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日本に求められる行動計画の策定 —「ビジネスと人権に関する国際指導原則」をどう実行するのか—

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.60

2015年6月3日発行
PDF (605.KB)
  • 「ビジネスと人権に関する国連指導原則」に基づき、各国が行動計画(NAP)の作成を開始。
  • 人権保護のために法的拘束力を持つ文書の作成を求める動きに対し、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」をいかに具体化していくかが問われている。人権保護を目的としたルール形成について、国際的に議論が展開されている。
  • 日本政府は、マルチステークホルダーと協働し、ビジネスと人権に関して、NAP策定を通じて日本企業のコミットメントを後押しすることが求められている。



「ビジネスと人権に関する国連指導原則」が国連人権理事会で承認されてから3年がたち、指導原則の具体的実行のための「行動計画」( National Action Plan: NAP)がいくつかのEU諸国により策定され、それに続く各国政府の動きが活発化しつつある。このような国際的潮流のなか、政府は、企業が経済活動によって人権に負のインパクトを与えることがないように、指導原則を活用した政策を立案していくことが求められている。この観点から、人権を尊重する指針と政策を示す「行動計画」を政府が策定することが重要になっている。

国連フォーラム「ビジネスと人権」
2011年に国連人権理事会で承認された『ビジネスと人権に関する国連指導原則』(以下、指導原則)の下、「国連ビジネスと人権フォーラム」(United Nations Forum on Business and Human Rights)が、人権理事会決議17/4および26/22に基づいて、2012年から毎年国連ジュネーブ本部で開催されている。

2014年12月に開催された第3回フォーラムのテーマは、「ビジネスと人権をグローバルに進展させる:提携、支持、説明責任」(“Advancing business and human rights globally: alignment, adherence and accountability”)であり、指導原則をいかに実行、活用して、グローバル経済における人々の人権と尊厳に貢献できるかについて活発な議論がなされた。フォーラムでは、(1)政府の役割と行動計画(NAP)、(2)人権尊重という企業責任を経営方針・実務にどのように入れ込むか、(3)被害者にとって有効な救済へのアクセスをどのように確保するか、(4)国際金融や貿易システムを含むグローバル・ガバナンス構造にどのように指導原則を統合させていくか、(5)実効的なステークホルダー・エンゲージメントのグッドプラクティスはいかなるものか、などのサブテーマが掲げられた。

注目は「行動計画」(NAP)
本フォーラムにおけるメインテーマのひとつ、「ビジネスと人権に関する政府行動計画」(NAP)は、指導原則に従ってビジネスが人権に負のインパクトを与えないように防止し人権を保護するために、各国政府が立案し執行する政策文書である。NAP策定を推奨する国連ワーキンググループによる報告書が2014年8月に国連総会に提出されている。本フォーラムのオープニングにおいて、人権理事会議長とフォーラム議長は、すべての政府に対しNAPの準備を要請し、政府がNAPを作り、企業は行動し、市民社会は政府や企業が指導原則を実行すべく支えることを強調した。

NAPの目的は、ビジネスと人権に関して、様々なマルチステークホルダーからのニーズとギャップや、具体的かつ実行可能な政策と目標を明らかにするプロセスによって、企業による人権侵害を防止し、人権保護を強化することである。NAPは、人権とビジネスに関する政府の一貫した方針と政策であるが、重要なのはその策定へのマルチステークホルダーの関与である。政府は、NAPによって、ビジネス界に対する期待を明らかにし、ビジネス界が指導原則を実行することを後押しする施策を示す必要がある。

英国が2013年に世界に先駆けてNAPを公表し、他のEU加盟国も作成に取り組んでおり、オランダやデンマーク、フィンランドがNAPを発表している。また、2014年9月にNAP作成を表明した米国政府からは、本フォーラムの「責任ある市場の形成における政府の役割」と題されたパネルセッションにおいて国務省の担当者が登壇し、労働省、商務省、財務省など複数の省庁、ビジネス界、市民社会を交えて作業を開始すると語り、その動向に注目が集まっている。

政府公共調達における人権保護──オリンピック・輸出信用・ODA
ビジネスと人権の観点から、政府調達は大きな市場であり、政府がいかに人権を考慮して物品・サービスを調達するかは、NAPそのものの在り方を示す。国連ワーキンググループの報告書では、政府は企業が人権を尊重するようインセンティブを与えるべきであり、どのように政府調達で人権を考慮するかをNAPで示すべきであると述べている。

例えば、サプライヤーが指導原則に基づく責任を果たしていることを示すために人権デューディリジェンスや関連するリスク分析を求め、これらの要件を政府調達に関するガイドラインおよび競争入札の条件に入れ込むことなどである。とくにオリンピックなどのスポーツ大会における物品やサービスの調達において、政府は人権を保護する自らの姿勢を民間セクターに見せる必要があると議論された。同様に、輸出信用供与やODAなどにおいても、人権に負のインパクトをもたらすプロジェクトには供与しないことを確実にする手順などがNAPに盛り込まれるべきである。

グローバル・ルール形成のゆくえ──企業のスペースを狭めないために
2014年6月、国連人権理事会において、ビジネスと人権に関する二つの決議が採択された。ひとつは、多国籍企業を規制するために法的拘束力をもつ文書の作成を目的とする政府間ワーキンググループの新設を求めるもの、もうひとつは、法的拘束力をもつ文書の効果と限界について現在の国連ワーキンググループに調査報告を求めるものであった。前者は賛成20、反対14、棄権13で可決、後者は全会一致で可決された。

国連フォーラムのクロージング・セッションにおける議論で、企業は法規制がなければ何もしないので多国籍企業を規制する国際条約が必要であるとの主張に対し、ビジネス界は大きな懸念を示した。それだけに、法的拘束力をもつ文書作成を目的とするワーキンググループの設置という決議が採択されたインパクトは大きい。これは、幅広いステークホルダーとの対話を重ねて成立した指導原則以前、すなわち人権規範をめぐる市民社会や途上国vs企業や先進国という、かつての深い対立の構図への後戻りを惹起させる。その意味で、人権理事会での決議の数ヵ月後に米国が、その後にドイツがNAP作成のコミットメントを表明したことは、指導原則の有効性を支持する意味があるものと評価できる。

日本の課題──期待と懸念に応える
世界の政治経済や社会環境、つまりビジネス環境は急速に変化している。指導原則を支柱とするビジネスと人権に関する課題の認識、理解、政策、枠組み、ルール形成、実務について、グローバルレベル、地域レベル、セクターレベルそして各国における動向を知る必要がある。
日本の政府および企業への期待と懸念は大きい。2015年はジュネーブでの年次フォーラムとともに、「ビジネスと人権」に関するアジア地域フォーラムが予定されている。人権とビジネスに関するグローバル・ルール形成において、日本のさらなるプレセンスが求められている。

(やまだ みわ/新領域研究センター法・制度研究グループ長)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。