文字サイズ

標準
国・テーマ インデックス
レポート・出版物

瀾滄江メコン(中国・メコン)サミット 日米ADB抜きの協力が大加速

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.117

2018年7月12日発行

PDF (638KB)

  • 現在中国は、自国が主導できる中国とメコン流域国家のみ参加する協力枠組みを強力に推進している。瀾滄江メコン開発協力(LMC)は2015年の創設以来、既に首脳会議が2回、外相会議が3回開催されている。LMC特別基金も設立されている。
  • 日本では、今までメコンというと日本の影響下にあるアジア開発銀行(ADB)のGreater Mekong Subregion(GMS)が重要な役割を果たしてきたとの認識が強いが、LMCの台頭で日本のメコンにおける存在感は急速に低下している。
  • メコン地域のリーダーを自任するタイは、中国の影響力が過大で自国が軽視されているLMCをあまり快く思っていない。それ以外の国は概ね好感しているようである。
はじめに

メコン川上流は中国では瀾滄江、英語ではLancang Riverと呼ばれる。中国主導でメコン川流域5カ国(タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー)を含んだ瀾滄江メコン開発協力Lancang-Mekong Cooperation (LMC) は2015年4月に最初の会合(Senior Officialレベル)をもった。その後短期間で、急速に制度化が進むとともに(表1)、資金面からの支援メカニズムも確立してきているようである。

日本ではメコンというと日本の影響下にあるアジア開発銀行(ADB)のプロジェクトであるGMSを思い描く読者が多いであろう。現在中国はGMSよりも使い勝手のよいLMCに相当注力しており、メコン地域における日本の存在感は低下傾向にあるとの見方をする識者もいる。本稿ではまずLMCは3つの側面を有していることを指摘する。その後、メコンの中心国であるタイの思惑について簡単に言及することとしたい。

表1:LMC首脳・外相会議

表1:LMC首脳・外相会議

3つの側面

第一に、LMCは中国の「世界大」のプロジェクトである一帯一路構想の極めて重要なピースとしての側面がある。一帯一路構想は2013年頃から中国が提唱し始めたプロジェクトである。構想は未だ発展段階にあり、全貌が完全に判明しているわけではない。もともとは陸路で中国と欧州を結ぶ「一帯」と、海路で中国と欧州・東南アジア・南アジア・アフリカ等を経由して結ぶ「一路」があり、両者を合わせた「世界大」の構想として2014年11月に北京で開催されたAPEC首脳会議において習近平国家主席が「一帯一路」として提示した。この時点では構想の中身が詰まっていたとは言い難い。

北京としては地方政府に、一帯一路を構成しうる有望なプロジェクトを発掘するように呼び掛けていたわけであるが、中国南部特に雲南省とメコン流域国を密接に結び付けるLMCの創設はその要請にうまく応えたものであったといえる。一帯一路のピースであるということは、中国国内で予算の獲得が非常に容易だという点を見逃してはならない。事実、2014年には一帯一路構想を資金面から支えるためのシルクロード基金が発足している。さらに、この基金との関係は定かではないが、第二回LMC外相会議(2016年12月)において中国はLMC 特別基金の設立を表明している。メンバー国が要請するLMC関連のプロジェクトは極めて短期間で北京の「決裁」がとれるといわれている。 第二に、「地域」の視点から見ると、LMCは米国のアジア太平洋地域における存在感の回復に対する中国の対抗策といえる。そもそも一帯一路構想自体が、2010年より米国が交渉に参加したTPPや2011年に当時のクリントン国務長官が打ち出した「新シルクロード構想」への対抗策であるともいわれている。米国からすればTPPや新シルクロード構想こそが台頭する中国への対抗策であるが、中国にとってLMCは米国の中国対策への対抗策の一つということができよう。

メコン地域に限っては、米国はメコン下流イニシアチィブLower Mekong Initiative (LMI) を2009年に打ち上げている(LMIも2005年に発効したASEAN中国FTAへの米国による対抗策という意味合いがあろう)。中国がLMIを苦々しく見ていたことは間違いない。米国が用いたLower Mekongという名称にはメコン上流の中国を排除する意図があることが見え隠れする。メコン川上流を強調したLancang-Mekongという名称を中国が選んだ背景にはこれがあるように思われる。

第三に、LMCは中国にとって、自国が主導できる「小地域」としての側面がある。ASEAN中国FTAは存在しているものの、中国・メコンのみの中国主導の地域主義はなかった。1995年に設立されたメコン河委員会Mekong River Commission (MRC) には当初はメコン流域国のみが参加し中国は1996年より対話パートナーとして参加しているが、正式メンバーではない。このため、MRCは中国の視点からは中国のコントロールを試みる組織と映っていたといえる。さらに、中国としては、ADBが進めるGMSに必ずしも満足していたわけではない。GMSの対象国はメコン流域国および中国(雲南、広西)であるが、日本主導のADBのプログラムであるGMSには日本の意図がかなり投影されている(と少なくとも中国は感じている)。GMSでは東に位置する日本と西に位置するインド等をインドシナ経由で道路網を中心としたロジスティクス網で繋ぐ東西回廊が重要である。一方中国が興味を有するのは南北を繋ぐ回廊や鉄道網である。

しかしながら同時に、中国以外にもメコン地域諸国に影響力を持ちたい国々・機関は、自国に都合の良い組織を作ってきたことを忘れてはならない。興味深いことに初めに動き出したのは国際機関である。上述のように、ADBは1992年にGMSプログラムを、UNDPは1995年にMRCを創設した。周辺国で最初に動いたのはLook East 政策を掲げていたインドで、2000年にメコン・ガンジス協力Mekong Ganga Cooperation (MGC)を創設した。さらにタイは2003年にイラワジー・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略Ayeyawady-Chao Phraya-Mekong Economic Cooperation Strategy (ACMECS)を創設した。日本・メコンパートナーシップ・プログラムは2006年に、米国のLMIは2009年に開始された(詳細については青木2018を参照)。中国は今まで他国・他機関が中途半端な形でやってきたことを、高度に制度するとともに資金面の裏付けを確かにすることで、本格的に実施しているといえよう。

表2:メコンを含む地域協力

表2:メコンを含む地域協力

注:MRCにおいてミャンマー・中国はオブザーバー。
タイの思惑

LMCに関するメコン各国の思惑についての詳細な分析は本稿では行えないが、最有力国であるタイの見方について簡単に触れたい。なお、ここでの対象は主にタイ外務省関係の見方であり、必ずしも現政権の見方であるとは断定できない(政権の方が外務省よりも新中国的である可能性はある)。

タイは二つの理由でLMCをあまり好意的にみているとは言えない。第一に、LMCの制度化やプロジェクト実施があまりに高スピードで行われること。タイとしては内政が落ち着かない中で時間をかけて地域戦略を立て直したいところであるが、中国の動きが早すぎ、完全に受動的となりフラストレーションが溜まる。そもそもタイは瀾滄江メコンに関する国際会議の開催を最初に提唱したのは自分たちであるとの自負があり、それを中国がLMCという「制度」として実現し手柄も持っていったという思いがある。第二に、LMCにおいて中国の影響力が過大で自国が軽視されているとも感じている。第一回首脳会議は中国で開催され、中国とタイが共同議長を務めた。タイは、第二回首脳会議はタイがホストとするべきと考えていた。しかしながら、実際には第二回首脳会議はカンボジアで開催された。タイとしては不満が募るばかりであるが、LMCの路線を変更するのは不可能である。現在はメコン開発がLMCに飲み込まれてしまわないためにもACMECSの復興等を検討しているようである。

(参考文献)青木まき2018「メコン地域開発研究」『アジ研ワールド・トレンド』No.269, 24-25

(はまなか しんたろう/開発研究センター)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。