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地方分権 Decentralization

財政分権化についての理論と評価

はじめに
地方分権とは、中央政府から地方政府の政治的決定過程へと権限を委ねることを意味します。この権限の委譲にあたって、どのような権限を、どの行政組織(州、県、市、町、村など)に移すのか、といった具合に場合分けをすると容易に想像がつきますが、一口に地方分権といっても、さまざまな形態があり得ます。ここでは、過去30年の間に途上国でも推し進められてきた地方分権について、財政分権化に焦点を絞り、その導入の背景にはどのような考え方、すなわち理論があるのか、実際に途上国で導入されている地方分権はどう評価されているのか、また評価する上での問題点は何かといったことに関して簡単に紹介します。
理論的背景
地方分権に関しての古典的理論としては、オーツ(Wallace Oates)による地方分権定理、そしてティブー(Charles M. Tiebout)による「足による投票」がよく知られています。彼らは、地方ごとに住民のニーズ(選好)が異なる場合には、中央政府と比較して地方政府のほうがより効率的に公共財を住民に提供できるであろうこと、また、住民が、各地方政府の提供する公共財の内容に応じて柔軟に移動するのであれば、地方政府間に競争が働き、よりよいサービスの提供が実現されるであろうことを導き出しました。その後、情報の経済学や契約理論といったミクロ経済学の成果をふまえて、地方分権の理論的研究が進められています(第二世代財政連邦主義)。

地方分権の具体的なメカニズム
資源の効率的配分という観点から、地方分権のメカニズムをもっと具体的にみてみましょう。例えば、全国に保健所と小学校を増設することになったとします。中央政府のみが担当する場合には画一的に設置してしまい、保健所はもう必要ない、と思っている住民のいる地方にも新たに設置されてしまうかもしれません。このときもし、地方政府に設置の権限が与えられていれば、そして、保健所と小学校とのどちらに対して住民のニーズがより高いかという情報を中央政府よりも地方政府のほうが正確に把握できるならば、限られた資源(予算)はニーズの高い項目へと振り分けられて、小学校へのニーズがより高い地方では小学校がより多く設置されるように公共財が供給されることでしょう。このように、地方分権の導入が資源の効率的配分—全体でみた場合の住民のより高い満足(厚生水準)—へとつながります。

ところで、地方政府はどのようにして住民のニーズを把握できるのでしょうか。住民は、特に選挙での投票行動を通じて、地方政府の政策に対して評価を下し、そのニーズ、例えば小学校の増設を実現した政治家を再選させるでしょう。政治家は、再選を念頭において、住民のニーズを考慮しながら地方政府予算を配分します。こうして、地方ごとに住民のニーズが把握され、効率的な資源配分が可能になると考えられます。その一方で、地方の一部有力者が権限を独占してしまい、特定の住民(団体)にのみ優先的に利益を配分するケースもありえます。ここからは、地方政府のアカウンタビリティ—(過半数の)有権者の選好に応えるよう行動し、その結果に政治的責任を負うこと[小西 2009]—を担保する制度の設計が重要だということが分かります。加えて、中央政府からの事後的な援助をあてにした歳出(予算制約のソフト化)を防ぐ仕組みがあることや、地方政府に政策を決定・遂行する能力が備わっていること、また、住民側に地方政府を監視してその政策を評価するインセンティブがあること、といった条件も前提となります。途上国では、地方分権が機能するためのこうしたさまざまな条件を満たすことがより困難なため、その実施には否定的な見解も少なくありません。

途上国を対象とした実証分析
実際に地方分権が導入されたことによって、途上国ではどのようなことが起こっているのでしょうか。先行研究を概観したバルダン(Pranab Bardhan)は、おおむね住民にとって望ましい状態がもたらされているとする研究が多い、とまとめています。例えば、ボリビアを対象とした研究では、その導入後に住民のニーズを反映した公共投資が増加していることを示しています。しかし、同時に彼が指摘するように、地方分権に関する実証研究の多くは、地方分権の前後で生じた何らかの変数(住民の厚生水準に関連する変数)の変化をみているに過ぎません。この変化をもたらしたメカニズムがブラックボックス内に置かれたまま分析されている、という点が問題として指摘されます。

この問題の背景には、地方分権の導入方法があります。各国が、異なる政治・経済的環境のもとでさまざまな形態の地方分権を導入しており、また、その実施にあたっては、地方予算の増加、歳出権限の拡大、政治的決定過程への住民の参加方法の変化といった制度の変更が、ほぼ同時に全国で起きています。そのため、導入後にみられた変化はどのメカニズムが働いた結果であるのか、突き止めることを難しくしています。さらに、導入前後に発生している政治的、経済的な事件やトレンドの影響も考慮に入れて分析する必要があります。

この点に関して興味深いのは、地方分権の影響評価といったような政治経済学の分野においても、実験経済学の適用がみられるようになってきたことです。例えば、村ごとに自由にその内容を決定できるプロジェクトについて、その決定への住民の参加形態—直接選挙か、もしくは代表制による協議—を無作為に村ごとに振り分け、二つのグループ間でどのような違いが生じたかを測った研究があります(プロジェクトの内容には差が出なかったが、直接選挙グループの満足度はより高かった[Olken 2008])。こうした実験的手法には倫理上の制約があることに加えて、結果の汎用性にも注意しなければなりませんが、何が重要な鍵となっていたかを識別することができる、というメリットには多大なものがあります。今後、同様な手法による研究が増えていき、理論から導き出された仮説(メカニズム)の検証が進んでいくことが期待されます。

おわりに
日本においても地方への財政権限の移譲が大きな課題となっています。先進国のみならず、途上国の経験からも私たちは多くを学び、また、日本の経験も各国に伝えることにより、お互いによりよい制度を構築していくことができるのではないでしょうか。
東方 孝之