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EUとトルコの難民対策合意

トルコ情勢

地域研究センター 間 寧

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2016年3月

欧州理事会(EU首脳会議)は3月18日、トルコからギリシアへの難民流入を食い止めるための対策でトルコと正式合意に至った。合意案によると、EUは3月20日以降、トルコからギリシアに海路で入国する非正規移民(ビザ無し移民)のすべてをトルコに返還する代わりにトルコ国内の同数のシリア難民をEU諸国で直接(空路で)受け入れるというものである。

トルコからギリシアに(海路で)到達する難民のうちシリア国籍者は48%にとどまる(そのほかはアフガニスタン、イラクの国籍者(それぞれ26%、17%)などである) 1 。この案の狙いは、EUへの難民受入の対象を、最も切実な状況にあるシリア難民に限定すると同時に、経済的動機によるEUへの非正規移民の誘因を砕くことである。

この合意は、難民対策についてドナルト・トゥスク欧州理事会議長が提示した当初案をアンゲラ・メルケル・ドイツ首相が(欧州連合理事会議長国オランダのマルク・ルッテ首相を伴って)アフメット・ダウトール・トルコ首相との前週の交渉で拡充した最終案に依拠している 2

メルケル首相はその対価としてトルコ側の要求をのんだ。昨年11月の前回合意ではEUはトルコが受け入れている270万人のシリア難民の支援目的で30億ユーロ援助(2016年と17年を対象)を約束していたが、本合意ではこれと同額を(2018年末までに)追加支援する。またトルコのEU加盟交渉で凍結されていた交渉項目の部分解除、シェンゲン協定による移動自由地域へのトルコ国民のビザ無し渡航開始時期を(前回合意での2016年10月から)遅くとも6月末に前倒しすることを目指す 3

ただしこの最終案はEUの他の加盟国の合意によらずにまとめられた。オーストリアや東欧の加盟国が難民受入に強く反対していることからすると、シリア難民のトルコからの受入にはドイツ以外にどれだけの国が賛同するかに疑問が残る。また、トルコのEU加盟交渉加速には、トルコがキプロスを国家承認すべきという従来からのEUの要求へのトルコ側の対応が必要になる。トルコ国民のビザ無し渡航前倒しについても、EUが求める72の条件をトルコが満たす必要があるうえ 4 、政治色の強い欧州議会での承認が必要になる。

トルコは前回合意に従い、非正規移民斡旋者の摘発や非正規移民の阻止を強化してきた 5 。2015年にはトルコからEUへの204,200人の非正規移民が阻止された(そのうち海路での阻止は91,612人と前年の約6倍に達した) 6 。他方、難民のトルコ国内での定住を促すため、トルコで国際保護下にあるシリア難民に就業許可を与えることを2016年1月の法令で定めた 7

これらの措置の効果は小さいながらも徐々に表れているように見える。ギリシアへの海路での渡航をギリシア領諸島への難民流入数(図 1)は前回合意時の11月には毎日平均約4千人だったが、その後のトルコ当局による取り締まりと冬の到来により、その数は1月には約2千人に半減、2015年3月になっても同様の水準を維持しているうえに下降傾向を示している 8 。今回の合意に先立ち、ギリシアはトルコから不法入国した308名を3月1日から2日にかけてトルコに送還した。これらは主に難民認定対象外の14カ国の国民で、トルコは同諸国に送還条約締結を呼びかけている 9

図 1 トルコからギリシア領諸島に到着した難民数:2015年10月1日~2016年3月17日

図 1 トルコからギリシア領諸島に到着した難民数:2015年10月1日~2016年3月17日

出所: The United Nations Refuge Agency, “Daily Estimated Arrivals per Country - Flows through Western Balkans Route 18 March 2016,”
http://data.unhcr.org/mediterranean/documents.php?page=1&view=grid   2016年3月20日アクセス)データより筆者作成。

マケドニアが対ギリシア国境を封鎖した状態で今回の合意が発行すると、トルコから欧州に向かう難民は西バルカン・ルートの代わりに黒海ルート(ウクライナ→ポーランド)など別のルートを試す可能性も指摘されている 10 。今回合意を受けてトルコとEUの実行力が大きく問われることになるが、より根本的にはシリアにおける部分的停戦が定着するかどうかが今後のEU・トルコ難民対策の帰趨を決めることになる。

(2016年3月20日脱稿)

脚 注
  1. 2016年1月現在の内訳。 http://data.unhcr.org/mediterranean/country.php?id=83
  2. 当初案ではギリシアからトルコへ送還する難民の対象を、シリア国籍者以外としていた。またトルコに対する追加支援や優遇措置も盛り込まれていなかった。トルコは「難民の地位に関する条約」(1951年)締結国だが、欧州からの難民に限定する地理的制約を付している。
  3. EU加盟全28カ国のうちシェンゲン領域に含まれるのは22カ国。
  4. European Commission, “Report From The Commission to the European Parliament and the Council: Second Report on Progress by Turkey in Fulfilling the Requirements of Its Visa Liberalisation Roadmap,”  http://ec.europa.eu/dgs/home-affairs/e-library/documents/policies/international-affairs/general/docs/turkey_second_progress_report_en.pdf  2016年3月13日アクセス。 その条件の中には、トルコがこれまで国家承認を拒んでいるキプロスに対するビザ手続における差別的な扱いをやめることが含まれている。
    European Commission, “Accompanying the document: Second Report on progress by Turkey in fulfilling the requirements of its visa liberalisation roadmap,“ Commission Staff Working Document (2016) 97.  http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52016SC0097&from=en  2016年3月14日アクセス。
  5. トルコのイズミル県の海岸チェシメからギリシアの島までの40~45人乗りのボートでの一人当たり密航料金は1000~1200ドルとの報告もある。Mehul Srivastava, “Organised crime moves in on migrant smuggling trade in Turkey,” Financial Times, December 13, 2015.European Commission, “EU-Turkey Joint Action Plan: Implementation Report,” http://ec.europa.eu/dgs/home-affairs/what-we-do/policies/european-agenda-migration/background-information/docs/managing_the_refugee_crisis_-_eu-turkey_join_action_plan_implementation_report_20160210_en.pdf  2016年3月13日アクセス。
  6. トルコからギリシアへの非正規移民の98%は海路による。European Commission, “Accompanying the document: Second Report.”
  7. 外国人と国際保護に関する法律(2013年4月成立、2014年施行)は、4種類の国際保護地位を規定しているが、シリア難民はこのうち最も低い地位である「一時的保護」が認められている。
  8. ただしEUは新規合意の条件としてその数を千人未満にすることを求めている。
  9. ”Yunanistan’dan Iadeler başladı,” Hurriyet , March3, 2016.
  10. “Where now? Potential pathways to Europe after favoured route closes,” Financial Times, March 10, 2016.
本稿の内容及び意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。