フラッシュバック貧困削減
昭和の時代に子どもだった人々にとって、未来と言えば「21世紀」だった。鉄腕アトムは21世紀に生まれ、ドラえもんは22世紀から来たとされていた。20世紀の次は21世紀と考えるのが自然だった。
しかし西洋の人々にとって20世紀の次の時代は、「新ミレニアム」でもあった。21世紀はキリストが生まれてから3つ目の「1000年(ミレニアム)」の始まりの世紀として特別視された。西暦2000年は新ミレニアムの最初の年とされ、この日本人には耳慣れない、ミレニアムという語を冠したミレニアム開発目標(Millennium
Development Goals: MDGs)が、それ以降注目を集めることになる。
ミレニアム開発目標
国連機関が掲げるこの種の目標は、通常努力目標のように見なされ、大きな成果を上げることが少なかったのみならず、そもそもあまり注目されなかった。しかしミレニアム開発目標は、高い関心を集めた。それは、教育、ジェンダー、保健、環境といった複数の分野の目標を統合したことに加え、その機能が努力目標を超えて、賞罰の基準として用いられることに依っている。MDGsは、分野ごとに達成度を測る数値指標が特定され、その指標でみた進捗状況が芳しくない場合には、援助計画の見直しが図られるという形で、いわゆる成果主義が用いられ、国際開発の努力に対する賞罰が伴っていた。またMDGsに添った目標達成のための方法も、各国が作成する貧困削減戦略書(Poverty
Reduction Strategy Paper: PRSP)に盛り込まれるので、実行が伴っていた。アジア経済研究所の月刊誌である『アジ研ワールド・トレンド』は、2003年に特集「ミレニアム開発目標-2015年を目指して」を計画し、MDGsの各分野の目標に関する現状をサーベイした。
貧困の多様な側面
このころMDGsと同義のように扱われて、広く国際的な目標とされたのは貧困削減であった。2000年に出版された世界銀行(World
Bank) の『世界開発報告2000/2001-貧困との闘い』は、それまで所得だけで捉えられてきた貧困を、安全保障やエンパワメントといった観点からも分析する必要性を示した。また国連開発計画(United
Nations Development Programme: UNDP) は、所得のみならず、教育や保健に関する貧困も同様に重視した人間開発指数を作成し、毎年公表している。
このような潮流を受けて『アジ研ワールド・トレンド』2005年6月号に「『貧困』で学ぶ開発-諸学の協働」という特集が企画された。これは民俗学、法学、保健学、人口学、社会学、政治学といった多様な切り口から貧困に光を当てようとする試みである。 また貧困概念の多角化を背景に、「安全保障」という概念も、それまで用いられてきた国家対国家の文脈を超えて、「人々の、健やかで平和な生活を保障する」という「人間の安全保障(human
security)」へと発展した。これにより、人々を取り巻く災害や暴力、感染症のアウトブレーク、食料価格高騰といった危険の生じる頻度と、それらが生じることを予想した対策構築に関心が集まった。そこで『アジ研ワールド・トレンド』は「人間の安全保障の現在」と題する特集を2006年1月に企画した。ちなみに人間の安全保障は、日本政府が国際協力に際して重視している観点でもある(外務省のページを参照)。
先進国の役割
さて、MDGsの進捗状況が最初に大きな話題となったのは2015年までの期間の3分の1を経過した2005年であった。1月には、当時の国連事務総長から委託を受けたミレニアム・プロジェクトのディレクターであるジェフェリー・サックス(Jeffrey
Sachs) がInvesting in
Development と題する報告書を発表した。これは2005年初の時点でのミレニアム開発目標達成度の中間評価と、それに基づく提言を含んだものであった。サックスは個人的にも一般向けに『貧困の終焉』(The
End of Poverty) を出版し、議論を盛り上げた。 同時に注目されたのは、先進国の役割であった。それまで貧困削減は主として開発途上国の事業と見なされていたのであるが、MDGsの目標8で取り上げられていた先進国の役割が、中間評価と共にクローズアップされることとなった。これを受けて『アジ研ワールド・トレンド』は「貧困削減-先進国に向けられる目」と題する特集を行い、MDGsの目標8に列挙されている先進国の取り組みのうち、開発援助、債務削減、貿易を通じた開発、必須医薬品の提供等について、当時の進捗状況を整理した。
より革新的な取り組みを
2010年9月にもMDGsの2回目の中間評価が国連総会においてなされ、先進国の協力の必要性がさらに強調された。しかしその一方で、MDGsの期限である2015年はすぐそこまで迫ってきており、2015年以降に世界がどのような取り組みをなすべきかが議論されている。それは一つには、援助のスケール・アップを超えて、国際協力や国際開発の仕組みがどのように変更されるべきか、という視点である。そして今ひとつは、MDGsではカバーされなかったトピックをどのようにしてMDGsの枠組みの中に取り入れていくべきか、という視点である。これらの視点についてアジア経済研究所は、世界銀行、朝日新聞社と共催のシンポジウム「貧困削減を越えて」(朝日新聞社のページも参照)で議論し、Poverty
Reduction and Beyond という書物を出版した。(このシンポジウムの内容の要約については『アジ研ワールド・トレンド』2008年5月号を参照) 一方、援助のスケール・アップを超えた、国際開発の仕組みの変更や新しい制度の開発は既に一定程度進展を見ており、それらの取り組みの詳細は、「貧困削減のための制度的イノベーション-経済学に基づく実験」と題して『アジ研ワールド・トレンド』2009年8月号に特集されている。取り上げられているのは、農業天候保険(weather
derivative)、マイクロ保険、条件付き所得移転(conditional cash
transfer)、ワークフェア(workfare)、ワクチン買取補助金事前保証制度(Advance Market
Commitment)である。 また、MDGsでカバーされなかった主要トピックのうち、「障害と開発」については、アジア経済研究所は、広く研究とサーベイを行っている(詳しくは「障害」のページを参照)。
おわりに
新ミレニアムになってから10年が経過し、この間、貧困削減に関して大きな進展を見せた国々がある(例えば中国やインド)一方で、進展があまり見られない国々もある(例えば、紛争にさらされている国々)。しかしながら、世界的な技術革新やグローバリゼーションによって、貧困削減が進展していない国々でも、人々の生活には大きな変化が見られる。その代表は携帯電話の普及だが、マイクロファイナンスや参加型開発など、制度的な新機軸も見られる。これらの新しい動きをアジア経済研究所研究者等17人で執筆した入門書に高橋和志・山形辰史編
『国際協力ってなんだろう』岩波ジュニア新書がある。貧困削減のための新しい取り組みについて、今後も注目していただきたい。
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