skip to contents.

フォト・エッセイ

ロロ族の女性(ハザン省ドンヴァン県)
ロロ族の女性(ハザン省ドンヴァン県)
アジ研ワールド・トレンド2009年9月号(第168号)掲載

ベトナム北部山岳地域の民族衣装


麻を収穫する黒モンの女性(ラオカイ省サパ)
麻を収穫する黒モンの女性(ラオカイ省サパ)

赤ザオの子供(ラオカイ省サパ)
赤ザオの子供(ラオカイ省サパ)

パテン(Pa Then)族の女性(ハザン省バックアン県)
パテン(Pa Then)族の女性(ハザン省バックアン県)

マンの子供(ライチャウ省フォントー県)
マンの子供(ライチャウ省フォントー県)

ベトナムには54の民族があり、総人口の85%以上を占めるキン(Kinh)族と、53のいわゆる少数民族で構成されている。この54という民族数は当局により1979年に確定されたものであるが、実際には民族の区分はもっと細分化されているという(伊藤正子[2008] 『民族という政治—ベトナム民族分類の歴史と現在』三元社)。それは少数民族、特に女性の民族衣装の多様さからも容易にうかがえる。

ベトナム北部山岳地域は、色鮮やかなさまざまな民族衣装があることで有名である。特にフランス植民地時代から避暑地としての歴史を持つ北部最大の観光地ラオカイ省サパを抱える北西部には、近年多くの外国人観光客が少数民族の衣装を見るツアーで訪れている。

サパでは、流暢な英語を操るモン(Hmong)族の女の子たちがみやげ物を売りに来る。彼女らは濃紺の藍染の民族衣装を着ており、「黒モン」と呼ばれている。ろうけつ染めの独特の模様の衣装である。また、帽子やネックレスなどの装飾品にもその独特の模様が施されている。

サパでモン族のつぎによく見かけるのはザオ(Dao)族、特に赤い布を頭に丸めて載せた「赤ザオ」である。ザオ族の衣装は、草木や馬・犬などの動物をあしらった細かい刺繍が美しい。

サパからの日帰り観光コースとして人気が出つつあるバックハーという町に行くと、同じモン族でも「花モン」が圧倒的に多い。彼女らの衣装は、藍染をベースとしつつも原色の糸を使った華やかな刺繍に彩られたフレアスカートである。頭飾りも赤、青、緑などの鮮やかな色のチェック柄の布が多い。

黒モンや花モン、赤ザオの染めや刺繍があしらわれたクッションカバーや財布といったおみやげ物は、ハノイのみやげ物店でも目にすることができる。しかし、現地で実際に見る民族衣装の色鮮やかさやデザインの美しさは格別である。

一方、サパから西に向かい2000メートル超の峠を越えてライチャウ省フォントー県まで行くと、さまざまな民族衣装の女性を一度に見ることができる。モン族やザオ族の間にも、ここでは数種類のサブグループがあることが、その衣装や頭飾りの色や形の違いから分かる。

ライチャウ省をさらに西に進んで行くと、丈の長い巻きスカートの女性たちが目立ち始める。その衣装は、この地域のおもな住民が元々現在のタイやラオス方面から来た民族であることをうかがわせる。

モン族やザオ族がろうけつ染めと刺繍で布に模様をつけるのに対し、この地域のターイ(Thai)族やラオ(Lao)族、ルー(Lu)族の女性たちは、おもに織りのパターンによって模様を作る。どの家にも立派な織り機があり、女性たちが色とりどりの糸でパターンを織り込んでいる光景が、集落のあちこちで見られる。麻の布が中心であるモン族やザオ族と異なり、ここではおもに絹や綿の布が使われ、養蚕や綿栽培も行われている。藍染にもサパあたりとは異なる、マメ科の植物が使われている。

ベトナム北東部の山奥に、非常に美しい衣装を持つ民族がいるという評判を聞き、ある日訪ねてみることにした。お目当てはロロ(Lo Lo)族。筆者の友人のハノイっ子の中でもこの名前を知っている者は少ない。サパのあるラオカイ省の東隣、ハザン省の省都ハザン市からさらに車で2時間以上も山を登り、北の果てドンヴァン県の中国国境まであと数キロという地点に、ロロ族の集落はあった。

人々は一見平地のキン族のように見えた。そして話してみると、みなベトナム語もしゃべる。女性もTシャツ姿で、スカートをはいていることでかろうじて少数民族と察しがつく、といった具合であった。気をつけていなければ見過ごしてしまいそうな、小さな集落の地味な服装の人たちである。

ところが、1人の少女(と思ったらもう一児の母だった)に頼んで民族衣装を見せてもらうと、その評判の理由が瞬時に理解できた。色使いも鮮やかな独特のパターンのパッチワークを凝らした上着や、丈の長いスカートが目を惹く。上着やスカートもその形といいパターンといい、ほかの民族衣装にはない独特のものがあるが、頭に巻いている布に絞り染めが施されているのも非常に特徴的である。衣装を1着作るのに2年はかかるという。筆者がこれまで見たことのある民族衣装の中で、最も印象に残る衣装であった。

北部山岳地域の経済的にも自然条件的にも厳しい生活の中で、女性たちは自分達の衣装を愛し、ひっそりと伝統を守り続けている。しかし、既に日常では民族衣装を着ていない女性も珍しくはない。また、伝統的な染めや織りの技術を放棄し、衣装の材料を市場で購入している人たちも多い。事実、ロロ族の色鮮やかな衣装は化学染料で染めた布や糸が使われており、その他の装
飾品も含め、その多くは中国製である。

ただ、そのことを伝統の衰退・破壊と呼ぶのは、部外者の身勝手な感傷というものであろう。民族の枠を超えた近代化、市場経済化の波が、少数民族の暮らしを大きく変えている今日、伝統を守ることの意味も手段も異なってきて当然である。伝統を守るという行為の本質は、時代の流れに無理に逆らうことなく続けることにあるのではないだろうか。伝統などというものは実は固定的なものではなく、伝統的だとわれわれが勝手に思っている衣装も、100年前にはモダンなモードだったのかもしれないのだから。


(さかた しょうぞう/国際交流・研修室)