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貧困の国際政治学│「貧困削減」の背後の政治力学

特集/「貧困」で学ぶ開発─諸学の協働

執筆者:初鹿野 直美
1990年代末以降、貧困削減が世界的な課題として大きく扱われている。世界銀行はもっとも重要な目標として「貧困のない世界」をうたい、貧困削減戦略文書(PRSP)にのっとった資金援助が主流をなしている。また、国際連合もミレニアム開発目標(MDGs)として、貧困人口を2015年までに半減させることを掲げている。さらに2001年の同時多発テロ以降は、「テロとの戦い」の文脈でも貧困がクローズアップされるようになっている(参考文献(1))。

また、アカデミズムの文脈でも貧困への注目度が高まっている。開発研究の代表的論文雑誌のひとつであるWorld Developmentに1995〜2003年に掲載された論文のうち、貧困(povertyおよびpoor)がタイトルおよびキーワードに含まれている論文は、1995年に年間4本に過ぎなかったのが2003年は36本に上っている。

貧困削減への注目度が高まっている一方、当の貧困層の実態はどうなっているのであろうか。確かに、今現在も所得で計測した場合に貧困に相当する所得貧困といわれる人たちが多く存在するし、人間としての選択肢が限定されてしまっている人間貧困と称される状況に陥っている人たちも数多く存在する。ただし、多くの人々によって貧困の基準として利用されている所得貧困人口(1日1ドル未満で生活している人たちの人口)の絶対数や割合は、『世界開発報告』2004年版の統計で1990年の12億1900万人(27.9%)から2001年の11億100万人(21.3%)へと世界的に大幅な減少傾向にある(参考文献(2))。アフリカや南アジアなど、地域によっては深刻化しているところもあるが、全体としてこの10年で大きく減少していることは事実である。多くの報告書では「世界の貧困はこんなにも改善している。しかし、まだまだ貧困緩和は不十分である」、「スピードが足りない」というような書き出しにより、貧困問題の深刻さやそれに取り組む必要性を訴えている。

以下では、貧困層自体の動向とは別の要因によって、貧困削減をしようという機運が高まっているのではないかという問題意識のもと、貧困概念のもつ政治性について整理を行ったうえで、これまでの援助の歴史における「貧困問題」の扱われ方をレビューし、援助機関にとっての貧困削減、および開発研究にとっての貧困削減という視点から、貧困削減という現象を捉えなおす作業を試みたい。
表1 世界銀行本部技能分野別スタッフ割合
表1 世界銀行本部技能分野別スタッフ割合
(出所)参考文献(3)、81ページより筆者作成。
(注)「その他」に分類されている分野および10名以下のスタッフで構成
されている分野は除外した。
表2 貧困研究論文のテーマ比較(World Development, 1998年および2003年)
表2 貧困研究論文のテーマ比較(World Development, 1998年および2003年)
(注)(1)~(4)は図3に対応。
貧困概念のもつ政治性
従来、「援助」という営みについては、それが政治性をもつことが自明であるという立場から多くの研究が重ねられてきた。例えばマーシャル・プランなど冷戦の道具として援助が果たしてきた役割は大きい。世界有数のドナー国である日本の援助についても、2003年に策定された日本の新しい政府開発援助大綱では「国益」を反映した援助がどのようなものであるべきかという議論が重ねられたり、援助は政治的な側面をもつ営みであることは周知の事実であるといえよう。しかし、援助のそもそもの目的である「貧困問題」の解消は、それ自体がよいこと(good)であるという認識から、問題設定自体の政治性が問われることは少なかった(参考文献(4))。

ここで援助自体の政治性の影に隠れてあまり検討されてこなかった、貧困概念自体のもつ政治性・権力性について検討をした研究のひとつを紹介したい。エスコバールによると、1940年代〜50年代にかけて、それまで植民地であったアジア・アフリカ諸国を貧困地域としてみることで新たに援助の対象としてこの地域を位置づけるようになり、欧米諸国の影響力を確保し続けるようになったという(参考文献(8))。この時期を境に、援助という取組みを通して「貧困」という状況が問題化(problematization)され、アジア・アフリカ諸国の人々の生活の改善が「解決されるべき問題」として取り上げられるようになっていった。その過程において、解決方法に準じる形で生まれた多くの専門家(エコノミスト、教育・保健や人口学の専門家など)が、貧困を撲滅するための開発援助という使命に従事するようになっていったという。さらにこの動きは、新しい知識を生み出すことで知識が蓄積され、そして援助機関がより多くの経験を重ねていくなかで、時代を追うごとにより魅力的な目標設定をしていくというサイクルを生み、それが繰り返されていくことになる(参考文献(8)、pp.21-54)。すなわち、貧困削減という問題設定が、貧困層を救済するということとは別次元のサイクルを生み出し、そしてさまざまな方向に拡張していっているということが、彼によって指摘されている。

以上のような考え方を参考に、貧困削減という概念自体が持つ特性を整理したい。貧困概念は、
  1. 定義が曖昧であるからこそさまざまなアイディアを内部に取り込むことができる
  2. 例えばイギリスの世論調査で7割弱の国民が貧困問題の解決を道徳的な課題であると回答しているように(参考文献(6))、特に欧米では人々の反対を受けにくい概念となっている
  3. 実現までに多くの外部条件が存在することから、援助機関としても開発研究にとっても裁量の余地の大きい概念であるといえる。
これらの特性を活かして貧困削減という課題は国際開発の文脈の中で繰り返し主張され、援助機関や研究者たちはアプローチを拡充させてきた。エスコバールの議論自体は1940年代〜50年代の国際開発援助黎明期の事象を対象としたものではあるが、貧困削減という問題設定は古くてそして新しい問題設定であり、現在の貧困削減をめぐる動向も同様に論じることができるのではないだろうか。
1990年代後半以降の貧困削減に向けた取組み
「貧困」と分類されうる人々は、カロリー摂取量などの絶対的な基準を用いるにせよ、平均所得との関係といった相対的な基準を用いるにせよ、また平均寿命や教育レベルなどに注目した基準を用いるにせよ、なんらかの形で存在し続けてきた。しかし、それが国際的開発課題として発見され、取り上げられるようになってから後の50年間、直接・間接的な貧困削減のための取り組みが展開されてきた。国際開発のスタート地点としての1940年代以降、南北問題への着目から主要な目標として貧困削減が意識されるようになった1960年代、マクナマラ総裁の下に直接的に貧困削減が目指された1970年代後半、といったように大きな波と小さな波の繰り返しのなかで、貧困削減は国際援助の世界での目標としての地位を確固たるものとしてきた。

1990年代になると、冷戦の終焉、グローバリゼーションの波を受け、OECDの開発援助委員会(DAC)が『1990年代の開発協力』、世界銀行が『世界開発報告 1990│貧困』、UNDPが『人間開発報告 1990』を発表し、貧困問題への回帰がみられるようになる。

1995年の社会開発サミットでは、貧困対策をグローバルな課題とし各国が開発協力の焦点を貧困に当てることが合意される。このとき、20/20協定が合意され、人間開発のために優先されるべき社会開発分野に開発途上国は国家予算の20%を、先進諸国はODAの20%を支出することが申し合わされている。OECD/DACは、1996年に『21世紀に向けて│開発協力を通じた貢献』(通称「DAC新開発戦略」)を採択し、2015年までに貧困人口を1990年の半分にするという目標を提示している。

1990年代末には貧困削減を求める動きがさらに加速化し、1999年に世界銀行は重債務貧困国などに対してPRSPの作成を求める決定を行った。これらの動きをひとつのものとしてまとめ上げ全世界として貧困問題に取り組もうという決意を表したものが、2000年9月の国連ミレニアムサミットで採択されたMDGsで、2015年までに貧困人口を半減するという目標をはじめ、期限と数値を付した8つの目標を掲げている。
図1 援助機関のODAセクター別割合推移
図1 援助機関のODAセクター別割合推移
(出所)OECD/DACのInternational Development Statistics Onlineより筆者作成。
(注)二国間および国際機関による援助を含む。
国際援助機関にとっての貧困削減
援助機関と貧困削減、貧困削減戦略との関係を考えるとき、3つの視点からの分析が可能である。
  1. 貧困概念の定義を捉えなおすことから考える貧困対策としての視点
  2. 包括性、結果志向、参加型、公共支出管理、債務削減、援助協調といった援助の手法としての貧困削減という視点
  3. 政策の変化と呼応して、行政組織内の資金や人員の配置について表れる、援助機関の組織としての貧困削減
という視点の3つである。

ここでは、3の視点によって国際援助機関にとっての貧困削減へのシフトを整理する。既述のように1990年代末以来PRSPやMDGsといった包括的な取り組みが世界的に進められている。開発援助の実務世界でもこれまでの経済学をバックグラウンドにもった人たち以外に多くの分野の「専門家」たちがスタッフとして開発の任務に携わるようになってきている。例えば世界銀行のスタッフの割合は表1のように変化してきているし、全世界のODA資金の分配も、社会開発・人間開発といった分野への重点化が進んできており、人間貧困の関心領域に沿ったセクターがその割合を増してきている(図1)。

図2貧困研究論文掲載数の推移(World Development, 1995~2003年)
図2貧困研究論文掲載数の推移(World Development, 1995~2003年)
(出所)筆者作成。
(注)タイトルおよびキーワードにpovertyおよびpoorを含む論文を「貧困研究論文」としてカウントした。
貧困研究にとっての貧困削減
援助機関が実務を行う際のアイディアの供給源となっている貧困研究では、貧困概念がどのように論じられているのだろうか。貧困削減が潮流化していった1990年代後半以降、World Development誌に掲載された貧困研究論文の数は、図2のように増加してきており、その取り上げられ方も多様化が進んでいる。1998年と2003年に貧困を主要なテーマに掲げた研究論文を比較すると、本数自体も大きく伸びているが、それだけでなくテーマも多様になっていることがわかる(表2)。2003年には、「慢性的貧困と開発政策」(2003年3月)、「経済危機、自然災害、貧困」(2003年7月)、「ラテンアメリカにおける貧困と環境悪化の関係」(2003年11月)といったような特集が組まれているなど、多角的に貧困が論じられるようになってきている。経路はさまざまであるが、従来所得貧困を経済成長で解決する視点からの論文が主流であったのが、それ以外の視点からのアプローチが増えてきている。従来の所得貧困を経済成長で解決するといった視点から、所得貧困以外の貧困を経済成長以外の方法で解決するという視点、すなわち環境と貧困、女性と貧困、教育と貧困などのような視点へと貧困研究が拡大していく様子は図3のように表せる。また議論の進め方としては、
図3 貧困概念拡大の経路
図3 貧困概念拡大の経路
(出所)筆者作成。
(注)ただし、(1)~(4)は必ずしも明確に分けられるものではなく、それぞれの境界上に位置する議論も多い。
  1. 従来から言われている因果関係・軸を新たな形で検証するタイプのもの(参考文献(7)など)
  2. 従来から言われている因果関係・軸を分解し考察しようとするタイプのもの(参考文献(5)など)
  3. ジェンダーや災害などと貧困の関係を論じるように、新たな因果関係・軸を指摘し考察しようとするタイプのものに分類される。
結び
貧困問題は、その取り組み内容を変容させ、学術的な意味でも概念を拡大させながら開発課題のなかで重要な位置づけを獲得し続けている。それでは、結局貧困削減の取組みの拡大および概念の拡大によって、誰がどのような影響を受けているのだろうか。

援助機関にとって、貧困削減への注目が高まることで何らかの関心が喚起されることは予算配分、納税者の支持などのプラスの影響を受けていると言えよう。しかし、理念のレベルで貧困削減に取り組むという合意が得られたとしても、各論のレベルでは異なる意見の衝突が生じている。例えば、ドナー・コミュニティ内にあって、日本はPRSPについての初期の議論で貧困削減に批判的な立場の議論を展開してきた。それは、貧困を削減するという大目標には合意できるものの、そのプロセスの次元である援助の手法や経済成長に対するスタンスの違い等の合意できない点があったからである。

研究者にとっては、さまざまな分野の人たちが貧困研究に参入する契機となっていることは確実である。おそらく、何らかのかたちで成功した事例がある一方でなかなか問題が解決されていない状況は、研究者にとって素材の山であるのかもしれないし、そこに援助機関へのアイディア供給という必要性が存在すれば、貧困研究が盛んになることは必然的であるといえる。

いずれの立場にせよ、この契機をどのように活かしていくのかが重要である。無秩序に概念が拡がっていく状況下にあって、最終的に貧困層にどのような影響を持っているのかを意識した視点が求められる。ある定義に基づく貧困削減が別の貧困状況を生み出すような事態は、過去にも繰り返されてきている。貧困削減への注目が高まっていることと、それが貧困層の生活にどう影響しているのかについての分析は別の機会に譲るが、この点が開発援助に携わる人々にとってもっとも重要なポイントであることは言うまでもない。しかし、貧困削減ということを考える際、いわゆる最前線としての救済活動以外のところで、貧困削減がさまざまな意味合いを持っているということ、貧困削減のその背後にさまざまな政治性が存在することも忘れてはならない一側面であるということを指摘して、本稿の結びとしたい。

(はつかの なおみ/アジア経済研究所新領域研究センター)

【付記】本稿は「貧困削減のレトリック」(第15回国際開発学会全国大会2004年11月28日)の報告を元に加筆修正した。学会にてコメントをくださった方々に感謝したい。
【参考文献】
  1. 朽木昭文『貧困削減と世界銀行│9月11日米国多発テロ後の大変化』アジア経済研究所、2004年。
  2. 世界銀行『世界開発報告』2004年版。
  3. 速水祐次郎・秋山孝允・秋山スザンヌ・湊直信『開発戦略と世界銀行│50年の歩みと展望』知泉書館、2003年。
  4. Cooper, Frederick and Randall Packard, International Development and the Social Sciences: Essays on the History and Politics of Knowledge, University of California Press, 1997.
  5. Cornia, Giovanni Andrea, "Inequality, Growth and Poverty in the Era of Liberalization and Globalization," Policy Brief, No. 4, UNU/WIDER, 2000.
  6. DFID, "Eliminating World Poverty: Making Globalisation Work for the Poor," 2000.
  7. Dollar, David and A. Kraay, "Growth Is Good for the Poor," Journal of Economic Growth, Vol.7, No.3, 2002.
  8. Escobar, Arturo, Encountering Development: The Making and Unmaking of the Third World, Princeton, New Jersey: Princeton University Press, 1995.