1998年にアバチャ軍事政権が倒れて、民政移管を掲げていたオバサンジョが翌年の大統領選挙で当選し、民主化を達成したナイジェリア。空と海の玄関口となっている大都市・ラゴスの街を歩いていると、軍事政権時代にはなかった活気を肌で感じることができる。ラゴスの街は、どこへ行っても人で溢れかえっているが、大きなバス・ストップ界隈には、とりわけ大きな人のうねりができている。
人の往来の激しいバス・ストップ界隈には無数の露店が並び、日用雑貨から、家電製品、ナイジェリアの伝統的なものまで、実に様々なものが売られている。民主化後、これらの露店を眺めて感じることは、軍事政権時代よりも洗練された品物が数多く並べられていること。東南アジアから輸入されているという日用雑貨やアクセサリーなどを見ても、その質は向上しているし、商品の種類も増えている。また、バス・ストップ界隈の路地裏に点在しているバービングサロンを覗けば、理髪師が手際よく客の対応をしている姿を見ることもできる。筆者は、1994年から6回ほどポピュラー音楽や伝統的な宗教の取材などでナイジェリアに来ているが、これほど活気に沸くラゴスの街を見るのは初めてだ。
20年以上、ナイジェリアの有名なミュージシャンであるフェラ・クティのオフィシャル・カメラマンをやっていた友人のフェミ・ウスンラ氏は、ミュージシャンの没後、国内外で様々な活動をするようになった。2005年には、ニューヨークやロンドンなどで前述のミュージシャンの写真展を行い、それが話題となったことで、大手の新聞などのインタビューを受けている。彼と初めて会ったのは1994年だったが、最近は、将来の展望を語るようになった。「この数年、自分の活動の場は拡がりつつあると思うよ。ラゴスにいるときも仕事が舞い込んでくるようになった。結婚式やイベントの撮影から、雑誌・新聞の依頼まで、いろいろな仕事が入ってくる。欧米や日本とは違って、(ナイジェリアでは、フィルムが主流なので)デジタル化には時間がかかると思うけど、数年後にはデジタルカメラやコンピュータを導入したいと思っている。いつかは、日本でも写真展をやりたいね!」などと話してくれた。
また、フェミ氏の遠戚で、テレビ局の仕事を請け負っているフリー・ビデオカメラマンのコラオレ氏も、仕事が軌道に乗ってきたと言う。「アバチャ軍事政権が倒れて、民政移管を掲げて当選したオバサンジョに代わってから、少しずつ状況が上向いているんだ。我々は、アバチャという最悪のリーダーを国のトップに置いてしまった。今、その反省から立ち直ろうとしているところだ。自分は、テレビ局の依頼で、市民の暮らしぶりや伝統的な行事などを撮っているけど、前のように(取材先から)『謝礼』を要求されることは少なくなったよ。これは、自分たちからカネを取らなくても、食べていけるようになったからだ。最近、携帯電話を買ったけど、その権利金も安くなった。今はとても仕事が楽しいよ!」と、嬉しそうな表情で話してくれた。コラオレ氏は、先輩カメラマンのビデオカメラを借りて仕事をしていたが、2年くらい前に貯金を下ろして、自前のビデオカメラを買ったという。
この二人は、メディア関係の仕事をしているので、一般の人たちとは多少立場が異なるが、フェミ氏の友人で、前述のミュージシャンの衣装を作っていたこともある男性がオーナーをしている洋品店を訪ねると、数人の従業員が夜遅くまで仕事をしていた。オーナーの男性は、「最近は、スーツのオーダーが増えたね。みんなビジネスに目覚めたんだよ。アクションを起こすことによって、生活が豊かになることを実感しているんだ。アバチャ政権時代は、あきらめムードが蔓延したけど、それはもう過去の話さ。いまだに、人の物や金を巻き上げようとする奴はいるけど、自分の力で道を切り開いて行こうという人は確実に増えているね!」と話してくれた。彼の夢は、子どもたちを大学に行かせることだという。
筆者は、カメラを持ってラゴスの街を歩き回るのが好きだ。軍事政権時代は、軍人が自主的に「検問」をやっていて、欧米からやって来るビジネスマンやタクシーの運転手に難癖をつけて、「ビール代」という名目の「袖の下」を巻き上げていた。しかし、最近では、そのようなこともなくなりつつあるという。一番嬉しいのは、カメラを持って歩いていても、軍事政権時代のように「拘束」されないこと。軍事政権時代は、カメラを持って歩いていると、「スパイ」という烙印を押されて、軍人に「拘束」される可能性が高かった。もちろん、彼らの目的は、「袖の下」だったが、このような体験をすることもなくなった。今、ラゴス市内の主要なバス・ストップ界隈を歩いていると、ビルの建築ラッシュが目につく。おそらく、多くの人たちが新しいビジネスを始めようとしているのだろう。
オバサンジョ大統領は、就任以降、腐敗の撲滅などを目標として、政治・経済改革を推進している。ところが、現実的には民族や宗教の対立や治安悪化など、克服することの難しい問題に直面している。産油地帯であるナイジャー・デルタ地域では、2005年9月以降、石油プラントの爆破、外国人労働者の誘拐が相次いでいる。このような点を見ると、状況は好転しているとは言い難いが、一般の人々の暮らしぶりは、少しずつ上向いているように思える。筆者は、ラゴスの街で暮らしている人々を見ていると、希望に満ちた未来像を手に入れた喜びを噛みしめているように思えてならない。
