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技術-技能形成 Skill Formation

国際競争力を説明する要因の一つとして

バングラデシュのニットウェア工場で編み機を操る女性労働者
バングラデシュのニットウェア工場で
編み機を操る女性労働者
「技能形成」の範囲
ここでとりあげる技能形成は、比較的狭い範囲のもので、工場労働者に必要な技能形成です。広い範囲の技能形成には、職人の技能形成なども含まれますが、ここで述べる技能形成が職人のそれではなく、工場労働者のものに限定している理由は、両者の技能に違いがあると考えるからです。その違いは、職人と職工(工場労働者)の違いを説明すれば、理解しやすいでしょう。

職人と職工(工場労働者)の違い
尾高研究成果は、職人は次の4つの特徴をもつと説明しています。それらは「(1)生産手段(道具、小設備)が私有されること、(2)職人の「腕」(技能の高低)は、生産物の出来栄えやサービスの成果によって客観的に測定でき、その結果によって職人の社会的評価がきまること、(3)生産技術は職人に体化して蓄えられ、したがって技能の習得のためには数年間の修行を要すること(徒弟制度)、そして(4)仕事の方法に関しては、作業者(職人)本人に大幅の自主裁量権があること」です。このことから明らかなように職人は、常時他人に雇用されて働く賃労働者ではありません。「これに対して職工は、職人と似ているが全く別の概念である。すなわち、職工は、工場のなかで働く、彼らは職人と違って、各人が必ずしも自己完結的な作業人」ではなく、他人に雇われて働く。「したがって、職工は、自己の生産手段を持たず、仕事の決定や進め方についても」職人のような決定権をもたない。工場は、「標準化された商品を生産するので個々の作業者の技能がそのまま製品市場の評価の対象となることはない」。「職工の技能水準の高さはむしろ企業(工場)全体に対する市場評価を高める」。「しかし、それだからといって、職工各人の仕事の成果が個別的かつ直接的に市場評価の対称となるわけではない」。このように職工は、職人の4条件をほとんど満たしていません。ここでいう「工場とは、資本設備を備え、『分業による協業』にもとづいて集団的生産作業を行う組織」です。
工場における支配的原理—工程の分割と統合・再編—
職人と職工(工場労働者)の技能形成を異ならしめているのは「工場」です。ここで工場を説明する必要があります。中岡研究成果は、工場による生産を支配している原理は、分業にもとづく協業と述べる。それは1人の人間によって始めから終わりまで一貫して行われる作業の様式に対立しています。これと同時に工場を理解するには、工程という概念が重要です。工程は、生産を要素に分解し、専門の作業者によって行われるようになった各作業を、製品の加工の順序、つまり製品の移動の経路に再編したものです。工程は、製造の目的と対象の構造に応じて分割し統合されて再編されます。そこでは、コスト、労働力の質、工場の歴史、技術者の専門と好みに支配されながら、一定の原理をもって分割、統合再編が繰り返されます。その原理は、「できるかぎり単純なそして標準化され規格化された、できるかぎり少数の要素的操作や作業に全体を分割還元させ、それぞれを完璧に遂行する専門化された装置、専門化された作業者を作り出し、それを用いて全体を再編成すること」です。

工場の技能
工場による生産は、工程が分割、統合再編されたりして専門化された作業者によって、専門化された装置を用いて行われます。このように工程が変われば、労働の内容が変わります。その変わり様は、分割と再編の有様によって異なりますが、単なる労働の不熟練化ではありません。もちろん失われる熟練技能もありますが、新しく発生するものもあります。それはすなわち「オートメーション工場においてもそこにおける労働の熟練は、工場の機械体系としての欠陥を人間が補う形で形成される」(中岡研究成果)という性質をもちます。

ここで熟練について、説明しましょう。中岡研究成果は、「熟練というもののポイントが『判断』と結びついているということは、作業を現実にやってみると疑いもなく納得させられる事実である」と結論付けています。しかしながら、これらの「判断にはほとんど思考めいた過程が介在してこないということは注意しておく必要がある。判断は、『兆候→結果(すなわちとるべき行動)』というふうに整理されたパターンの群のようなものであって、兆候をみとめると自動的に・・(中略)動いてしまうというふうに選択は行われてしまうのである。それはパターンそのものが、現場での兆候→処置のくりかえしの経験のなかで、いわば・・(中略)『反射』のパターンのように形成されているからであって、『敏速』が要求されればされるほど、経験をつめばつむほどますますそれは『反射』として完成されてゆくことになる。われわれの周辺では『熟練→カン→非科学的』といった把握が意外に根強いのであるが、それはあきらかにこの過程の『反射』に眼を奪われて、そこで行われている『判断』の知的性格と客観性とを見逃しているところからくるのである」と説明しています。

技能形成の研究目的
ここで、技能形成の研究が何に資するかを述べます。国際競争力を主な要素に分解すると、それは以下のようなものです。すなわち、(1)資金調達、(2)技術、(3)労働力、(4)経営、(5)原材料、(6)市場です。グローバリゼーションにより、資金調達と市場の壁が限りなく低くなると、企業の独自性、差別化できるものとして残るのは、(2)技術と(3)労働力と(4)経営です。これらをうまくデザインした企業が勝利します。このようにみると、技能形成は、国際競争力と国際分業を説明する重要な要因の一つとなります。

技能形成に関する研究
以下では、技能形成に関する研究を簡単に紹介しましょう。

泉研究成果は、グレゴワール研究成果が、欧米の職業教育訓練制度について比較研究を行い、主に徒弟制度の伝統が職業教育訓練制度の根幹をなす国(イギリス、ドイツ)と学校教育が技能者養成の唯一の担い手となる国(ベルギー、スウェーデン)があると指摘し、その両方の混合タイプとしてフランス、オランダをあげていますが、アメリカ合衆国はそれらとは異なると指摘しましたと述べている。また、デリンジャー=ピオーリ研究成果は、アメリカにおいては技術が企業ごとに特殊化してきたために、企業内訓練に頼る度合いが増えたことを明らかにし、一定数の労働者は外部から採用されるが、それより等級の高い職種で空きができると当該企業の内部で補充されるとして内部労働市場の役割を指摘しました。

「日本における技能者養成と訓練政策」については、泉研究成果が戦前から戦後の企業内訓練政策について簡潔にまとめています。それによれば、「技能の企業内形成およびそれと連動した内部昇進がいきわたっているわが国では、雇用を前提としない徒弟契約類似の養成契約が機能する環境になかった」としています。日本企業の技能形成がOJT(on-the-job-training)に依存していることは広く知られています。OJTとは、上司や先輩の仕事の仕方を見よう見真似で学習することではなく、従業員を最初は易しい仕事に就かせ、経験によって順次程度の高い仕事に割り当てる内部昇進の慣行のなかで、配置転換や1対1の職場指導を行い人を育てる仕組みです。それは、学校において一般的な技術・技能教育を受けた工場労働者が、特殊企業向けの技能を仕事をしながら習得する仕組みです。
小池研究成果の一連の調査は、日本の技能には他国に比較して深さと幅があることを分析し、されにそれが知識によって裏打ちされていることを様々な現場の調査から明らかにしました。

アジア経済研究所では、1986年から1987年にかけて「発展途上国における熟練労働力の形成」という研究プロジェクトを実施し『アジアの熟練』研究成果について分析をしました。本研究会では、フィリピン、台湾、韓国、タイ、マレーシア、インドの企業調査が行われました。その結果、日本の熟練形成が、企業内の異動や昇進というソフトウェアシステムのなかであたかも「自然」に作られているのに対して、アジア諸国ではその国に合ったソフトウェアの欠如のためにうまくいっていないことを指摘しました。この研究プロジェクトにおいて水野研究成果は韓国工作機械企業における技能形成を調査し、労働移動の激しい1980年代の韓国において、工作機械製造に従事する技能者は、技能の幅の狭い単能工と、同タイプの技能の経験が長い単能熟練工によって構成されていることを明らかにし、日本においては技能の範囲が比較的広い多能工が多いのと異なることを指摘しました。 

2001年から2002年のプロジェクトの成果である水野順子編著『アジアの金型・工作機械産業』研究成果においては、技能を知らない者にとっては、技能は、技術の進歩により消滅すると考えがちであるが、実際には技能伝承に失敗すれば技術進歩もそこで終わるものであり、途上国と日本の棲み分けの境界線は途上国と異なる技能を日本がもっているところにあるということを工作機械産業、金型産業において分析しました。
(水野 順子)