skip to contents.

条件不利地域のジャガイモ生産と流通

ペルー情勢レポート

在リマ海外研究員 清水 達也
PDFpdf(869KB)
2013年6月26日
筆者は2013年6月17~21日、ペルー・アンデス地域のワンカベリカ州などでジャガイモの生産と流通に関する調査を行った。これまでに調査を行ったワヌコ州とフニン州は、国内最大のジャガイモ生産州であると同時に、国内最大の消費市場であるリマ首都圏へ供給する主要産地であり、ジャガイモの商業的生産が盛んである。これに対してワンカベリカ州の生産量は全国第7位でワヌコ州の半分程度にとどまる。また、同州は貧困人口や栄養失調の乳幼児の割合が全国でも最も高い州のひとつとして知られており、農業でも自給的生産が中心である。今回の調査では、条件不利地域でどのようなジャガイモの生産と流通が行われているか把握するために、同州の農業に詳しい州政府農業局や現地の農業開発に取り組むNGOの担当者などにヒアリングした。
ワンカベリカ市の市場で販売されるジャガイモ類。改良品種が中心で在来品種はほとんど販売されていない(2013年6月、筆者撮影)

自給的生産が9割
まず、ワンカベリカ州のジャガイモ生産の傾向について農業省の統計データをもとに確認したい。図1に全国合計とワンカベリカ州、そして比較のために隣接するフニン州のジャガイモ生産量を示した。1980年代末の経済危機の際には、フニン州の生産量は大きく下落したのに対して、ワンカベリカ州の生産量はそれほど大きく減少していない。そのあとの傾向は両州で類似しており、1990年代に生産が増加したが、2000年代に入ると減少し、2000年代末に再び増加している。
図1 ジャガイモ生産量
図1 ジャガイモ生産量
(出所)ペルー農業省ウェブサイト

図2の単位面積あたり収量(単収)をみると、フニン州が全国平均よりも多いのに対して、ワンカベリカ州は少ない。特に1990年代は、フニン州の単収が大きく改善したのに対して、ワンカベリカ州の単収はほぼ横ばいで推移した。
図2 ジャガイモの単収
図2 ジャガイモの単収
(出所)ペルー農業省ウェブサイト(www.minag.gob.pe

ワンカベリカ州で生産されるジャガイモは、改良品種(papas mejoradas)と在来品種(papas nativas)に分けられる。州政府農業局によれば、2012年のジャガイモ生産量28万3000トンのうち、12%にあたる3万4000トンが在来種である。また、改良品種、在来品種の両方とも、生産の約9割が自給に向けられ、販売されるのは1割に過ぎないという。

条件不利地域
ワンカベリカ州のジャガイモ生産の生産性が低く自給が中心であるのは、同州の地理や社会経済的な条件が、他州と比べて不利であることによると考えられる。まず地理的な条件では、農地の多くが高い標高に位置していること、そのため霜害が発生する確率が高く、かつ灌漑が整備されている農地が少ないことが挙げられる。加えて主要な市場へのアクセスが悪い。同州の州都であるワンカベリカ市から、農産物の主要な市場である海岸地域の主要都市に通じる舗装道路は、隣接するフニン州のワンカヨ市を経由する道路だけである。ワンカベリカ市からワンカヨ市までバスで3時間半、そこからリマ市まではさらに7時間かかる。ワンカベリカ市から海岸地域のイカ州に直接通じる道路があるが、未舗装のため大型トラックは通行できない。このために農産物の輸送コストがかさみ、リマの市場においてワンカベリカ産農産物の価格競争力が劣ることになる。
ワンカベリカ州周辺の地図

社会経済的な条件では、同州の貧困人口の高さが上げられる。国家統計局(INEI)のデータによれば、2012年の同州の貧困人口の割合は49.5%で、南部シエラ地域の諸州についで全国で4番目に高い。それに対して隣のフニン州は23.7%である。生産者の収入が少なく、質の良い種イモ、肥料、農薬などの投入財を購入することができないために、ワンカベリカ州のジャガイモ生産における単収は全国平均を大きく下回っている。

近代的農業の推進
ワンカベリカ州のような条件が不利な地域における農業開発にはどのような選択肢があるのだろうか。大きく分けて2つの方向が考えられる。ひとつは改良品種や投入財を用いて生産性向上するいわゆる近代的農業の推進である。これまでに調査したワヌコ州やフニン州では、リマ首都圏で拡大する需要に対応するために、生産規模を拡大しかつ生産性を高めることで、改良品種ジャガイモの生産を増やした。ワンカベリカ州内でもフニン州に接するタヤカハ郡では改良品種の商業生産が中心で、ここで生産されたジャガイモはワンカヨを経由してリマ首都圏で販売される。

しかし改良品種の生産拡大による発展にはいくつかの壁がある。ひとつは隣接するフニン州の産地との競争である。フニン州の産地は規模が大きい上に生産性も高く、生産コストも低い。これらの産地との競争になれば、規模や生産性に劣るワンカベリカ州内の産地は価格面で不利になる。もうひとつは商人との競争である。フニン州の州都ワンカヨ市はアンデス地域におけるジャガイモ集積の中心地で数多くのジャガイモ商人が存在する。彼らはフニン州内だけでなくワンカベリカ州からもジャガイモを集荷してリマ首都圏の卸売業者に販売している。実際にタヤカハ郡の生産者の多くもワンカヨ市の商人に収穫物を販売している。以前タヤカハ郡の生産者が、生産者協会を組織化して小規模生産者の収穫物をとりまとめ、自分たちでトラックを手配して直接リマ首都圏の市場に販売しようとした。しかしその動きを見たワンカヨ市の商人が卸売業者により安い価格を示すなどして妨害した出来事があった。規模の経済が機能する改良品種の販売では、比較的規模の小さいタヤカハ郡の生産者協会は、取扱量が多くて資本力の大きいワンカヨ市の商人に対抗できない。

在来品種の活用
ワンカベリカ州の生産者が現在試みているのは、在来品種ジャガイモの販売促進というもうひとつの選択肢である。もともとワンカベリカ州では多くの在来品種が生産されていた。しかし在来品種は自家消費が中心で地元の市場ではほとんど需要がなく、商人が買うとしても改良品種より安い価格になる。政府による近代的農業の推進もあり、多くの生産者が在来品種の生産を減らし、改良品種の生産へと転換していった。その結果、在来品種の数は減少し、一部の篤農家が従来からの在来品種を維持するのみになった。そのような在来品種を商品化しようというのが、最近の試みである。

そのなかでもワンカベリカ州タヤカハ郡の在来種ジャガイモ生産者協会AGROPIAが注目を集めている。この協会はNGOの力を借りて、会員が有機農業で生産した在来品種ジャガイモをポテトチップスに加工して、フェアトレードや小規模農民を支援するフランスの協同組合ETHIQUABLEに販売している(同組合の商品紹介ウェブサイト)。現在は年間50トンのジャガイモをチップスに加工し、2カ月に1コンテナをフランスに輸出している。それ以外にも、国内のスナックメーカーにチップスの原料となる在来品種のイモを年間50トン供給しているほか、国内の大手スーパーに対して在来品種の収穫期の数カ月間に毎月0.5トン程度供給している。

最近ペルー国内では、農業省やアンデス地域の地方政府など公的機関のほか、料理業界の団体、有機農業やフェアトレードを推進するNGO、スーパーマーケットなどが在来品種ジャガイモの認知を高める取り組みを行っている。毎年5月30日の「ジャガイモの日」には、リマ市や産地で在来品種のジャガイモを販売するイベントが行われるほか、スーパーマーケットもこの時期には普段は扱っていない在来品種を販売している。国内の大手スナックメーカーも在来品種のジャガイモを利用したポテトチップスを商品化している。AGROPIAの取り組みはこのような試みのひとつであり、それまでは存在しなかった在来品種のジャガイモの需要を創出することで、農業開発を行おうという取り組みである。もともと投入財をほとんど使わずに生産してきたことを利用して有機栽培の認証を取得し、さらに生産者協会を組織してフェアトレードのプレミアムを受け取っている。

在来品種による農業開発の課題
しかし在来品種ジャガイモによる農業開発にもいくつかの課題が残されている。そのひとつが限られた需要である。AGROPIAの成功を耳にしてこれに参加しようとするワンカベリカ州内の生産者組織がいくつかある。しかし欧州における需要が限られているため現在は新規の参加を受け付けていない。リマ首都圏でも有機農産物を販売する露天市などが増えているが、その販売量は限られおり、また参加するにはコストもかかる。昨年移転開設したリマ市サンタ・アニタ地区のリマ卸売市場において、生産者組織が直売所を設けて在来品種のジャガイモを販売する計画もあるが、実現までにはまだ時間がかかる。

もうひとつの課題が在来品種の生産形態と需要のミスマッチである。在来品種の生産においては、様々な異なる品種を同じ圃場で混在して栽培するのが一般的である。例えば害虫が付きにくい品種や霜害に強い品種を混ぜることで、天候の変動や病虫害などによる収穫減少のリスクを減らすことができる。これは自給用に最低限の食料を確保するための農民の智恵である。しかしポテトチップスへの加工やスーパーマーケットへの販売で求められるのは単一の在来品種である。在来品種の需給拡大には、このミスマッチの解消が必要になってくる。
産地の市場では様々な在来品種のジャガイモが混じるHUACHUYという形態で販売されることもある(2012年6月、ワヌコ市の市場にて筆者撮影)