の支配、航行の自由を脅かす存在と想定されているのは、南・東シナ海で威圧的な一方的行動を取っている中国以外には考えにくい。日本がASEAN諸国を中心に巡視船や高速艇などを供与して海洋法執行能力の向上を支援するのは密漁や海賊対策の面もあるが、中国に対する牽制の意味も強い。ただし日本には、政治的にも経済的にも大国化した中国を「封じ込める」意図はないだろうし、現実的でもない。  

第2は、ASEAN重視の姿勢である。構想では「ASEAN中心性」の重要性を明示し、ASEAN連結性の構築・向上を中心課題の1つとしている。ASEAN重視の背景には、東南アジアがインド洋と太平洋を繋ぐ、日本にとって極めて重要な地理的位置に存在していることに加え、ASEANを中心とする地域協力制度(ARF、ADMM+、EASなど)が既に存在していることもあろう。日本はインド太平洋構想の実現のために新たな協力枠組みを創設するのではなく、ASEANを軸とする既存の制度を活用しようとしている。

第3は、構想の柱の1つが開発協力に置かれ、その対象が東アフリカ諸国まで拡がっていることである。安倍首相が同構想を提唱する場としてTICAD VIを選んだことは象徴的だ。ここでも物理的連結性が重視され、ケニア、モザンビークなどで内陸部と沿岸部を結ぶ経済回廊の構築が想定されている。

豪州のインド太平洋構想

豪州政府が「インド太平洋」という言葉を公式に使用したのは、2013年5月に発表された『防衛白書』が最初だった。同年9月の連邦選挙に勝利した自由党・国民党連合政権は、アジア太平洋に替わる地域概念としてインド太平洋を積極的に使用するようになった。その傾向は2016年2月の『防衛白書』、2017年12月の『外交政策白書』を経て、現在も続いている。豪州のインド太平洋戦略の要点は、米国との同盟関係の維持、中国への関与強化、インドや日本その他の同じ考えを持つ国々との協力関係強化、秩序維持を志向する諸国を包摂する地域構造の追求、である。上述した日本構想の特徴と比較してみたい。

第1に中国との関係である。日本のインド太平洋構想が想定する海洋ルートは豪州にとっても死活的な意味を持つ。したがって法の支配と航行の自由は重要な原則であり、中国の同海域への進出と威圧的・一方的な行動に対しては警戒感を抱いている。その一方で中国への関与強化を志向するのは、中国の経済大国化と並行して豪州経済の対中依存が高まっているからである。下図は豪州、日本それぞれの財・サービス貿易総額に占める対中貿易の割合を示している。2007年に12%程度だった豪州貿易の対中依存度は、2017年には24%に上昇している。それは、豪州の主要輸出品である天然資源(鉄鉱石、石炭、天然ガス等)と農畜産物(食肉、小麦、羊毛等)に対する中国の需要が伸び続けたことに加え、留学・観光を中心とするサービス分野でも対中輸出が拡大したからである。

表:貿易総額に占める対中貿易の割合

(出所)DFAT website、財務省貿易統計より筆者作成。

第2に、豪州構想は日本と同様にASEANを重視している。豪州にとって東南アジア地域は地理的に近接し、安全保障上の最優先地域であることに加え、経済的な関係も強まっているからだ。例えば、豪州の財・サービス貿易総額に占めるASEAN諸国の割合は漸増し、近年は14%程度に達している。2018年2月にはシドニーでASEAN・豪州特別サミットが開催された。ASEAN諸国の中にはASEAN中心性が損なわれる可能性があるとして今も「インド太平洋」という言葉に警戒感を抱く国もあるが、豪州は特別サミットで従来のASEAN重視の姿勢の不変を宣言している。  

第3は、開発協力に対する重心の置き方である。豪州構想でアフリカに対する開発協力は強調されていない。豪州政府が認識するインド太平洋の西端は実質的にインドに留まり、アフリカ東岸には達していないとする指摘もある。同国が参加する環インド洋経済協力枠組みとしては1997年に創設されたIORA(環インド洋連合)があり(日本も対話パートナーとして参加)、貿易・投資、漁業、科学技術、再生可能エネルギーなどを協力分野として特定しているが、日本構想の開発協力の中核であるインフラ整備による連結性強化はIORAの協力対象とはされていない。また、豪州のインド太平洋構想とIORAの活動に明確な連動性は見て取れない。

日豪協力の有用性

上述の通り、日本と豪州のインド太平洋構想は、対アフリカ開発協力を除いて重要な点でかなり類似している。両国の構想に共通しているのは、米国の多国間協力からの離脱を補完する枠組みとしてインド太平洋構想を活用しようという考え方であろう。その意味でも、日本と豪州のリーダーシップによってTPP11を発効させた意味は大きい。

日豪両国が構想するインド太平洋地域の秩序は、既存の複数の多国間制度で支えられることになる。両国が互いに期待するのは、それらの枠組みの中で重要なパートナーとして行動することである。両国は30年前、APEC創設で主導的な役割を担った。当時とは国際環境がかなり異なるとはいえ、類似した構想を持つ複数のミドルパワーによる協力とリーダーシップは現在でも有用であろう。

(おかもと じろう/下関市立大学)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。