特集 図書館と障害者サービス 情報アクセシビリティの向上 【国内情報】 公共図書館の障害者サービスの現状 松延秀一 ●はじめに 本稿は、日本国内の図書館の障害者への対応について紹介するものである。ただし筆者は聴覚障害を持つ図書館員なので、後半では聴覚障害を中心に述べる。 さて、バリアフリーについては建築物等のハード面での整備、例えばスロープ・エレベーター等の設置等により、かなり普及するに至っている。一方で「障害者サービス」は、身体障害者へのサービスに限定されるものではなく、「図書館利用に障害のある人びとへのサービス」を意味し、そういう人 びとからの要望に応える図書館からの積極的な対応を意味する。日本の図書館界においては、日本図書館協会障害者サービス委員会(以下、委員会)が中心となって、このような表現で「障害者」へのサービス実践を広げようと努力してきた。具体的には、毎年開かれる全国図書館大会分科会での実践例の収集・報告や出版などがある(参考文献①、⑥)。 もっとも日本においては、公共図書館に比べ、大学図書館の障害者(教職員・学生)サービスはいまだ低調である。なので、途上国から日本に留学する学生に対しては、大学のみならず近隣の公共図書館訪問も勧めたい。 ●全般的動向 日本においては、公共図書館でのサービスは、歴史的には盲人学生からの要請に基づく一九六九年の東京都立日比谷図書館での対面朗読の開始を嚆矢(こうし)とする。その後、一九八一年の国際障害者年を契機にしてサービスが広がったといってよい。現状についての統計は、いささか古いが二〇〇五年のものがあり、この調査によれば、全国の公共図書館の五六・二%が何らかの障害者サービスを実施しているという(参考文献④)。もうひとつ、二〇一〇年の調査によれば、公共図書館の六六・二%が実施しているという(参考文献②)。この数字は地方や農村部に立地する図書館も含めているので低めに出ていると考えられる。数字だけからでは先進的とは言い難い。予算や人員の制約もある。都市部と農村部との格差は途上国の場合もっと深刻であろう。日本においてここまで到達するには、障害を持つ利用者、とりわけ視覚障害者の長年の要望、すなわち点字図書館だけでなく一般の図書館も利用したいという要望の積み重ねがあった。 ●視覚障害や肢体不自由その他 視覚障害者については別稿で紹介されるように、古くから点字図書館の取組みがあり、また障害としてはわかりやすいこともあって、一般の図書館でも、点字図書、大活字本、録音図書の所蔵があり、音訳いわゆる対面朗読もあって実践例は多い。最寄りの鉄道駅から点字ブロックが敷設されているところも増えてきている。 肢体不自由についてもわかりやすい障害のため、また高齢化社会となって歩行が自由でない高齢者が増えていることもあって、スロープ・エレベーターなどのいわばハードな設備をそろえるバリアフリー化は、都市部・農村部を問わず当たり前になりつつある。具体的なことはどこかの図書館を見学するのがよい。その他の「障害」については、知的障害・発達障害・学習障害・病院入院患者・施設入所者などがあるが、この方への対応は、ごく一部の先進的な図書館の例を除くと、まだこれからの段階である。 こうした状況のもとで、委員会では、障害者サービス担当職員の短期(二.三日間)での養成講座を東京と関西で開始した。これは現職の図書館員対象である。当初は東西とも単独開催であったが、関西のほうは二〇〇八年から国立国会図書館関西館と共催となり、場所もそこで行われている。 ●聴覚障害者へのサービスの課題 ここまでのところで、言及しなかった事項がある。それは、聴覚障害者である。 聴覚障害というのは外見上わかりにくい障害である。聴覚障害者といっても、聞こえなくなった年齢、そして主たるコミュニケーション方法の違いにより多様であり、個人差が大きい。そこで日本では、難聴者、中途失聴者、そして手話が第一言語で日本語が第二言語となる聾(ろう) 者に三区分している。難聴者とは、補聴器で音が聞こえることは聞こえるが、円滑なやり取りがむずかしい。中途失聴者とは、音声言語を獲得してから何らかの理由で聴力を失い、ほとんど聞こえない人が多い。以上の二者は手話を知らない。一方、聾者は音声言語獲得以前に聴力を失い、手話を第一言語としている人である。言語的少数者であり、読み書きの苦手な人が多く、図書館とは縁遠いといえる。厚生労働省が身体障害者手帳の発行数から推計した統計では約三五万人である。実態としてはもっと多いであろう。聴覚障害者に対しては、窓口担当職員は一人ひとりに合った方法で対応することが求められる。聴覚障害者サービスといっても、単一の方法・サービスはないのである。 さて難聴者・中途失聴者へのサービスの事例はあるかといえば、報告はないようである。おそらく、目立たず気づきにくいゆえであろうか、統計にも出てこない。ただし、こうした人々においては老人性難聴者が増えているので、高齢者向けサービスのなかでの展開の可能性もありうる。高齢者向けサービス自体もまだこれからの段階ではあるが……。 聾者へのサービスについては、手話が焦点となる。大阪府の枚方市立中央図書館は、この方面で積極的にサービスを展開している。例えば、字幕・手話付きビデオ・DVDの編集製作および貸し出し、手話・字幕付き放送コーナーとモニターの設置、聾者向けの見学会・利用説明会、手話で楽しむおはなし会などを行っている。手話のできる職員は手話バッジをつけており、設備としては電光掲示板を設置している。このほか、大阪府立中央図書館では、手話通訳者を配置したり手話によるおはなし会を開催しており、東京都の八王子市立図書館や石川県の白山市立図書館でも同様の活動を行っていると図書館大会で報告されている。このような突出した事例はあるものの、全体としては皆無に近いのではないか。 ところで鳥取県では都道府県レベルで初めて手話言語条例を制定し、これに呼応する形で鳥取県立図書館では手話の本を集めたコーナーを作った。ただしこれは聾者へのサービスというより、利用者県民への啓発であろう。 ●むすびにかえて 以上で日本での状況のごく簡単な概略を述べた。途上国からみればこれでも先進的にみえるかも知れないが、内側からみればとてもそうはいえない。国際図書館連盟(IFLA)に代表される国際水準は北欧やアメリカの状況を反映しているが、委員会ではその水準を目指して今もなお努力中である。障害者の権利条約批准による好影響が期待されよう。 (まつのぶ しゅういち/京都大学文学研究科図書掛・日本図書館協会障害者サービス委員会委員) 《参考文献》 ①小林卓・野口武悟共編『図書館サービスの可能性―利用に障害のある人々へのサービスその動向と分析』日外アソシエーツ、二〇一二年。 ②シードプランニング『公共図書館における障害者サービスに関する調査研究』二〇一一年。 ③ジョン・マイケル・デイ編『聴覚障害者に対する図書館サービスのためのIFLA指針』第二版、二〇〇三年。 ④図書館ハンドブック編集委員会編『図書館ハンドブック』第六版補訂版、日本図書館協会、二〇一〇年。 ⑤日本図書館協会障害者サービス委員会編『聴覚障害者も使える図書館に―図書館員のためのマニュアル』改訂版、日本図書館協会、一九九八年。 ⑥―『障害者サービス』補訂版、日本図書館協会、二〇〇三年。 アジ研ワールド・トレンドNo.234(2015. 4) p.18-19