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選挙後の帰趨を世界が注視

イラン情勢

新領域研究センター 鈴木 均
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この記事は2009年6月25日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『大規模デモとイランの行方』(鈴木均研究員出演)の内容です。




6月12日に投票が行われたイラン大統領選挙は、現職のアフマディネジャドが対立候補のムサビ元首相を大差で破り、決選投票を待たずに現職の再選が決まりました。しかしその直後から投票および開票過程で操作が行われたとの抗議運動がテヘランおよび地方の主要都市に拡大し、大衆抗議デモやゼネストが連日行われています。

一方19日にはハメネイ最高指導者がテヘラン大学で金曜礼拝を行い、アフマディネジャドの再選確定を明言しました。また同時に抗議運動の首謀者に対しては断固として対応すると警告を行って事態の鎮静化をはかりました。だが翌20日にも一部が抗議デモを強行しており、革命防衛隊や民兵組織のバシージュの暴力的鎮圧が過激化して政府側の発表だけで一般市民約20人の死者を出しています。

Question 鈴木さん、まずこの大統領選挙で本当に不正が行われたのかという点についてですが、どうお考えですか?


Answer 今回の大統領選ですが、当初アフマディネジャド側は選挙運動の盛り上がりを警戒して改革派の新聞やインターネットの規制をしていました。そもそも2005年の大統領選での彼の当選も一部で疑惑がもたれており、そのためアフマディネジャド大統領としては今回の選挙で再選を果たすことこそが至上課題であったと思われます。

選挙中によく紹介されていたイラン全国30州への2回にわたる視察と大統領の直訴状への丁寧な対応、地方農村部へのポピュリスト的なバラマキ政策も、長期的な社会経済政策という観点を完全に欠いており、昨年まで異常な高水準にあった石油価格を背景に、潤沢な石油収入を使った事実上の選挙運動であったとも見えなくはありません。

ですからアフマディネジャド側が当初思い描いていた筋書きは、ハタミ前大統領などの知名度の高い改革派候補の立候補をできるだけ抑え、投票率が低迷するなか地方で積み上げたはずの支持票に頼ってすっきりと当選するという形であったに違いありません。

ところがその筋書きが狂ってきたのがムサビ候補への急速な支持の高まりと、それに伴う選挙運動の熱狂です。これにはフェイスブックやトウィッターといったインターネットのソーシャル・ネットワーキングサービス(SNS)の普及が重要な役割を果たしました。SNSは日本ではMixiが有名ですが、いわば人と人のつながりを重視したコミュニティ型のサービスで、eメールなどよりも当局の検閲などを逃れやすいとされています。

選挙直前にイランで初めて企画されたテレビ討論において、アハマディネジャドは選挙運動を応援して注目を浴びていたムサビ夫人についても学歴詐称があったと中傷し、また前回の大統領選で決選投票まで争ったラフサンジャニとその家族を革命後の特権階級と非難するなど、思い切った発言で物議をかもしました。これは彼がどれだけ選挙前の時点で追い詰められており、メディアを通じて国民の支持を集めようと必死になっていたかを示しています。

それだけに85パーセントという空前の投票率を示した今回の選挙においてアフマディネジャドがいわゆる地滑り的な勝利をおさめたといってもその具体的な根拠はほとんどありませんでした。逆にイランの国政選挙ではこれまでも操作の存在が指摘されてきたのですが、そこにはある程度の抑制が働いていたことも事実です。

今回最高指導者のハメネイを中心とする体制側が、なぜこれほどにも露骨な投票および集計の操作を行ない、第1回投票での極端な大差によるアフマディネジャド再選にこだわったのかは疑問といえば疑問が残ります。それだけ現職側が追い詰められており、決選投票までの選挙運動の盛り上がりを恐れていたという以外に今のところ説明は見つかりません。

公表された投票結果の疑問点

ムサビ候補側の指摘する不正


Question 先ほどインターネットの浸透が今回の選挙とその後の展開に大きな影響を与えていると言われましたが、それは具体的にはどのようなことなのですか?

Answer インターネットの影響といっても、もちろん抗議デモの動員などの伝達には携帯電話や口頭などを含む複合的なコミュニケーション手段が使われている訳です。しかし天安門事件のあった1989年当時とも違ってこれだけインターネットが普及した現代世界では、当局がいかにマスメディアを排除しても個々人がメディアの役割を果たしてしまうために以前では考えられないほどの情報がインターネットを通じて世界中に瞬時で届けられてしまいます。

今回の動乱のある時点からイランの政府当局は外国メディアを排除し、またインターネットから流出する情報の遮断も繰り返し試みていますが、これはサイバー社会がこれだけ発達した現代世界においてはもとより無駄な試みと言わざるをえません。現にCNNなどは積極的にインターネットの動画情報を再構成してほとんど問題なくイラン国内の現状を流し続けています。

ちなみにインターネット上を流れる情報は、言葉の壁すらも軽々と越えています。ネット上の多くの情報が英語でなされているということもありますが、重要なのは画像や動画がイラン国内の地方都市を含めた状況を刻々と報じていることです。父親や友人とともにデモの見物に出ていた26歳のネダー・アガソルタンという女性がテヘランの路上で民兵組織バシージュと思われるスナイパーによって射殺された衝撃的な映像は、今回のイランにおける事態の様々な側面を正に象徴的に語っていると言えます。

今回の大衆抗議デモでは多数の女性が街頭に繰り出したことも画像などで伝えられていますが、これは特に2005年にアフマディネジャド体制になって以来それまで自由化が進んでいた女性への規制が時計の針を戻すようにして強要されるようになり、これに対する不満が特に若い女性のあいだに蔓延していたことを物語っています。

Question 非常に胸の痛む映像ですが、鈴木さん、このように余りにも明らかな一般市民の人権の蹂躙を止めさせるために、日本あるいは国際社会として今できることはないのでしょうか。

Answer 最高指導者ハメネイの意志のもとで革命防衛隊およびその傘下にある民兵組織のバシージュが一般市民への暴力的な行為をエスカレートさせている訳ですが、19日のハメネイの金曜礼拝での発言に国民が即座に反発したという事実は、30年前のイラン革命によって成立した現在の政権が国民のなかで正当性を失っていることを意味しています。

ハメネイを頂点とする体制が国民と武力をもって対峙するという現在の窮状を冷静に認識し、想定される悲劇的な事態を回避しつつ平常な状態に戻ることを真剣に考慮するのならば、軟着陸するためには数ヶ月間の時期を置いての再選挙の実施という選択肢は十分考察に値するものと思われます。その際に不可欠なのは、ムサビ候補側も提案するように公平な選挙監視体制の確保でしょう。しかしここで現在のイランの外交的な立場を考えれば、歴史的な経緯からいっても米国・英国などの欧米諸国にそのような役割を期待することは非常な無理があると言わざるをえません。

今後革命防衛隊などによる抗議運動の暴力的な制圧が一層過激化して事態が深刻化し、ハメネイと革命防衛隊に権力が集中する現在の体制が国民にとっての正統性を完全に失う前に、日本などの中立的な立場に立ちうる国が公平な選挙のための選挙監視団の派遣をイラン側に打診することは、イランにおけるこれ以上の流血の事態を思い止まらせる意味があるだろうと思います。またイラクからの撤退やアフガニスタン選挙を控えてイランとの交渉の開始までにそれほど時間的な猶予のない米国のオバマ政権に対しても、外交上の大きな支援となるのではないでしょうか。

いずれにしても革命後30年間で最大の転換点となったイランの危機的な状況は、単に国際的な戦略上の問題ということでなく、すでに地球化したサイバーネットワーク社会のもとにおける独裁的な国家権力と民主化の問題を最も先鋭的に提起しているということができると思います。
2009年6月