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イスラームと政治 Islam and Politics

政治のなかの宗教

ヒズブッラーの勝利を讃えるダマスカス市街
ヒズブッラーの勝利を讃える
ダマスカス市街
政治のなかで宗教はどのような役割を果たしているのでしょうか? この問いに対する答えは実にさまざまです。例えば、宗教の教義や信仰心に着目した場合、宗教的価値や神性そのものが、政策や政治的言動を正統化したり、社会運動、政治運動、そして大衆動員などの原動力になっていると答えることもできますし、宗教集団への帰属に目を向けると、それが社会・政治集団の形成を規定し、場合によっては政治制度や政治体制にも影響を及ぼしていると指摘することもできます。しかしどのような問答が行われるにせよ、こうした議論が中東のイスラーム教と政治の関係をめぐってもっとも盛んになされていることを否定する人はいないでしょう。

イスラーム教と政治の関係については、東南アジア、南アジア、アフリカなど、イスラーム教徒が多く済む地域・国を対象とした研究においても積極的に取り上げられるようになりましたが、中東では現在、主に二つのテーマが政治的懸案となっています。
第1に、「イスラーム原理主義」、「イスラーム復興主義」、「イスラーム主義」などと呼ばれる思想・政治潮流をめぐる問題です。9・11とともに関心が高まったこの問題は、ともすれば「文明の衝突」や「イスラーム=テロ」といった一般論やイメージのなかで取り上げられがちです。しかし実際のところ、「イスラーム原理主義」に関連する政治的現象は十把一絡げに論じられるべきではなく、「イスラーム原理主義」に属す個々の組織・活動家が自らの回帰すべきイスラームをどう認識しているのか、いかなる政治手法を採用しているのか、既存の社会・政治秩序をどのように変革しようとしているのか、などを具体的に分析する必要があります。

第2に、「宗派主義」をめぐる問題です。「イスラーム原理主義」が既存の秩序に挑戦する運動・思想とみなされるのが多いのに対して、「宗派主義」は、既存の秩序や社会的構成が「固定化」される過程で問題となる傾向にあります。ここにおいてより重要な意味を持つのは、教義や信仰心ではなく、宗教・宗派集団への帰属であり、それは多数派工作、合従連衡、政治的談合などにおける基準になることもあれば、そうした仕組みそのものが「制度化」されることもあります。サッダーム・フセイン政権崩壊後のイラクに代表されるように、「宗派主義」は近年、脱権威主義(ないしは「民主化」)の過程で政治的争点として提起されています。しかし、それは、さまざまな宗教・宗派集団、民族・エスニック集団を包摂する複合社会における政治体制の理想像などではなく、中東諸国が建国以来抱える、「国家と国民の不一致」という根本的問題が未解決のまま放置され、再生産され続けていることの表れなのです。

以上二つのテーマを見るだけでも、中東の政治と宗教(とりわけイスラーム教)が密接な関係にあることが窺えます。しかし、このことは、この地域でのすべての出来事が宗教と関連づけて解明できることを意味しません。なぜなら、「逆立ちしたイスラーム原理主義」とでも言えるこうしたアプローチは、中東の特殊性や独自性を必要以上に誇張し、冷静な政治分析の妨げになることがあるからです。政治のなかの宗教を見るうえでもっとも重要なことは、それが多かれ少なかれ政治の手段として利用されているという現実を認識することにあるのです。
(青山 弘之)