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ギャップとリスクに対応する「ビジネスと人権に関する国連指導原則」行動計画(NAP)策定を

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.120

2019年3月12日発行

PDF (684KB)

  • 企業が人権を尊重する責務を果たすために、人権デューディリジェンスを法制化する動きが欧州を中心に広がっている。
  • それらの政策目的は、自国企業のサプライチェーン上のリスクの特定、そして自国企業のみならず相手国企業の人権尊重の促進、すなわちレベルプレイングフィールド(公平な競争条件)の形成にある。
  • 日本のNAPには、現状のギャップに対応し、日本企業が責任あるビジネス、責任あるサプライチェーンのリーダーとして、競争力、強靭性、持続可能性、企業価値を向上することを促す政策が必要である。
日本政府によって「ビジネスと人権に関する国連指導原則」(以下、「指導原則」)に基づく行動計画(NAP)の策定プロセスが進められている。2018 年 6 月に閣議決定された「未来投資戦略 2018」には、海外の成長市場の取り込みのために講ずべき施策である「Society 5.0」の国際展開とSDGs の達成のなかで、日本企業に対して企業行動の原則である人権尊重など先進的な取り組みを促す旨が明記されている。同年末には、デンマーク人権研究所とICAR(国際企業説明円卓会議)作成のツールキットを参考に、「ビジネスと人権に関するベースラインスタディ報告書」が公表された。今後、NAPに盛り込むべき優先課題を特定し、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年夏に向けて作業が進められる。我が国として、どのように企業による人権の尊重の責務を確保するのか、行動計画の全体方針と具体的対応策を早急に検討する必要がある。
世界で加速する人権DD法制化の動き

指導原則は、「企業は人権を尊重する責務を負う」と明記する。人権への負の影響を特定・予防・軽減・説明するための人権デューディリジェンス(due diligence、以下「人権 DD」)の実施を法制化する動きが各国で加速している。第7回ビジネスと人権国連フォーラムのバックグランドペーパーであり、2018年10月16日第73回国連総会へ提出(A/73/163)された、ビジネスと人権国連WGによる報告書「企業の人権DD:進展する実務、課題そしてこれから(Corporate human rights due diligence: emerging practices, challenges and ways forward)」によれば、各国の政策レベルにおける取り組みが増加している。

フランスのDuty of vigilance law(2017)は、多国籍企業に人権DDを義務化した。英国の現代奴隷法(2015)は、一定の売上高を超える企業にサプライチェーン上の奴隷労働や人身取引の防止措置の報告を求めている。2019年1月には豪州でも、同様の法律が施行された。ドイツのNAPでは、500人超の従業員がいる在独企業の50%が2020年までに人権DDを導入することを目標とし、未達成であれば法制化が予定されている。

政策目的は自国企業のサプライチェーン上のリスク特定

企業による人権DDを促進する各国の政策は法制化して義務付ける手法、優遇措置や報奨を与えるインセンティブ手法、ガイドラインや情報提供、ヘルプデスク設置などのサポート手法など、指導原則で「スマートミックス」と表現される政策手法の組み合わせとバリエーションがある。いずれの政策も根底にあるのは、自国企業のサプライチェーン上のリスクの特定、防止を促すという点である。人権への負のインパクトを与えない責務を果たすことができるようにすること、そしてリスクの特定、防止によって、企業自体の操業の強靭性、持続可能性、競争力を強化し、企業価値を向上することにある。

自国企業のみならず相手国企業への働きかけ―レベルプレイングフィールドの形成

EUが貿易政策の一環として2018年から開始した「アジアにおける責任あるサプライチェーンプロジェクト」は、EUの貿易相手国における環境、労働、人権分野で、CSR(企業の社会的責任)、RBC(責任ある企業行動)を促進することを目的とする。日本はEUの主要貿易相手国、アジアにおけるサプライチェーンの要諦として本プロジェクトの対象となっている。これは日EU・EPAが発効し双方の貿易が活発化するにあたり、EU企業と相手国企業の競争の場としてレベルプレイングフィールド(公平な競争条件)の形成を企図している。日本とEUの経済交流がますます盛んになるにつれ、企業の CSR および労働や社会環境のサステナビリティについては今後さらに重要性が増す課題と想定される。

これは翻って日本のとるべき対外政策でもある。環境法制、労働法制、人権保障が未整備もしくはその執行が不十分な場所に海外展開する日本企業は、リスクに晒されている。また現地の取引先や合弁先がCSRを果たさない場合は、自社自体へのリスクになり得る。他方、日本国内の中小企業からは、競争力確保の観点から、競争相手が立地するアジアにおけるレベルプレイングフィールドを望む声がきかれる。

NAPに盛り込むべき政策とは? ―責任あるサプライチェーンのリーダーとして

アジア経済研究所が2017度実施した「日本企業の責任あるサプライチェーンに関するアンケート調査」(在外日系企業814社から回答)では、人権リスクに対する認識の偏り、地域や企業規模による認識や取り組みの差異のほか、「認識と行動」、「方針と実務」、「本社と現場」、「(進出先の)制度と実態」の様々なギャップに直面する日本企業の現状が浮き彫りになった。

事業活動が人権に与えるリスクについて、日本企業は認識しつつあるが、さらに自らの事業活動における人権DDの実施・強化が必要である。リスクに対応することでプラスの効果を最大化できる。また日本企業は、サプライチェーン上の関係、特に日系企業間において、責任あるサプライチェーンの実践を深化させることが可能であり、日系企業のサプライヤーやビジネスパートナーに対して、意識啓発や実務での取り組みを支援することができる。

日本政府にはそれをサポートする具体的施策が求められる。同調査では、「あると望ましい公的支援」として、回答企業の約70%が「現地政府の法政策や法規制、現地のCSRや労働・安全衛生・環境等の問題に関する情報提供」を挙げた。「他企業の具体的な取り組み事例の提供」(52.7%)、「相談窓口の提供」(43.1%)、「国際的な枠組みや各国法規制に関する情報提供」(32.6%)、「人権尊重に関するガイドラインの作成」(31.4%)が続く。「許認可・公共調達における社会的・環境的考慮」、「レポーティングや開示を促すインセンティブ」を挙げたのは大企業に多い。またマルチステークホルダーエンゲージメントの機会の提供、現地政府への制度支援やキャパシティビルディング等の要望もある。

グラフ

まとめ

日本のNAPには企業の人権DDを促進する、支援する施策が必要である。それには政府自らがリードすること、すなわち政府自体が関係する経済活動において、人権尊重を確保し促進することが重要である。日本企業が責任あるビジネスおよび責任あるサプライチェーンのリーダーとして、競争力、強靭性、持続可能性そして企業価値を向上することを促す実効性のある政策が求められている。

(やまだ みわ/新領域研究センター 法・制度研究グループ長)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。