一見するとアリの巣にも似た迷路のようだ。泥壁造りのマッチ箱型平屋が、身長よりもやや高い塀に囲まれて、神秘のベールに覆われるように軒を連ねている。
ここはパキスタンの首都イスラマバードとその隣町ラワルピンディとの境界付近にある「アフガニスタン難民キャンプ」。一昨年前、パキスタン政府により取り壊されて以来、大部分が空き地と化したが、残された家屋に居残り組の難民家族が今もひっそりと暮らしている。
すぐ脇の幹線道からそのキャンプ内へ向かうと、こちらを振り返る子供たちが一斉に大声で叫んだ。「ハロー外国人!」。5人以上の少年たちが全エネルギーをこちらへ注ぐように、束になって駆け寄ってくる。悪戯っ子の関心はまず私の肩にかかっているカメラだ。触ってみる引き寄せてみる、挙げ句の果てにはシャッターを押してみよう、フタを空けてみよう、と。日頃、小学校へ通えない少年たちの好奇心は強すぎるほどだ。「カメラはオモチャではないよ」と、私は少年たちに注意を促したが、家父長制社会のせいか影響力は全くないに等しい。目前を通りかかったアフガニスタン人の年配男性から頭をコツンと叩かれて、少年たちは、一瞬だけ落ち着くのだった…。
約30年前、旧ソ連のアフガニスタン侵攻で、当時紛争に巻き込まれた人々が難民となって国外へと脱出。以来、アフガニスタンは内紛を繰り返し、2001年10月の連合軍によるアフガニスタン攻撃によって、アフガニスタン人の国外退去のピークを迎えた。
2002年以降、隣国パキスタンより約300万人のアフガニスタン難民が帰還したが、パキスタンに未だに215万人以上住んでいることは意外と知られていない。その過半数以上は都市部に住んでおり、定着化した人もいる。
「20年前にアフガニスタンからやってきました。私たちの家はここパキスタンです。アフガニスタンに戻ってビジネスも含めてゼロから再スタートを切るのは難しいです」。
イスラマバードで宝石商を営む40代の男性は、苦虫を噛み潰したように語った。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が行った難民調査によると、およそ84%のアフガニスタン難民が、本国アフガニスタンへの帰還に不安を抱えているという。具体的にはアフガニスタンでの治安、土地や住まい、生計など。本国へ戻りたくないとの理由から、難民登録を済ませていない人々も少なくはないという。最近はタリバン勢力の復活が徐々に全土に広まっており、対タリバン政策に関するカルザイ政権の動向もまた難民の帰還を左右する大きなファクターである。
一方、難民にとってパキスタンでの暮らしぶりが良いかというと、必ずしもそうではない側面もある。特に、紛争などの影響も含めて極度にインフラが整っていない環境で過ごしてきた人々、あるいは学校教育を受けていない人々など、低賃金の労働者として過酷な肉体労働を強いられている人をいたる所で多数見かけた。
イスラマバード郊外の難民が多数住んでいるタライ地区にて、パキスタン在住20年のアフガニスタン人男性カジさん(65歳)は、素焼きレンガ造りのため、満身の力をこめてカマを振り上げ、泥をこねていた。
「この仕事をもう20年続けています。ブロック1000個完成させると報酬は290ルピー(約600円)です。雇用者側はそのブロック1000個を1000ルピーで販売しているので、もう少し報酬を上げてもらえないかと交渉しましたが、『文句があるなら昨年と前月の報酬を返してくれ!』といわれました。もうそれ以上は何もいえませんでした」。
アフガニスタンで繰り返されてきた紛争に巻き込まれ、平穏を求めて流れてきた難民の苦労は今も続いている。レンガ職人のほか、農場作業員や食材売り、荷物運搬人、絨毯織りなどを、街や郊外で見かける。
貧困からなかなか脱せぬ状況下、アフガニスタン難民キャンプの一部が近年、過激派の温床になっていることが指摘されている。パキスタン政府は、治安上の理由でキャンプの閉鎖を決定するべきだと主張し、昨年、UNHCRおよびアフガニスタンとの間で、難民に関する三者協議を行った。その結果、キャンプ4カ所(北西辺境州2カ所とバロチスタン州2カ所)の閉鎖が決定し、既に2カ所で難民の退去がほぼ完了した。
では難民たちはどこへ行くのか、と思うのだが、パキスタン政府は2つのオプションを用意した。ひとつは、アフガニスタンへ帰還したい人にはUNHCRによる支援プログラムを利用できる措置。もうひとつは、帰還したくない人に対してパキスタン政府指定の別のキャンプに移動する措置だ。
既に閉鎖された、イスラマバードとその隣町ラワルピンディとの境界付近にあるキャンプに暮らし続ける男性に、アフガニスタン人難民か尋ねると「パキスタン人です」と答えたように、閉鎖を目前にしたバロチスタン州のキャンプ内にも「我々はアフガニスタン人ではありません」と主張し、抵抗運動を行っている難民たちがいる。この地域は5月に一時治安が悪化して立ち入れなくなったが、それ以降は平穏に帰還または移住の準備が進められている。
結局、今年は春までにパキスタンから約25万人のアフガニスタン難民が帰還したという。昨年度の同時期と比べて3倍増加した。帰還への圧力がアフガニスタン難民に重くのしかかっていることの表れであろう。
