特集 図書館と障害者サービス 情報アクセシビリティの向上 【国際動向】 国連のアクセシビリティ・センター 障害者権利条約とアクセシビリティ 森壮也 二〇〇六年に国連総会で可決され、二〇〇八年に発効した国連障害者の権利条約は、障害者が途上国、先進国を問わず直面する最大の問題であるアクセシビリティについても定めている(前文および第九条、第三一条)。しかしながら、国連の条約は、基本的に加盟国を拘束するもので、国連自体はそれに拘束されないという欠陥が存在する。筆者はかつて、この問題を国連の諸会議における情報アクセシビリティの欠陥として指摘した(参考文献①)。この後、関係者の尽力により国連の会議、特に障害当事者が関わる会議においては、手話通訳者の採用事例が増え、音声言語の通訳者と同等の地位を手話通訳者も保証されるようになってきている。 ●アクセシビリティ・センター開所 こうした変化により、その後、二〇一三年のニューヨーク国連本部ビルに、アクセシビリティ・センターが設立され、それは国連のなかの制度として結実した。本稿では、このセンターを紹介すると共にその背景と実態について紹介したい。 参考文献③で報じられたように、潘基文国連事務総長のテープカットにより、二〇〇人を超す外交官を迎えて、国連本部内にアクセシビリティ・センターが開所したのは、二〇一三年の国連障害者の日の翌日のことである。このセンターは、同事務総長の弁によれば「国連が創り出そうとしているデジタルな国連のモデル」として創設された。また障害者参加型の開発のため、「障害を持つ人々が参加できる環境をつくることで、自分たちの権利と利益に影響するプロセスに自ら参加し、重要な役割を果たす」(参考文献④)ために国連がモデルとして設立したものとされ、「国連システムの他のメンバーとパートナーにも、後に続くよう求めます」(同前)と加盟各国がこうした取り組みに続くことが期待されている。 ●センターの諸設備・機能 国連ビルの地下一階に設けられた同センターには、支援機器・技術として、アダプティブ・テクノロジー(Adaptive Technology)の備わったコンピュータ・ステーション、拡大読書器、スクリーン・リーダー、点字などのアシスティブ・キーボード、携帯型DAISYプレーヤー、補聴器、骨導型ヘッドフォン、障害者用マウス、点字ディスプレイが備え付けられたほか、電動車椅子充電設備(会議場の各所)、諸機器利用支援スタッフ・デスクという新たな対応も国連ビルの各建物に分散して設置されたサテライト・デスク等で提供されることになった。これらは当然のことながら無料で利用可能である。 ●手話通訳と文字通訳 アクセシビリティ・センターは、二〇一三年秋の国連における「障害と開発」に関する政府間ハイレベル協議の時期の開所を当初目指していたが、実は諸準備が遅れ、それには間に合わなかった。しかし、この秋の国連の会合では、同センターの開所に先立ち、手話通訳と文字通訳が用意され、参加者たちは会議場の大きなスクリーンに映し出されたアクセシビリティ改善のための国連の努力を目にしたのである(参考文献②)。特大のスクリーンには、世界ろう連盟(WFD)の通訳者として長年協力してきた国際手話通訳のビル・ムーディ氏らのチームの同時手話通訳に加えて英語の同時文字通訳が映し出された。 ●センター設立の立役者たち 同センターの設立の中心となったのは、国連総会・会議管理局(DGACM)である。国連の各会議の議事録を視覚障害者にも読めるようにデジタル・フォーマット化する努力も国連総会がDGACMと協力して進めている。会議に実際に出席できなかった障害者を含むあらゆる人たちとも情報を共有するための努力でもあるという。このDGACMに、国連障害者権利条約のコーディネートの中心となった国連経済社会局(UNDESA)と、アクセシビリティについての各局間調査特別委員会(IDFTA)が協力し、同じく権利条約の議論で世界の障害当事者団体をまとめた国際障害同盟(IDA)が、障害当事者の立場で協力してこのセンターは実現した。全体のコーディネートでは、議場の手話通訳などのコーディネートでも大きな力を発揮したUNDESAの障害担当部局の貢献が大きい。また資金援助を行ったのは、韓国企業のサムスンであり、韓国政府を通じての支援が行われた。視覚障害関連の技術・機材提供は、HIMSというアメリカ系企業が中心になって行われた。 ●今後の課題 当初、国連自体がアクセシビリティに対処できていないという問題があったが、障害者権利条約を推進する立場として、国連は、会議場への車イス等の物理的アクセシビリティに加えて、手話通訳や支援機器の無償提供などの情報的アクセシビリティについても、世界のモデルを作った。各国代表の目に触れる場所で、こうした保障体制が、障害当事者の議論参加の基盤として整備されたことの意義は大きい。一方、アクセシビリティには、様々な国際的な障害団体が必ずしもすべて関与できたわけではなく、例えば、盲ろう当事者は国連の諸会議に依然としてアクセスしにくい問題や、重複障害者のアクセシビリティの問題、障害当事者の支援者が常駐しているわけではない問題なども指摘されている。 ●SDGs実現のために 政府間の協議の場という、開発途上国が多数を占める国連において、障害者の完全参加を保障するための環境は、このように大きな前進を遂げている。冒頭にも述べたように障害者の権利条約そのものには、国連がそうしたサービスを提供しなければならないとは書かれていない。しかしながら、世界の国々の代表や障害当事者を含む関係者が議論を行う国連の場で、このように障害者を排除しない開発を実践するためのモデルが提供されたことの意義は大きい。まもなく新たな段階を迎える世界の開発目標、SDGsの実現のために、日本も協力して国際的な開発と貧困削減を、障害者も包摂するものにすることの意味は大きい。 (もり そうや/アジア経済研究所 開発研究センター) 《写真》 ①国連アクセシビリティ・センター開所式での国連事務総長と障害当事者(出所:国連アクセシビリティ・センターホームページ) ②国連アクセシビリティ・センター開設の宣言は、国際手話と文字でも通訳された(出所:国連TV) 《参考文献》 ①Mori,S. ”Testing the Social Model of Disability: The United Nations and Language Access for Deaf People. In ”Burch, S. and A. Kafer eds. Deaf and Disability studies: interdisciplinary perspectives. Washington, D.C.: Gallaudet University Press. 2010. ②森壮也 「障害と開発に関する国連総会ハイレベル会合―障害包摂的な開発を目指して」『アジ研ワールド・トレンド』二〇一四年六月号。 ③United Nations. “Ban inaugurates accessibility centre at UN Headquarters. ”United Nations News Centre. 4 December, 2013. (http:// www.un.org/apps/news/story.asp?NewsID=46661) (downloaded on 22 Dec. 2014) ④国際連合「国際障害者デー(一二月三日)事務総長メッセージ(プレスリリース13-089-J 二〇一三年一二月三日)」(http://www.unic.or.jp/news_press/messages_speeches/sg/5766/) (downloaded on 22 Dec. 2014) アジ研ワールド・トレンドNo.234(2015. 4) p.4-5