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「中所得国の罠」脱却に向けた3つのポイント —貿易自由化、産業集積、イノベーション—

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.53

鍋嶋 郁
2015年5月20日
PDF (623KB)
  • 「中所得国の罠」を脱却し高所得国へと移行するためには、(1)貿易自由化の推進、(2)産業集積を活用、(3)イノベーション能力の向上、が有効。
  • 貿易自由化に向けた制度改革や高度人的資本の蓄積などは長期的な取り組みが不可欠なので、低所得国であってもできるだけ早期にこれらの課題に取り組むべき。



中所得国においては、低廉・大量生産部門による競争性が人件費の高騰などの理由によって低下し、他方で高度専門知識やイノベーションに依拠する高付加価値製品・サービス部門への産業構造の変革が容易に実現しないことから、結果的に経済成長が鈍化、失速する事例が観察される。これを「中所得国の罠」と呼ぶが、では、この罠を脱却するためにはどのような経済政策が有効なのか。本稿では、(1)貿易自由化、(2)産業集積、(3)イノベーション能力の向上、の3つが重要であるとして、それぞれについて検証、分析を試みた。


貿易自由化の貢献——自由貿易協定よりも自国内における貿易自由化策の拡充を
中所得国にとって貿易は重要な成長要因の一部である。特に小国は貿易依存度が高いため、貿易が成長にもたらす貢献度は大きい。したがって、FTA等を通じた地域統合や貿易自由化は、自国の成長にとって重要な要素である。コスタリカの例を見てみよう。コスタリカが締結しているFTAの相手国は、比較的小国の中南米諸国が多いが、米国・中米間自由貿易協定(DR-CAFTA)や中国とのFTAなど、大国との自由貿易協定も存在する。このような大国との自由貿易協定は、小国のコスタリカにとってどのような影響があるのか。まず、DR-CAFTAの影響であるが、コスタリカからの輸出は伸びているが、それは主に大企業からの輸出であり、中小企業はDR-CAFTAの便益を享受できていない。中国とのFTAは、コスタリカの輸出に大きな影響を与えていないとの結果が得られたが、これは中国とのFTAが比較的最近に成立したため、データが不足している可能性がある。

一方、輸出の促進のみならず、輸出物品の多角化および高度化も中所得国にとっては関心が高い。メキシコの輸出物品の多角化の分析によると、北米自由貿易協定(NAFTA)によるメキシコの輸出品の多角化に対する影響はほとんどなかった。しかし、実際にはNAFTAへの参加により、メキシコ自身による貿易自由化の方が多角化への影響が強いとの結果が得られた。これが示唆するところは、輸出の多角化を促進するには、自由貿易協定等を通じて部分的に貿易の自由化を進めるより、国全体として貿易自由化を進める方が有効であるということだ。この結果は、貿易論で言われていることとほぼ合致している。貿易自由化をすることにより、国内における競争は激しくなるが、その分、国内での資源配分の変化により輸出産業の競争力は向上し、またその競争を乗り越えて輸出に参画する企業も増えてくるからだ。

これらの結果を鑑みると、自由貿易協定への参加も重要ではあるが、自国内の経済構造として貿易自由化を促進する政策を進める方が、国内外での資源配分の効率性を上昇させることに繋がり、経済成長に資すると考えられる。

交通の利便性、高度人材の蓄積、産業団地の設置を通じた産業集積が有効
次に産業集積について、コスタリカの例を見てみよう。コスタリカにおける重要な3産業、すなわち、繊維・衣服産業、電子機器、機械の修繕・設置、を分析する。繊維・衣服産業は、1950年代からコスタリカの首都サンホセを中心に栄え、現在でもサンホセに集積している。しかし、現在では、賃金の高騰などを受けて斜陽産業になりつつある。それと比べて発展してきているのが電子機器、機械産業である。特に、産業団地があるエレディア(Heredia)に産業が集積している。エレディアはサンホセから北に10㎞と近く、また空港へのアクセスも良い。近年コスタリカが誘致に成功しているのは電子機器類や医療機器の企業であり、大半の物品は空輸で輸出されているため、国際空港へのアクセスは重要である。またコスタリカ国立大学もここに所在しており、豊富な人的資本が存在する。このように、交通の便や人的資本の豊かさ、産業団地の設置などの要因からこれらの産業が集積し、その集積が更なる集積を呼び込むという循環ができつつあるのだ。

イノベーション能力の引き上げが高所得国への近道に
「中所得国の罠」脱却のためには、イノベーション能力の向上が重要との意見は多い。ここでは、東欧の事例を見ていくことにする。様々な指標でみると、東欧の国々の中でイノベーション能力が比較的に高いのはロシア、ハンガリー、チェコ、ポーランド、ウクライナである。しかしこれらの国のイノベーション能力は西欧と比べるとまだ脆弱である。例えば、チェコの場合、イノベーションの基盤は徐々に構築されてきているが、それらの持続性には疑問が残る。特にEUからの資金援助などで様々な研究機関が創立されてきたが、それらが永続的に存続しうるだけの基盤がチェコ国内にはなく、EUからの継続的な支援が不可欠な状況が続いている。また、大学と企業の関係、学生の質、ベンチャーキャピタルの不在など様々な課題を克服していかなければならない。

特許を使った分析では、高位中所得国から高所得国への移行は、やはりイノベーション能力に左右されるという結果が得られた。高位中所得国までの移行は主に資本と人的資本の蓄積で説明できるが、高所得国への移行のみ、特許や発明者などイノベーション能力に直結した変数のみが重要であった。これが示唆するところは、自国でのイノベーション活動が高所得国への近道であるということである。この際、自国企業によるイノベーションか外資系企業によるイノベーションかの違いはない。つまり、発展途上国、特に小国にとっては、イノベーション関連の海外直接投資の誘致は重要な要素なのだ。しかしながら、このような海外直接投資の誘致は、自国内での人的資本の量と質やイノベーションに適した土壌の有無に左右されるため、人的資本の更なる蓄積、質の向上、ビジネス環境の改善などが必要である。

まとめ
本稿では、輸出促進の影響やイノベーション能力の貢献などの分析結果から、「中所得国の罠」からの脱却には、自国内での貿易自由化などの制度改革や高度人的資本の蓄積が重要であると述べた。これらは短期間に容易く実現できるものではなく、長期的な取り組みが不可欠である。したがって、「中所得国の罠」脱却に向けた取り組みは、低所得国であっても、できるだけ早期に取り組むべき問題なのだ。

《参考文献》
  • Nabeshima, Kaoru, Tadashi Ito, Kiyoyasu Tanaka and Mila Kashcheeva. (2015) “The Source of Sustainable Growth in Costa Rica,” IDE Discussion Paper No. 500. IDE-JETRO.
  • Ito, Tadashi. (2015) “On the Variety of Mexico’s Export Goods,” IDE Discussion Paper No.510. IDE-JETRO.
  • Kumagai, Satoru, Yasushi Ueki, David Bullon and Natalia Sanchez. (2015) “Industrial Agglomeration in Costa Rica: a Descriptive Analysis,” IDE Discussion Paper No. 499. IDE-JETRO.
  • Kang, Byeongwoo, Kaoru Nabeshima and Fang-Ting Cheng. (2015) “Avoiding the Middle Income Trap: Indigenous Innovative Effort vs Foreign Innovative Effort,” IDE Discussion Paper No. 509. IDE-JETRO.
  • Kashcheeva, Mila and Kaoru Nabeshima. (2015) “Innovation in Eastern Europe: A Case Study of Czech Republic,” IDE Discussion Paper No. 506. IDE-JETRO
(なべしま かおる/早稲田大学大学院アジア太平洋研究科准教授)



本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。