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社会開発 Social Development

発展は経済だけの問題ではない

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アジア経済研究所は1962年に「アジア経済研究所法」に基づいて設立されたが、当初英語名は無かったので数年後に英語名を作り「Institute of Developing Economies」と名乗ることにした。直訳すると「発展しつつある経済主体に関する研究所」ということになろう。この英語名が示唆していることは2つある。

一つはアジ研の研究対象が「アジア」に限らず、途上国全般に及ぶこと。二つめは「経済発展」が関心の中心であることである。この場合の「Economy」は、国家や地域などを単位とした経済組織・経済機構をさしているのだが、「Institute of Developing Countries」としなかったのは、あくまでも経済発展こそがDevelopment(開発・発展)の王道である、という1960年代当時の思想潮流を反映したものだと言えよう。

しかしその後、開発研究・途上国研究の深化につれて「開発・発展」のためには経済開発のみでは不十分であり、現在では「社会開発」が重要であるとの認識が広まっている。この場合は“Economies”を広く解釈して、そこに社会的側面をも含むという解釈が成り立つだろう。
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ところでアジ研は、その設立の当初から「現地主義」を唱え、若手研究者を途上国に2年間派遣し、現地の人々の生活実態を身をもって経験させ現地語を習得させることによって、地域研究者を育成することを基本としてきた。そして地域研究者となるためには、担当する「国・地域」の経済のみならず、歴史、文化、政治、社会などに関する包括的な知識を身につけることが不可欠である。その結果、アジ研の研究者の研究テーマは「経済学」のみならず、「社会学」「政治学」「法学」「人類学」「国際関係論」などの分野に広がっていった。こうした研究を通して、アジ研の研究者は広義の「社会開発」に早くから注目していたといえよう。

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1990年代にようやく社会開発が研究テーマとして本格的な注目を浴びるようになるが、その背景には1990年にUNDPが「人間開発報告」の発行を開始し、その中で「人間開発指標(HDI)」を提唱したことや、1995年にコペンハーゲンで「国連世界社会開発サミット」が開催されたこと、1997年にイギリスの開発援助庁(DfID)が「すべての援助は貧困削減に集中すべき」と宣言したこと、世界銀行も1980年代の「構造調整」の負の側面を是正すべく「社会的セイフティーネット」に注目し始めたことなどがある。アジ研においても地域横断的な「社会開発」をテーマとする研究が1990年代に本格的に登場し、2004年にアジ研の組織改編が行われ、研究部門が「地域研究」「開発研究」「新領域研究」の3部門に統合され、新領域研究センターの中に新たに「貧困削減・社会開発研究チーム」が設置され、社会開発がアジ研の研究の柱の一つとして位置づけられるに至った。

現在、佐藤寛らは「援助研究」の文脈で社会開発を取り上げる一方、米村明らは「教育開発」の視点から社会開発の問題に取り組んできた。また、森壮也らは「障害者」の視点から社会開発の問題に取り組んでいる。また、ジェンダーの視点から社会開発に関する研究を村山真弓らが行ってきた。
佐藤 寛