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貧困・不平等

貧困 Poverty

開発研究の原点と目標

バングラデシュ・ダカ市のアガルガオン地区のスラム
バングラデシュ・ダカ市の
アガルガオン地区のスラム
1.貧困を見る視点
貧困を見る場合には、どのような社会でも必要最低限の生活水準に注目するものを「絶対的貧困」(absolute poverty)といいます。これに対して社会の生活様式や経済の発展段階に応じて貧困も違っていくという見方(「相対的貧困」(relative poverty))もあります。最近では様々なリスク、ショックやストレスに弱い、あるいは生活への重大な打撃から身を守る手段をもたない状況を「脆弱性」(vulnerability)と呼んでいます。また長期的な社会経済構造の問題に由来する「慢性的貧困」(chronic poverty)に加えて、短期的な経済変動などによって生じる「一時的貧困」(transient poverty)も注目されています。
2.貧困指標
貧困層を特定するには何をもって生活水準の指標とするかを決める必要があります。一般的には実質消費額を生活水準の指標にします。貧困指標には貧困者率(Head Count Ratio)と貧困ギャップ率が代表的なものです。具体的には最低限のエネルギー摂取量に必要な食糧を購入できる支出額に最低限の非食料支出を加えて最低限の消費支出、貧困線(ライン)を求め、これ以下の消費しかない人を貧困層とみなす方法があります。よく参照されるのは、1人当たり 1日1ドルを貧困ラインとするものです。ここでは各国の家計消費の調査結果を購買力平価で実際に消費できる財の量が等しくなるように換算しています。貧困ライン以下の所得(あるいは消費)しか得ていない人の人口に占める比率が貧困者率です。この指標では貧困層の大きさは分かりますが、個々人の貧困の深刻さはわかりません。また所得移転をする場合には、それほど所得が低くない人に与えた方が貧困者率も容易に下がることになり、極度の貧困層の救済が見送られる可能性もあります。これに対して貧困層の所得が貧困ラインの所得から不足している比率を示す貧困ギャップ比率は貧困の深刻さを見るのに役立ちます。貧困ギャップ比率は以下のように計算されます。


貧困ギャップ比率


ここで分子の総和記号は貧困層(消費水準が貧困ライン以下の人々)に関して合計する、ということです。貧困ギャップを利用すれば貧困者の消費水準が低下したときには貧困指標が増加するので、貧困層の状況を反映する、という意味で、この指標は貧困者率よりは望ましい指標です。さらに、二重貧困ギャップ比率も提案されています。これは貧困層の消費水準の貧困ラインからの不足分を二乗し、それを貧困層に関して合計して指標にしたものです。消費水準の不足分を二乗することで、より貧しい人々の状況をより大きく貧困指標に反映させようというのが趣旨です。

消費支出で貧困を捉える見方は生活に必要な財・サービスに注目していることを意味します。しかし実際には財やサービスで人間がどのような状況(「○○であること」 being)や活動(「○○すること」doing)をしているのか(アマルティア・センの言う「ファンクショニング (functioning、「機能」ということもある))、ということが貧困にとっては重要です。このような意味では、健康や寿命、識字能力などの社会指標は貧困を見るにも有用です。このような指標のひとつが国連開発計画(UNDP)の人間開発指数(Human Development Index, HDI)です。

3.貧困削減政策
1970 年代に貧困への取り組みが本格化した時には「成長による再分配(Redistribution with Growth, Chenery et. al.[1974])」が提案されました。また1976年ILOの世界雇用会議では「ベイシック・ヒューマン・ニーズ」(Basic Human Needs, BNH)の概念が提唱されました。BHNは人間の「基礎的必要」を充足するために成長だけでなく資産の再分配や制度改革が必要だという考え方です。「基礎的必要」に含まれた項目は最低限の消費、適切な食糧、住居、衣服などのほか、安全な飲料水や公衆衛生へのアクセス、公共交通の利用、医療や教育、さらに雇用や人権の保障などもありました。1990年代は構造調整(1980年代)や開発援助の意義の見直しなどを踏まえて、貧困に対する関心が高まり、特に制度やガバナンス、貧困の所得以外の側面(人権や社会的排除)、地域コミュニティへの参加や人々の自発的な「公共活動(Public Action, Drèze and Sen[1989])」が注目されました。特に大きな反響があったのは、1990年と2000年の世界銀行『世界開発報告』(World Bank[1990,2000/2001])、1990年以降の国連開発計画『人間開発報告』(UNDP)です。『世界開発報告2000/2001』は貧困削減を機会の促進、エンパワーメント、人々が直面するリスクに対する社会保障の3つの次元で考察し、制度やガバナンスを重視しています。『人間開発報告書』は人間の生き方の選択を拡大することを理念として、人間中心の開発政策を提案しています。ドレーズとセンによれば貧困削減や社会保障にはひとの所得や能力を持続的に改善する「促進のための手段(promotional measures)」、緊急事態(災害や経済危機など)からひとを守る「保護のための手段(protective measures, safety nets)」があります(Drèze and Sen(1989))。「保護のための手段」にはセイフティネットと言われる施策や資産の提供、また低所得者の財利用可能性(「エンタイトルメント」と呼ばれる)の改善などが含まれます。

最近注目されているのはターゲティング(特定の指標によって政策の受益者を絞り込むこと)には、政府と社会の情報ギャップ、行政コスト、インセンティブに及ぼす影響などの問題が伴います。受益者の制限をしないと非貧困層にも便益が及びますが、資力調査(means test)を厳密にすると行政コストが大きくなり、貧困層の負担も大きくなります。また所得と密接に相関する変数で観察が比較的容易なものを指標にして受益者を決める方法も考えられます(地域、エスニック集団、世帯主のジェンダー、住宅の状況、飲み水などアメニティ資源へのアクセスなど)。また「自己ターゲティング(Self-Targeting)」といって、貧困ではない人たちは進んで参加したいとは思わない形に実施枠組みを作り、貧困層だけが残るようにする方法もあります(公共の雇用創出事業で賃金を最低生活水準の近くに設定するとあまり最低賃金以上の生活ができる人は参加しない)。
野上 裕生