特集 図書館と障害者サービス 情報アクセシビリティの向上 【各国事情】 中国 八二九六万人の多様なニーズ 小林昌之 人の数だけ多様なニーズがある。中国には八二九六万人の障害者がいて、このうち視覚障害者だけでも一二三三万人いる。 ●点字図書の普及 中国の点字出版は一九五三年に設立された中国盲人福利会(現中国盲人協会)の事業のひとつとしてスタートし、のちに中国点字出版社として発展した。これまでに全国の視覚障害者向けに七〇〇〇種、六〇〇万冊以上の点字図書・雑誌を提供してきた。 同出版社ではより多くの視覚障害者に読書を楽しんでもらうため、社内に「中国点字図書館」(中国盲文図書館)を一九九四年に開設した。これが発展し、二〇一一年には、閲覧、展示、訓練などのエリアを有する二万八〇〇〇平方メートルある大規模な新館がオープンし、視覚障害者の情報基地として充実化がはかられた。 閲覧エリアは、社会科学と科学技術の二つの点字図書閲覧室のほか、弱視用の拡大写本、視覚障害児童、親族・ボランティア、録音図書試聴、電子図書閲覧など八つの閲覧室を備えている。展示エリアには、展示物を実際に触れる触覚博物館、点字出版の歴史を紹介する視覚障害文化体験館などがある。このほかにコンピュータや音楽などの教育訓練エリア、音声解説付きの映画を上映する口述映像館などがある。 二〇一一年現在、新館は、点字・拡大図書約五〇〇〇種、録音図書約二万種、電子図書約一万種を所蔵する。分野は、政治経済、法律歴史、文化教育、文学芸術、医薬科学技術など広範囲にわたる。このなかでも、中国では多くの視覚障害者がマッサージに従事していることから、按摩などの医学書の割合が高い。 利用登録は閲覧専用のA類会員と借り出し可能なB類会員の二種類がある。B類会員は郵送でも点字図書などを借り出すことができるが、納付する保証金の額によって冊数と期限が異なる。保証金一〇〇元の一級は二冊を二カ月間、最高の四級は四〇〇元で八冊を三・五カ月間借りられる。 ●デジタル時代の到来 中国点字図書館では徐々にデジタル化を進めてきた。技術革新に加え、点字図書のコストが高いことや点字習得者の減少も背景にある。点字図書館のウェブサイトは「盲人電子図書館」と称され、点字図書館の蔵書目録のほか、ここで製作された録音図書、電子点字図書、電子図書などのデジタル・コンテンツがアップされている。 二〇〇八年には、これまでの経験をもとに、中国点字出版社、国家図書館および中国障害者連合会情報センターの三者は共同で、専ら視覚障害者を対象とする「中国盲人電子図書館」(中国盲人数字図書館)を立ち上げた。ウェブサイトは、バリアフリー設計になっていて、視覚障害者が読み上げソフトなどをとおして、画面操作やさまざまなコンテンツにアクセスできる工夫が施されている。 トップページには、ニュース動向、新着書紹介のタブのほか、電子図書、音楽観賞、オンライン講座などが配置されている。中国点字図書館が所蔵する電子図書にも第二世代障害者証による認証を受け、登録することでアクセスできるシステムになっている。 二〇一二年現在、中国語の電子図書は三五五〇冊アップされている。毎月新しい書籍が二〇冊近く追加されている。録音図書は三二〇本、MP3による音楽は四九〇〇曲、また国家図書館が主催した講座が七五〇本アップされている。 デジタル化を進める中国政府の方針に従い、国家図書館と中国障害者連合会情報センターは共同で、さらに障害者の誰もが平等にアクセス可能なバリアフリー・プラットフォームとして「中国障害者電子図書館」を二〇一一年に開設した。 トップページには、新着図書、電子図書、電子新聞・雑誌、オンライン講座などの欄が配置されている。障害者証による認証・登録を済ませた利用者は、バリアフリー処理された国家図書館の一部図書および電子ジャーナル、ならびに中国盲人電子図書館のコンテンツにアクセスすることができる仕組みになっている。 ●公共図書館の動き 二〇〇八年に開館した国家図書館新館はバリアフリー設計になっており、盲人閲覧室や盲人電子図書館のモデルを示すなど公共図書館の条件整備をリードしてきた。 例えば、国家図書館は中国図書館学会と共同で、二〇一〇年に全国の図書館に向けて「全国図書館情報サービス・アクセシビリティ・コンソーシアム」の結成を提唱し、図書館施設のバリアフリー化、録音図書・電子図書などの配置、アクセシブルな新技術の導入、音声情報への字幕挿入などを呼びかけている。 また、二〇一一年には中国障害者連合会と共同で「全国障害者読書指導委員会」を成立させた。目的は、障害者の読書活動を促進することで障害者の知識と技能の向上を目指すことにある。障害者が読むべき推薦図書のリスト発表が主要な活動のひとつとなっている。公共文化サービスの平等な享受が理念として謳われているものの、障害者は指導すべき対象として扱われている点で若干の疑問が生じる。 なお、国家図書館は、現在、図書館障害者サービスのマニュアルおよびガイドライン策定に向けて、国内外の図書館の実践を調査しているところであり、完成によって全国的なサービス水準の向上が期待される。 二〇一二年の「バリアフリー環境建設条例」は、区を設置する市以上の公共図書館に、視覚障害者用閲覧室の開設や点字図書・音声図書の提供を求めている。一三年末現在、全国五九六の公共図書館に点字・音声図書の閲覧室が設置された。しかし、この数ではなお障害者のニーズを満足させるには及ばないといわれている。 ●NGOの活躍 官製の環境整備の一方、民間組織も障害当事者の視点に立つ柔軟な活動で着実に実績をあげている。 二〇〇三年から活動している北コウタンタン京市紅丹丹視覚障害者文化サービスセンターは、DAISY図書を作成して「心目図書館」を開設するとともに、各地の盲学校や盲人閲覧室に贈る活動をしている。また、視覚障害者の娯楽ニーズにこたえるため、毎月、音声解説付の映画上映会を主催している。 各種メディアが国により統制されるなか、独自に番組を制作してラジオ局に売り込むなどユニークな活動をしているNGOもある。障害当事者自身が運営する一(ワン) 加(プラス) 一(ワン) (北京)障害者文化発展センターである。二〇〇六年に設立され、自らもインターネットラジオを開設し、障害者自身が求める情報を双方向で提供することを試みている。また、視覚障害者が希望する教材や図書を学生ボランティアの力を動員して電子化する活動も行っており、個人のニーズに対応しようと奮闘している。障害当事者本人が希望、選択する情報へのアクセスを保障することが重要であり、将来、こうした活動は公共機関が担っていくのが理想だと一加一の責任者は語る。 (こばやし まさゆき/アジア経済研究所 開発研究センター) 《参考文献》 ①張イ『面向残疾人的数字図書館服務』北京:国家図書館出版社、二〇一三年。 《写真》 ①中国点字図書館(筆者撮影) アジ研ワールド・トレンドNo.234(2015. 4) p.26-27