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脱石油に乗り出すサウジアラビア

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.64

辻上 奈美江
2016年5月31日発行
PDF (488KB)
  • サウジで脱石油に向けた改革が始まり、過去の失敗を認めた上で2030年までの展望が示された。
  • 改革計画は多岐にわたり、付加価値税の導入や、若者の閉塞感を打破するための準備が始まった。
  • 日サ関係では、これまでのエネルギー・経済関係に加えて、文化、教育、健康・公衆衛生など新たな分野での協力の可能性とビジネスチャンスが示された。



リヤド市内の街頭ポスター
リヤド市内の街頭ポスター
(筆者撮影)
サルマン国王(上)、
ムハンマド・ナーイフ皇太子(右)、
ムハンマド・サルマ ン副皇太子(左)
ビジョン2030の発表
4月末、サウジアラビア政府は、2030年に向けた中期計画とも言うべき「Vision2030」を発表した。国民が納税義務を負わず、石油輸出収入によって国家運営をまかなってきたこの国では、国家目標の達成度についての国民に対する説明責任は、さほど深刻に考えられてこなかった。しかし、「ビジョン2030」は、期限付きで目標を設定し、意欲的な内容を含んでいる。

日本のメディアでは、「ビジョン2030」は経済ニュースとして取り上げられ脱石油に焦点が当てられたが、内容は教育・人材育成、文化、環境保護など、多岐にわたっており、今後の日サ関係を考える際にはこれらの点も重要である。

注目すべき点は、経済発展評議会の議長としてビジョンの策定を主導したムハンマド副皇太子(英語メディアではMbSと表記されることが多い)が、「過去の過ちを反省する」として、政府として過去の政策の失敗を認め、改善のために意見を聞く準備があると述べたことである。

脱石油で経済と財政を立て直す
MbSは、ビジョンを発表した直後、衛星チャンネル「アル=アラビーヤ」の取材に応じて、石油依存を続けることの危険性を力説した。1932年には石油がなかったが、祖父であるアブドゥルアジーズ初代国王は立派にサウジアラビアを建国・運営できたことを強調し、近年では石油収入への依存度が高まっていることを批判した。サウジの人口成長率は2.2パーセントで、今後も人口が増加することは確実であり、石油の富によって国民すべてが豊かな生活を保障される時代は過去のものとなりつつある。近年のサウジでは日常生活の物質主義的豊かさゆえか、貧しくも厳しい自然条件下を生き抜いたかつての生活は、ときに過剰に理想化されて回想される。素朴なかつての生活に憧れ、砂漠でテントを張って週末を過ごすサウジ人もいる。MbSは、人びとのノスタルジーに訴えつつも、国営石油会社アラムコの新規株式公開や投資の誘致などを通じて経済と財政を立て直す戦略の必要性を主張した。

改革に向けた組織・人事再編
「ビジョン2030」に向けた改革実行の第一歩として5月7日には51件もの勅令が発表されて人事や組織の再編が行われた。日本の報道では、ヌアイミ石油大臣の解任、「石油鉱物資源省」の「エネルギー産業鉱物資源省」への改組が強調されたが、これ以外にも注目すべき点はある。

サウジでは、政府高官の人事異動の背景が明らかにされることは稀だが、今回の人事刷新と改組はいくつかの内部事情を反映している。エネルギー産業鉱物資源省の新大臣にはアラムコの会長で保健大臣を務めていたファーリフが任命された。解任となったヌアイミは王宮府顧問に任命された。これは大臣職は退いたが、ヌアイミが引き続きサウジの石油政策に一定の影響力を持ち続けることを意味している。

他方で、同副大臣でサルマン国王の息子アブドゥルアジーズは閣僚級の扱いではあるものの、今回大臣に抜擢されなかった。サルマンは若くて経験の浅いもう一人の息子MbSを副皇太子に抜擢しており、身内びいきとも指摘されてきた。MbSよりも年長のアブドゥルアジーズは、サルマンの国王就任直後の2015年に石油大臣補から副大臣へと昇格し、ファーリフと並んで次期大臣候補と目されていた。アブドゥルアジーズは、ファハド王石油鉱物資源大学を修了後、20年近く石油省に勤務し、2012年からは省庁横断型のサウジ・エネルギー効率プログラムを率いてきた経歴を持つ。このエネルギー効率プログラムについては、日本の経済産業省の協力も得て進められてきたことで知られる。現在の経済・エネルギー政策は、経済開発評議会の長であるMbSが意思決定権を有しているため、アブドゥルアジーズがエネルギー産業鉱物資源相となったとしても、弟であるMbSほどの権力は持ち得なかっただろう。とはいえ、この人事はサルマン国王の身内びいきや息子たちの資質に対する評価を考える上で重要である。

改組について注目されるのが、水資源と電力行政を管轄する水・電力省が廃止されたことである。水部門は農業省に組み入れられ「環境・水・農業省」になり、電力部門はエネルギー産業鉱物資源省に移管される。水と電力は近年、人口成長に伴って急速に需要が高まった分野だが、長年補助金で安価に抑えられてきたために、国民の消費を抑制することに失敗してきた。いずれも昨年末になって補助金が削減され、値上げされた。国民は現状の財政難を承知しており、今のところ値上げを受け入れている。とはいえ、今後も同様に値上げが続けば、国民の不満を招きかねない。水と電力部門が切り離されて別々の省に統合された背景には、このような行き詰まりを打開する目的があると考えられる。

改組のうちのもうひとつの注目点は、「ザカート・所得税局」が「ザカート・所得税委員会」へと格上げとなったことである。MbSは年始にエコノミスト誌の取材を受けた際に、将来、付加価値税を導入する可能性があることを明言していた。これまで一般国民には一切の納税義務がなかったサウジにとっては画期的な政策転換である。サウジはこれまで外国企業に法人税を課してきたが、国内法人には2.5パーセントのザカート(喜捨)を課すのみで、個人への所得税や付加価値税を課してこなかった。付加価値税がいつ導入されるかはまだ明らかではないものの、税導入に向けて本格的に準備を開始したものと考えられる。

また「娯楽委員会」が設置されることになり、文化や娯楽、スポーツが促進されることになった。サウジはワッハーブ主義的な宗教実践が重視され、これまで娯楽や文化は排除される傾向にあった。このためサウジには映画館もコンサートホールもなければ、酒が禁止されているためバーやパブもない。娯楽委員会の設置によって何が可能になるかは今後議論されるだろうが、この動きは、政府が若者を中心とする国民の閉塞感を打破する必要性を真剣に考慮していることを浮き彫りにしている。

そして勅令では、3ヶ月以内にこれらの改革の諸準備にとりかかるべきことが命じられている。実際に、改称となった省のホームページは即座に切り替わり、新大臣の名前も書き換えられた。

問われる具体的な方策
サウジでは2015年にサルマン国王が就任して以来、急速な改革と変動が続いており、「ビジョン2030」はこの動きに拍車をかけるものである。従来のサウジ政府による計画や報告書が失敗を認めず、反省することも極めて少なかったことに鑑みれば、「ビジョン2030」において過去への反省が示されたことは注目される。

ビジョンには、「平均寿命を74歳から80歳に引き上げる」、「各世帯の所得に対する貯蓄の割合を6パーセントから10パーセントに引き上げる」、「女性の労働参加率を22パーセントから30パーセントに引き上げる」といった華々しい目標が掲げられた。MbSはこれらを「実現可能な青写真」と呼んでいるが、具体的な行動計画は伴っておらず、世帯や個人にまで介入した改革がどう実現するのかの道筋は明らかではない。また女性の活躍を標榜しつつも、人事再編では女性大臣は一人も任命しなかった。

「ビジョン2030」の下敷きになったのは2015年12月にコンサルタント会社「マッキンゼー」が発表した報告書「サウジの脱石油:投資と生産性の転換」とされる。報告書では、サウジが成長するためには投資や製造業に焦点を当てることが重要だと提言している。だがビジョンと同様、これを実現するための具体的な方策は見えてこない。また娯楽などの促進に関しては、今後、保守的な人びとからの反発、異議への対応に迫られる可能性もある。

「脱石油」「経済多角化の推進」はサウジにとっては決して新しい課題ではなく、1980年代のファハド国王の時代から標榜されてきた。しかし、これらは十分な成果をあげられないままであった。「ビジョン2030」は改めてこの問題への取り組みを宣言したものだが、今後の課題は、ビジョンに盛り込んだ内容の実現のための具体的な方策を提示できるか、この方向性に異論を持つ人々とどのように合意を築いていくことができるかであろう。

サウジは従来から日本に対して、「人材育成」と「産業化」に関して大きな期待を寄せている。日サ関係では従来の協力関係に加えて、「ビジョン」で示された計画にどのように協力・貢献できるかが、今後問われることになるだろう。


(つじがみ なみえ/東京大学大学院総合文化研究科特任准教授/アジア経済研究所2016年度政策提言研究会「中東における『国民国家』モデルの溶解と新たな地域秩序の可能性(Ⅱ)」外部委員)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。