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「イスラーム国(IS)」後のクルド問題――困難に直面するクルド人勢力

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.128

2019年5月13日発行

PDF (644KB)

  • 2017年9月に北イラクのクルディスタン地域政府で国民投票が実施され、独立支持が多数を占めるもイラク中央政府および隣国のトルコとイランの反対で独立は不可能な状況にある。
  • シリア北部で事実上の自治を行っているクルド人組織であるが、後ろ盾のアメリカの撤退の意向と隣国トルコとの対立で窮地に陥る可能性がある。
  • クルド人組織は存続のために隣国および超大国と協調関係を築く必要がある。
戦略的パートナーとしてのクルド人

シリア内戦はクルド人にとって大きな契機となった。北シリアにおけるクルド人組織は、アメリカをはじめとした欧米諸国のIS打倒において大きな役割を果たした。シリアにおいて実質的に戦闘に参加したのは彼らであり、クルド人は国際社会の平和と安定のために不可欠な戦略パートナーであった。

しかし、世界的な脅威となっていたISがシリアおよびイラクでほぼ消滅すると、クルド人の戦略的重要性が低下した。それはアメリカがトルコとの間で2018年6月4日に北シリアのクルド人組織、シリア民主連合(PYD)とその軍事組織である人民防衛隊(YPG)のマンビジュからの撤退に合意したことにも表れている。そして、マンビジュはトルコとアメリカによって共同統治されるとされた。

ただし、アメリカの軍部はクルド人勢力に対して、シンパシーを持っており、トランプ政権のクルド人勢力の処遇に関しては揺らぎが見られる。2018年12月にトランプ政権はシリアからの撤退を宣言したが、2019年2月に完全撤退ではないと改めて発表しており、政権内の揺らぎは現在も解消されていない。

なぜクルド人の希望はかなわないのか

そもそも、クルド人の希望は何であり、なぜ叶わないのだろうか。クルド人の希望と一口に言っても組織によってその希望も異なる。

北イラクのクルディスタン地域政府(KRG)はすでに自治を達成しており、次の目標は公言していないが、独立であることは明白であった。2017年9月25日、KRGはその支配下で独立に関する住民投票を実施し、賛成票は全体の93%近くに上った。この結果を受け、KRGのマスード・バルザーニ大統領は2年余りの歳月をかけ、独立に向けた協議をイラク中央政府と行うことを示唆した。この結果にイラク中央政府が反発し、KRGが事実上支配していた係争地に軍を展開し、奪還した。さらにそれまでKRGと友好関係を築いてきた隣国のイランとトルコ、ISとの戦いでKRGを支援してきたアメリカも国民投票には反対し、トルコとイランはKRGに厳しい措置をとった。  

トルコのクルド人はトランスナショナルな自治を目指している。クルディスタン労働者党(PKK)の党首であるアブドゥッラー・オジャランは、1999年に逮捕されて以降、それまで提唱してきたクルド人の独立ではなく、主権国家とは異なるトランスナショナルな自治という政体を模索する姿勢を強めた。このトランスナショナルな自治に基づく連邦化を具体化したのが、2005年に設立されたクルディスタン共同体同盟(KCK)である。KCKは扇の要であると考えられ、KCKの傘下にPKK(トルコ)、PYD(シリア)、クルディスタン自由生活党(PJAK)(イラン)、クルディスタン民主的解決党(PCDK)(イラク)が設置されている。そして、各国の党には軍事組織も創設されており、PYDの場合はそれがYPGに当たる。ただし、トルコのクルド人組織、特にPKKは2015年7月にトルコ政府との和平交渉が決裂して以降、トルコ軍との交戦が続いている。  

シリアのクルド人は自治の獲得を目標としてきた。上述したオジャランの考えが現実に適用されたのはシリアの北部である。シリア北部でイスラーム国に対して対抗できる武力を持ち、アメリカをはじめとした国際社会からも信頼を得たPYDおよびYPGはトランスナショナルな自治を目指した。

しかし、2つの点でそれが困難になりつつある。まず、PYDおよびYPGを後方支援してきたアメリカがシリアから撤退する可能性を示唆していることである。すでに2018年6月にトルコとマンビジュに関して、共同統治を実施することで合意するなど、アメリカはクルド人組織と距離を取り始めていた。そして上述したように2018年12月末にはアメリカはシリアからの撤退を進めることを発表した。完全撤退ではないと再度発表するなど、アメリカの政策決定者たちにも迷いの姿勢が見えるが、アメリカがシリアから撤退していく流れは避けられないだろう。後ろ盾を失ったクルド人組織が頼れるのはロシアとアサド政権のみと考えられ、アサド政権とどのような戦略的な同盟関係を深めていくかが今後のシリアのクルド人組織の行く末の鍵となるだろう。2つ目は、トルコの北シリアに対する積極的な姿勢である。トルコは北シリアのクルド人組織がPKKと同一組織であるとし、自治を行うことを決して認めない姿勢である。隣国のトルコの姿勢は変化しないことが予想され、アメリカ軍が撤退した場合、トルコ軍とクルド組織の衝突は避けられない情勢となっている。

まとめ

本稿では、イラク、トルコ、シリアにおけるクルド人の動向を概観してきた。2017年がイラクとシリアにおいて、クルド人組織の希望の成就に最も近づいた年であったとしたなら、2018年および2019年はクルド人組織の国際社会におけるプレゼンスの限界が露呈された年であった。イラクとシリアのクルド人の後ろ盾はアメリカであるが、アメリカもKRGの独立は望んでいないし、シリアにいつまでも派兵を続けることを望んでいない。ISという明確な敵が存在した時には、クルド人組織に最大限の譲歩をしてきたアメリカであったが、その脅威がほぼ消滅した現在、世論の影響もあり、中東への関与が難しくなってきている。  

また、トルコにおけるトルコ軍とPKKの軍事衝突が激しくなっており、それが延いてはトルコの北シリアと北イラクへの越境攻撃につながっている。トルコにとってPKKの問題は国内問題であるとともに国際問題となっている。それではPKKと北シリアのクルド人組織は同一の組織なのだろうか。この点は多くの論争があるが、少なくとも、北シリアのPYDとYPGはKCK傘下の組織として発足し、オジャランの影響を受けていることは間違いない。一方で、シリア内戦を経て、PYDとYPGはよりシリア・クルド人の組織というアイデンティティが強まっているとも言われる。加えて、アメリカがPKKとPYDおよびYPGを区別しようとしており、PYDはその点も意識してシリア・クルド人アイデンティティを醸成しているようにも見える。いずれにせよ、トルコ、シリア、イラクでクルド人組織が目標を達成するためには、後ろ盾のなる国家の援助および隣国との協調関係が最低限必要となる。その点を考慮すると、イラク、シリア、トルコのクルド人組織が目標を達成することは極めて難しいと言えるだろう。

(いまい こうへい/地域研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。