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イギリスのEU離脱の根底にある理由

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.119

2019年3月11日発行

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  • イギリスのEU離脱の根底にある理由の一つとして、同国の英米法的な社会法制度とドイツ・フランス等の大陸法的な社会法制度の間の非整合性がある。
  • イギリスのEU離脱の理由として移民問題が挙げられることが多い。これは表面的には正しいのだが、根底に存在する社会法制度の非整合性の問題が顕在した一例であるという認識を持つことが大切である。
  • 離脱交渉の行方は予断を許さないが、そもそもイギリスと欧州大陸国家間の統合には本質的な問題が存在し、それが必然的に英米法の社会法制度を有するイギリス側により大きなストレスを与え続けてきたことを看過すべきでない。
はじめに

3月末に期限を迎えるイギリスのEU離脱(いわゆるブレグジットBrexit)がどのような結末を迎えるのかを見通すことは容易ではない。しかしながら、一歩引いてより鳥瞰的に、なぜイギリスがEUから離脱するという考えを持つに至ったのか、という本質的な問題について考えることは、今後の長期的なイギリスと欧州大陸の関係を考える上で有益であろう。目先のブレグジットの動きに翻弄さかねない今だからこそ、本稿ではこの点について少し掘り下げて考えたい。

EU離脱の要因としては多くの理由があることは否定できないが、よく移民の問題が主要な要因として取り上げられる。これは表面的には正しいのだが、より根底にある問題を看過すべきではなかろう。イギリスの社会法制度が欧州大陸の国々のそれとはそもそも相容れないのではないか1。(特にEU諸国からの)移民問題は、その根底にある社会法制度の違いという問題が一つの形で顕在化したのに過ぎないのではないか2

英米法と大陸法

社会法制度の違いとは、簡単に言うと、大陸法の国と英米法の国の制度が異なるということである。いうまでもなくドイツ、フランスをはじめとする欧州の大陸国家は大陸法(シヴィル・ロー)の国であり、イギリスは英米法(コモン・ロー)の国である。両者の違いを一言でまとめると、大陸法国家では成文法が法体系の根幹をなし、裁判官は成文法(のみ)に縛られる。一方、英米法国家では不文法(成文化されていない法)が存在し、裁判官は成文法、不文法を踏まえて自分の判断を下すが、現在の裁判官は過去の裁判官が下した判断(判例)に拘束される。大陸法では書かれたもの(成文法)が重要で、英米法では歴史的経緯(判例の積み重ね)を重視するともいえる。

最近の研究で明らかになってきたように、国内社会法制度の違いはそれぞれが選好する国際協力の在り方の違いにも反映される(Efrat 2016)。大陸法国家は条約を好む。そして条約の締結とともに国内法を条約と整合的になるように改正する。一方、英米法国家は条約より「ソフト」な国際宣言のようなものを好む。英米法国家には不文法が存在するので、条約を締結しても大陸国家のように成文法を改正して整合性をはかるということができないからである。しかしながら興味深いのは、国際宣言は大陸国家では無視されることが多い(成文法の改正に至らないことが多い)が、英米法国家においては各々の裁判官が国際宣言を勘案するという意味で、結果的に履行される度合いが高いことである。不文法や国際宣言の良し悪しの話でなく、国内制度と国際制度の整合性が問題なのである。

法体系およびそれによって生じた社会法制度の違いはイギリスと欧州大陸国家の協力を困難にしている。少なくとも今までの欧州統合はイギリスに大きなストレスがかかる構造となっていた。例えば欧州司法裁判所は基本的に大陸法的アプローチをとっている。大陸法国家は欧州司法裁判所の判決に合うように国内成文法を改正することで整合性を確保できる。イギリスは紙に書かれたルールに基づいて下された欧州司法裁判所の判断と、不文法をも踏まえた国内裁判所の判断の間の整合性をとることが、大陸法国家よりも困難であることは容易に想像がつく。

能力の評価方法の違い

人の能力評価の方法についても英米法国家と大陸法国家では大きく異なる。大陸法国家では筆記試験で人の能力を計る。例えば大学入学のための厳格な筆記試験が存在する場合が多い。そして試験をパスした後はエリートとして扱われ、よほどのことがない限り卒業できる。一方、英米法国家では大学入学のための筆記試験は不在であるか軽視され、高校時代の成績や推薦状がものをいう。しかし入学後は卒業までサバイバル・レースが続く。「成文法―筆記試験」、「過去の判例の蓄積―過去の経歴・経過重視」と見事に対応している。

ここで国際協力の要素を入れると話はどのようになるだろうか。入学のための筆記試験が国際交流の大きなハードルになりそうなことは容易に想像がつく。直観的な例をあげるならば、大陸法国家出身者(例えばフランス人)が英米法国家(例えばイギリス)の大学に合格する方が、イギリス人がフランスの大学に合格するより容易であるということである。ただしこれはイギリス大学に入学したフランス人が無事に学位を取得できるのかという問題とは別である。

一般的に、大陸法国家では専門職業(例えば技術士等)に就くには、難関の筆記試験に合格する必要がある場合が多い。そして合格者が少ないので、合格後の労働市場における競争はそれほど熾烈ではない。一方英米法国家では、大学卒業後見習いで専門職に就き(筆記試験が不在である場合も多い)、経験を積み、学会で発表し、有名な先輩専門職の推薦状をもらい、審査を受けた後、専門職となる。見習いとして働き始めることはそれほど難しくないが、その後のサバイバル競争で生き残るのが難しい。上述の大学入学の例同様、大陸法国家出身者が見習いの専門職として英米法国家で働き始める方が、英米法国家出身者が大陸法国家で専門職として働きはじめるよりも容易だということになる(後者の場合は筆記試験が科されるため)3

移民問題の根幹:社会制度の非整合性問題

話をもう一歩移民問題に近づけよう。あなたがレストランにおける給仕のマネージャー格を採用しようとする。二人から応募がある。一人は大卒だがウエイトレスの経験は1年、もう一人は高卒だがウエイトレスとしての経験を5年有していたとする。他の要件が全く一緒ならどちらを選ぶか。大陸法国家では前者、英米法国家では後者が採用される傾向が強い(単なる比較の話として)。大陸法国家では候補者が大学入試に合格した能力の持ち主であるということを評価し、英米法国家ではウエイトレスとしてのより長い経歴を評価するのである。

欧州大陸国家とイギリスとで社会・労働市場が完全に分かれていれば問題は生じない。しかし両者が統合し始めたらどうであろうか。ここで重要なのは、経験は後から追加的に積むことができるが、試験を受けなおすことは極めて困難であるという事実である。結果的に、例えば、フランス人がロンドンのレストランで働く方が、イギリス人がパリのレストランで働くより容易であるということになる(あくまで比較の問題)。上述の大学入学の例と同じである。ロンドンのレストランで働くのはフランス人かもしれないし、ポーランド人かもしれないが、根底にある問題は、英米法国家(イギリス)の社会法制度が大陸法国家のものよりもオープンで柔軟的あるということである(当然、英語が広く話されていることも一因であるが)。

大陸法国家では社会のあらゆるところに門番(ゲート・キーパー)が存在し、入り口段階で規制しようとする。そして筆記試験やその類似物としての学位(入試を突破した証)が門番の役割を果たすことが多い。英米法国家では入り口には門番はおらず、とりあえず門の中には入れる(その後に熾烈な競争がある)。イギリスと欧州大陸国家の間で欧州統合のストレスの感じ方が違う根源的な理由はこの社会法制度の違いではなかろうか。英米法社会の強みはオープンであることとそれに付随する競争の存在であるが、これは外国人による参入が容易であることを意味する。職を追われたイギリス人は職を得た、例えばポーランド人が長い間仕事を続けられたか(サバイバルできたか)には関心示さず、職を追われた事実から外国人を敵視してしまう。一方、イギリス人が大陸法国家においてウエイトレスの職を見つけるのは相対的に困難である。

イギリスのEU離脱を移民等の表面的な問題としてとらえるのでは、根底にある本質を見過ごすことになりかねない。背景にある社会法制度のズレを看過してはならない。オープン、筆記試験の軽視、経歴・経緯重視、競争重視、という英米法国家が有する従来の強みが、もしかすると現在国際協力の場において弱みになっているのかもしれない。イギリスがその伝統である開かれた社会法制度を維持できなくなっているということに他ならない。

参考文献
  • Dennison, James and Noah Carl (2016). The ultimate causes of Brexit: history, culture, and geography. Blogs LSE.
  • Efrat, Asif (2016). "Legal Traditions and Nonbinding Commitments: Evidence from the United Nations' Model Commercial Legislation." International Studies Quarterly 60(4): 624-635.
  • Hamanaka, Shintaro and Sufian Jusoh (2019). "Domestic Socio-Legal Structure and the Design of International Cooperation" IDE Discussion Paper Series No 739.

(はまなか しんたろう/海外派遣員)

脚注


  1. このような問題提起は一部の政治経済学者より最近提起され始めている。ただし、英米法やイギリス国教会等が欧州大陸と相容れないのでないかとの指摘にとどまり、この点を深く掘り下げた論考は少ない。Denninson and Carl (2016) 参照。
  2. 2004年のEU拡大に伴い、旧東欧諸国(ポーランド、チェコ等)からの移民が大幅に増え、ブレグジットが問題になるにつてそれらの国からの移民が減少した。このことはブレグジットで問題となった移民がEU諸国からのものであることを示唆している。なお、非EUからの移民はブレグジット騒動の影響を受けていない。以下のBBCのレポート参照:https://www.bbc.com/news/uk-46618532
  3. 一般的に大陸国家は資格試験を重視するため、資格試験の国際調和を試みる。これができない場合は追加的試験を外国人に課そうとする。一方、英米法国家は他国での経験を有する資格保有者をそのまま受け入れる(相互資格承認協定によってこれが行われることが多い)。詳細についてはHamanaka and Jusoh (2019) 参照。

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。