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米国新政権下におけるTPP後のFTAと日本の選択肢

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.75

2016年12月8日発行
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  • FTA締結は安全保障条約締結より容易であるため、今までFTA締結ゲームが米中間で繰り広げられてきた。特に地域大FTAは、自国の「裏庭」がどこまでなのかを誇示するための「威信政策」のツールとして使われてきた。
  • 今後の米国はFTAの威信政策としての側面を重視しない可能性が高い。安保重視で安保パートナーとのFTAを追求する可能性と、経済実利重視で自国に有利な重商主義的FTAを追求する可能性がある。現在進行中の米中投資協定交渉はこれを見極める重要なケースである。
  • 日本もFTA締結ゲームからは手を引くべき段階にきているかもしれない。世界最高品質で透明な加盟条項を有した日米FTA交渉開始や、アジア太平洋FTA(FTAAP)の公式検討開始の提案等が日本の選択肢であろう。



FTA締結ゲームと威信政策
アジア太平洋の国で米中両国と安保条約を締結している国はない。しかしFTAなら別である。例えばオーストラリアや韓国は米中両国と二国間FTAを締結している。このことはFTAの締結は安保条約に比して「気楽」に行え、「ゲーム」的要素があることを示唆している。

FTA締結ゲームにおいて、TPP等の地域大FTAは戦略的に重要である。地域大FTAは(1)地域の範囲、(2)当該地域におけるリーダー国を示す絶好のツールだからである。これは国際政治でいわれる威信政策(力・プレゼンスの誇示)である。換言するならば、有力国にとってFTA締結ゲームにおいて地域大FTAを創設することは、自国の「裏庭」がどこであるのかを示すことになる。

米国のFTA締結ゲームとその落とし穴
従来米国はFTAを安保関係の補完物とみていた。米国が最初に締結したFTAは1985年のイスラエルとのものである。米国が、経済的利益が小さい中東諸国とのFTAに熱心であったのもこれが一因である(ヨルダンやバーレーンとFTAを締結済み)。米国のアジアにおけるFTAパートナーも安保関係が密接なシンガポール、豪州、韓国である。

米国がFTA締結ゲームに熱心になったのは国力低下が顕在化してからである。国力低下により威信政策の重要性が増したといえよう。南北アメリカをカバーする米州FTA(FTAA)は当初2005年中の交渉妥結が期待されたが、南米の勇ブラジルの反対により交渉中断に追い込まれた。ブラジルに言わせれば南米東側のメルコスール地域は米国の裏庭でなく、むしろ自国の裏庭というわけである。同様に、2006年のAPEC会合において米国はFTAAPの推進を主張したものの、中国の反対により実現しなかった。中国に言わせれば東アジアは米国の裏庭でなく、自国の裏庭なのである。

このような状況下で米国は、中国(とブラジル)を念頭に地域大FTA締結ゲームに没頭しはじめた。自国のP4協定(2006年に締結されたシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ間のFTA)加盟のための交渉を、地域大FTA創設のための新交渉に衣替えし、主導権を握った。2011年に中国は招待があればTPP参加を真剣に検討すると表明したが、米国はこれを無視し秘密裏に交渉を進めた。2015年2月にオバマ大統領は露骨にも「中国が21世紀の通商ルールの策定を試みている。中国ではなく米国が21世紀の通商ルールを策定しなければならない」と述べた。中国を排除し続けたTPP交渉は2015年10月に妥結したが、翌日国務長官は「将来的な中国の参加を期待する」とした。米国はかなり上手にFTA締結ゲームを運んだといえる。米国の目論みはTPPに中国(とブラジル)が参加せざるを得ない状況を作り出し、TPP拡大によってFTAAP(とFTAA)を実現することであった。もう一つの地域大FTAである大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定の交渉も2013年に開始されている。

しかし対外的なFTA締結ゲームに勝利することは、それが国内的に受け入れられることを意味しない。30年程前にパットナムは、政府は国外交渉と国内交渉の連立方程式を解かなくてはならないという2レベル・ゲーム理論を提示した(Putnam 1988)。この理論は現在の米国に関して二つのことを示唆している。第一に、現状は米国民が内向きになっているというよりも、むしろ政府による対内説明責任が果されていなかった懸念がある。第二に、米国は中国を排除した交渉を出来るだけ早く纏めることに注力し、交渉力を十分に発揮しなかったおそれがある。FTA締結ゲームに熱中せずに、もう少し粘り強く交渉し、もう少し丁寧に国内説明が果たされていれば、米国で反TPPがここまで支持を得ることはなかったであろう。

将来展望
そもそも12カ国のTPPが米国にもたらす経済利益は大きくなかった。経済規模第二位の日本市場は既に相当程度開かれているし、センシティブな分野はTPPでも完全には自由化されない。他の参加国は米国とFTAを締結済みか、小国である。そもそも中国が近い将来TPPに参加することはありえなかった。電子商取引等の新分野でルール・メーキングの成果はあったが、経済利益は微小である。

トランプ氏はNAFTAやTPPの再交渉・離脱や日米FTA締結を主張しているようだ。TPPの経済効果を不満足としている上に、地域大FTAの持つ威信政策としての側面をそれほど重視していないといえる。「TPPによってアジア太平洋における米国のプレゼンスを示す」という「外交通」が口にしそうな議論は根拠薄弱だと考えているのだろう。プレゼンスを示すよりも軍事行動によって力を示すことを重視しているのかもしれない。少なくとも、従来型のFTA締結ゲームに熱中することはなかろう。

米国が真剣に日米FTAを追求するならばその背景としては二つの可能性がある。第一は、かつてのようにFTAを安保関係の補完物とみなしている可能性である。この場合日米は安保面で緊密なので、FTAも締結したほうがよいということになる。このような発想からは、TPPを締結して中国を将来的に参加させるということに価値を見出さないのは自然である。第二の可能性は、FTA交渉が、実利を狙ったビジネスの交渉になる可能性である。米国は二国間協定の方が交渉力を発揮し易いため、自国に有利なFTAを実現できよう。

米国の今後のFTA政策を考えるにあたって根本的な問題は、中国とどのように向かい合うかということである。この観点から二つの注目すべき交渉がある。一つ目は2008年に開始された米中投資協定交渉である。第一に、経済協定(FTAや投資協定)が安保の補完物という従来の方針に逆戻りし、「敵国」である中国との投資協定は締結しないか、妥結に相当時間を要す可能性がある。第二の可能性として、米国が経済協定に実利を追求した場合、米中投資協定は比較的速やかに交渉妥結しwin-winを実現したと高らかに宣言するかもしれない。この場合長期的には米中FTAすらありえよう。もう一つ米国の対外経済政策全般の先行きを占う上で重要な事例はAIIBへの参加問題である。中国を敵視してAIIB参加を拒否し続ける可能性と、ビジネス重視でAIIBに参加する可能性がある。米国のAIIB加盟と米中FTAの検討の合意等、「想定外」のビジネス・ディールが成立するかもしれない。

日本への示唆
日本も今までFTAゲームに熱中していたのかもしれない。中国を念頭に日米両国でアジア太平洋の通商秩序をリードすべしとの主張がよく聞かれた。そのようなゲームに熱中できたことは、TPPが日本にとって「心地よい」交渉であったことを示唆している。米国およびアジア途上国を含むTPP交渉では多くの分野において日本の交渉ポジションは両者の間であった。

TPP頓挫で東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉が加速するとの見方もあるが、その可能性は極めて低い。アジア各国は米中とのバランスをとることに腐心しており、TPPが不在であれば、RCEPを追求する動機付けは極めて弱くなろう。
TPPが頓挫するならば、日本には少なくとも三つの選択肢がある。
  • 日米FTA:日本が本気でアジア太平洋の通商秩序を米国とリードするつもりなら、「世界最高品質」の二国間FTAを米国との間で結ぶべきであろう。日米FTAには途上国に配慮した透明な加盟条項を設け、一定の条件を満たした国はほぼ自動的に加盟できるようにするのがよい。
  • FTAAP:ビジネスの観点からは米中日を含むFTAAPが有益なのは明らかである。TPPルート・RCEPルートといったFTA締結ゲームをやめて、FTAAPをゼロベースで真剣に議論する段階にきていると日本が主張すれば、米中間のバランスに苦慮している国々も支持するであろう。
  • 米中日FTA:この強力なFTAが締結され、途上国に配慮した透明な加盟条項を設けられれば、加盟希望のドミノが起き、FTAAPが実現されよう。日本抜きの米中FTAでも同様の効果が想定される。


<参考文献>
  • R. Putnam (1988), Diplomacy and domestic politics: the logic of two-level games, International Organization 42(3).
(はまなか しんたろう/新領域研究センター経済統合研究グループ)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。