経済成長

マクロ経済-景気循環 Business Cycles in Developing Countries

途上国と景気循環がどう結びつくのか?

ある人が「発展途上国と景気循環」というトピックを目にした時に、しばしば発する質問として、次の2つのものがあります。
「そもそも途上国に景気循環は存在するのか」
「途上国研究において景気循環の研究はどう重要なのか」
ここでは、この2つの質問に答えることで、「発展途上国と景気循環」研究への入り口としたいと思います。


図1

図1の青線は、ケニヤの実質GDP(対数変換値)を折れ線グラフにしたものです。一方、図1の赤線はトレンドと呼ばれるもので、言ってみれば平均的なGDPの成長の勢いを示しています。両者の差をとった部分をグラフにしたのが図2です。経済学者は、図2において山や谷になっている部分を景気循環(景気変動)と呼んでいます。図2から明らかなように、ケニヤには明らかに景気循環が存在しています。


図2


ここで、なぜ図2の波が景気変動とみなされているのか、考えてみましょう。例として、日本の好景気時期の一つである、いざなぎ景気をとりあげることにします。1970年7月を頂点とするいざなぎ景気の時のGDPと、最近の不景気の時のGDPを比較するという状況を想像して下さい。いざなぎ景気は大きな景気の山を作り出しましたが、いくらその山が高いからといって、その山頂にあたる1970年のGDPよりも最近の不景気の時のGDPの方が小さいわけではありません。実際には、最近のGDPの方がはるかに大きくなっています。これはいざなぎ景気から現在までの間に 経済成長 があったためです。この話から、時系列データにおいて、GDPの大きな時イコール好景気の時、と単純に判断することには問題がありそうなことが分かります。更に言えば、好景気、不景気を考える場合には経済成長の部分を勘案して定義する必要があることが推察されます。このような理由から、「通常の経済成長の勢い(成長トレンド)」と比較した時に、より急激に成長している時を好景気と呼んでおり、より成長の勢いの少ない時を不景気と呼んでいるのです。そして、図1から図2への変換作業において、我々はまさにこのような成長の勢いの差が明らかになるような作業をしていたのです。

以上から、発展途上国の一つであるケニヤには、景気循環が存在することが明確になりました。また、恐らくは他の途上国についても、景気循環が計測されるであろうことも推察できることでしょう。

次に、第二の質問について考えてみましょう。現在、景気循環の研究分野で利用されている景気循環モデルはReal Business Cycleモデル(実物的景気循環モデル、RBCモデル)と呼ばれ、 Kydland and Prescott がその原型となるモデルを開発しました。ちなみにこの2人の経済学者はこの研究などによる功績を評価され、2004年にノーベル賞を受賞しています。RBCモデルの利点の一つは、そのモデルの体系そのものにあります。RBCモデルは、それまでに個々に開発されすでに定評を得ていた新古典派の消費理論モデル、新古典派の投資理論モデルなどを一つのモデル体系の中に配置した形になっており、この意味で新古典派の集大成的なモデル体系となっているのです。RBCモデルは、当初は、その名前が示すように先進国の景気循環の研究に用いられていました。そこでは、生産性ショック(技術進歩などにより生産効率が変動すること)がどのように経済全体に波及していき、経済活動の大きさ(GDPの大きさ)に影響するか、すなわち景気を変動させるかということが研究されていました。ここで、どのようにショックが波及していくかということを、経済モデルを使って描写するということは、実際の経済を的確にシミュレーションすることができるようなモデルを構築した上でそれに基づいて行うということです。さて、実際の経済をシミュレーションすることのできるモデルを作れるのであれば、その使用目的は必ずしも景気循環の分析に限る必要はありません。このような考えから、現在では、モデルの体系としてはRBCモデルとほぼ同じである経済モデルを、景気循環以外の研究のために(例えば財政政策の研究のために)用いるということが、普通に行われています。

途上国の景気循環研究についても、上記の流れと同様なことが起きています。 Mendoza などの研究は、途上国の景気循環を分析の対象としています。その一方で、例えば Arellano and Mendoza は通貨危機の研究にRBCモデルを利用しています。

以上から、発展途上国の景気循環を研究するということは、同時に発展途上国の経済を的確にシミュレーションすることのできるモデルを開発するということであることが分かるかと思います。またそのようなモデルには、他の様々な研究目的への応用を期待されるわけです。

(樹神 昌弘)