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エジプトにおける政治・治安の安定と経済成長 —スィースィー政権の課題と展望を整理する—

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.56

2015年5月29日発行
PDF (539KB)
  • ムバーラク政権の後継として位置付けられるスィースィー政権の権威主義支配は、社会の亀裂を深め、政治と治安の安定化に結びついていない。
  • 一方、大胆な経済改革の進展によって、経済回復への期待は高まりつつある。
  • エジプトへの投資にあたっては、イスラーム過激派組織によるテロ活動だけでなく、抑圧的な統治によって生じる不安定な政治、治安状況を考慮する必要がある。



スィースィー政権の発足から10カ月が過ぎても、政治と治安に安定化の兆しはみられない。政権の抑圧的な統治は、安定化に結びついていないのだ。反対勢力を封じ込めるために制定された政治的自由を制限する法律は、民主化を求める青年勢力および親ムスリム同胞団勢力からいっそうの反発を招き、政権との対立が先鋭化している。

一方で、スィースィー政権はシナイ半島北部でのイスラーム過激派組織の掃討にも苦慮している。周辺地域でのイスラーム過激派組織の伸長がエジプトの過激派組織を勢いづけることが懸念されるなか、エジプト軍は有効な作戦を打ち出せていない。

政治と治安の安定化が見通せないのに対し、経済回 復に向けた取り組みは進みつつある。政権発足直後からはじまったマクロ経済改革によって財政状況が改善しつつあるのに加え、2015年3月に開催した経済開発会議では政府の期待を上回る投資が各国から表明された。もっとも、経済回復に向けた取り組みは緒に就いたばかりであり、成果を得るには改革の継続が不可欠である。

強権的な政治安定化策を進めるも、反対勢力を押さえ込むことは困難
軍を権力基盤とするスィースィー政権は、反政府勢力を政治の舞台から「合法的」に締め出すことで、政治の混乱を収拾しようとしている。例えば、2013年11月に発効したデモ規制法によって、反政府活動を封じ込めている。実際に、「1月25日革命」を主導した青年勢力の主要メンバーをはじめとする多くの民主活動家がデモ規制法違反で逮捕された。また、2014年10月には、国の「重要」施設を破壊した場合は市民であっても軍事法廷で審理することを認める大統領令が公布された。その結果、国立大学構内での抗議行動による器物損壊も軍事裁判の対象となった。この法律の制定以降2015年3月までの5カ月間に約3000人もの市民が軍事裁判の対象となっている。さらに、2015年2月に反テロ法が発効された。同法では、公共の利益や秩序を脅かす個人、集団をテロ組織として定義しており、政権を批判する勢力はすべてテロ組織の要件を満たすことになる。テロとの闘いに必要な措置とされているが、暴力的な過激派集団だけでなく、反体制派勢力のすべてに適用できる内容なのだ。

このようなスィースィー政権の強権的な政治安定化策の目的は、街頭での抗議デモを取り締まり、違反者に厳しい罰を与えることで反対勢力を押さえ込むことである。しかし、抑圧的な統治手法は、政治や治安の安定化を望む多くの国民から支持を得る一方で、民主化や自由、人権といった「1月25日革命」の精神を引き継ぐ勢力からは反発が激しくなっている。

治安の回復は道半ば——テロの脅威は依然として健在
スィースィー政権は社会安定の前提条件として治安維持を最優先しているが、いまだ改善の兆候はみられない。エジプトの治安は「1月25日革命」を境に急速に悪化した。シナイ半島での爆発事件や都市部での犯罪増加などが報道され、国民の治安に対する不安が高まっており、治安状況はムルシー政権の追放以降、さらに悪化している。

マンスール暫定政権(およびスィースィー政権)は、シナイ半島を拠点とするイスラーム過激派組織だけでなく、ムスリム同胞団もテロ組織として非合法化し、徹底的に弾圧した。ムスリム同胞団員は、幹部に限らず、末端メンバーに至るまで数千人が逮捕された。さらに、同胞団が運営していた社会福祉施設も摘発対象となり、活動停止や資産凍結に追い込まれた。このような徹底した摘発の結果、組織としてのムスリム同胞団は弱体化したが、その一方で同胞団支持勢力の政権に対する不満は高まっており、これが治安の悪化に拍車をかけている。

また、シナイ半島では大規模な軍事作戦を行ってきたにもかかわらず、イスラーム過激派組織アンサール・バイト・アルマクディス(Ansar Bayt al-Maqdis:ABM)を一掃させるには至っていない。 ABM は 2014年11月に「イスラーム国」への忠誠を表明し「(イスラーム国)シナイ県」を名乗るようになり、現在もシナイ半島北部を中心に軍、治安組織への組織的な攻撃を繰り返している。

さらに、カイロやアレクサンドリアなどの都市部では、2014年1月にアジュナード・ミスル(Ajnad Misr)、2015年1月には革命懲罰運動(Al-‘Iqab al-Thawri)といった武装集団の結成が宣言され、小規模な爆弾事件を繰り返している。これらのターゲットは、治安組織だけでなく、公共施設、銀行、学校などにも広がっている。

スィースィー政権は、これまでにムスリム同胞団とその支持者による組織的な抗議活動を鎮圧することには成功したものの、各地で発生するテロ活動を押え込むことはできていない。政権は、テロ活動にムスリム同胞団が関与しているとして、同胞団の徹底的な摘発を続けているが、テロ活動の抑止に繋がっていない。むしろ、反対勢力の先鋭化を招き、都市住民のテロに対する不安は高まっている。

多数の大規模投資契約が締結されるなど、経済回復への期待は高まっている
スィースィー政権は、発足直後から大胆な経済政策を実施した。財政赤字削減のために補助金削減と税制改革を実施し、さらにスエズ運河拡張をはじめとする大規模インフラ整備計画を打ち出した。

2015年3月には、経済回復に必要な投資を募るため、「エジプト経済開発会議(Egypt Economic Development Conference : EEDC)」が開催された。EEDCには100カ国以上から政府首脳や多国籍企業幹部を含む2000人以上が参加した。スィースィー政権は、マクロ経済改革の進展をアピールするとともに、2030年までの長期開発ビジョン、経済開発5カ年計画、大規模インフラ構想を公表した。経済開発方針を示すことで有望投資先としてのエジプトを売り込み、国内外からの投資を呼び込むことが目的であった。

会議期間中にエジプト政府と外資系企業との間で多数の大規模投資契約が締結された。石油部門では計200億米ドル以上の投資契約が締結された。また不動産開発や発電部門でも複数の外資企業が参画を表明した。さらに、サウジアラビア、UAE、クウェートの政府はそれぞれ40億米ドル、オマーン政府は5億米ドルの経済協力を約束した。

EEDCの成功は、エジプト経済に対する期待の大きさを示すものと言える。しかしながら、石油部門以外の合意は、その多くが覚書(MOU)の締結であり、投資が確定したわけではない。今後、実際に投資が実行され、経済回復に結び付けるには、政権が公表した経済開発戦略を着実に実行する必要がある。そのためには、財政再建、社会政策の刷新、行政改革も不可避である。スィースィー政権の経済回復に向けた取り組みはこれからが正念場である。

まとめ
スィースィー政権は、軍を権力基盤とする統治であり、ムバーラク政権の後継と捉えることができる。実際、現政権はムバーラク政権期に制度化された国家機構の仕組みを活用している。その結果、スィースィー政権の統治は、その是非は別として、既視感を覚えるものであり、組織的な反対勢力を排除することで政権の安定化を図っている。

EEDCで公表されたように、これまでに多くの大規模インフラ整備事業が計画されており、投資環境が整えば、投資ブームが到来することも考えられる。その際には、イスラーム過激派組織によるテロ活動だけでなく、抑圧的な統治の結果として生じる政治と治安のリスクを認識する必要があるだろう。

(つちや いちき/地域研究センター中東研究グループ)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。