工業化

工業化-その担い手 Multinationals, State and Local firms

経済発展を進めるのは誰?

国際シンポジウムで講演するアリス・H・アムスデン女史
国際シンポジウムで講演する
アリス・H・アムスデン女史

経済発展は多くの場合、工業化すなわち一国の経済に占める製造業部門の比重の増大によってもたらされます。では、誰が工業化を進めるのでしょうか?あるいはそれを妨げるのでしょうか?この問題について、多国籍企業、国家、地場の民間企業の3者に分けて、そのうち誰にリーダーシップがあるのか、3者の関係はどうなっているのかという角度から考える議論の流れがあります。

早くから注目されたのは多国籍企業の負の作用です。彼らは搾取するばかりで、開発途上国を低開発の状態にとどめるという従属理論あるいは従属的発展論( Evans[1979]。「より深く知りたい人のために」参照 )(※1)が、ラテンアメリカから提起されました(cf. 途上国と国際関係 )。しかし、その後は主に東アジアの経験から、多国籍企業の直接投資は工業化に寄与しうること、彼らの支配は必ずしも強力ではないことが明らかにされています(cf. 貿易・投資 )。先進国企業の役割という点では、近年、 グローバリゼーション の中で開発途上国が彼らのヴァリュー・チェーンにどのように加わるかという問題が研究されています( Schmitz& Nadvi eds. [1999] )。

国家の役割を重視する研究の流れもあります。その源流を遡ると19世紀ドイツのリストまで行き着きますが、近年の議論に大きな影響力を持ったのはガーシェンクロンです( Gerschenkron [1962] )。彼は1960年代に、国家主導で後発性の利益を利用することによって急速なキャッチアップ型の工業化が可能であるという主張をしました。1980年代に世界銀行とIMFが市場主導型の開発プログラムを推進したことが( 絵所[1991] )、国家に関する議論を活性化しました。アムスデンやウェイドは世銀・IMFに対抗して、国家が経済発展をリードすべきであると主張を展開しました( Amsden [1989; 2001], Wade [1990] )。それを踏まえて、世銀は『東アジアの奇跡』等で若干の姿勢の変化を示しましたが、産業政策の有効性を否定することでは譲らず( 世界銀行[1994] )、両者の議論は平行線のままです。

地場民間企業については、従属理論やアムスデンらの議論を批判的に検討し、多国籍企業や国家の主導性を相対化する中で、徐々にその主体性が明らかにされてきました。主要な研究テーマは2つあります。1つはビジネスグループの研究です。多くの開発途上国では、限られた資本にアクセスできるビジネスグループがコングロマリット的に発展してきました。ビジネスグループは、蓄積した内部の資源を用いて産業構造の高度化を進めることができます。一方、ビジネスグループと国家の癒着もしばしば指摘されています。また、その大半はファミリービジネスですので、人的資源の制約が生じます。この問題は特に世代間の継承の際に深刻となります。彼らがこの制約を克服できるのかどうかは重要な論点です( 星野編[2004]、星野・末廣編[2006] )。

もう一つのテーマは中小企業あるいは企業間のネットワークです。中小企業を中心に構成されるネットワークは、内外の市場の変化に機敏かつ柔軟に対応することができます。また、分業が発達することによって、ネットワークの内部では起業が容易になります。香港や台湾の工業化においては、このような企業間ネットワークが重要であったことが報告されています( 服部・佐藤編[1996] )。最近の中国の急速な工業化においても、企業間のネットワークの役割が注目されています。

佐藤 幸人