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難航するリマ卸売市場の移転

ペルー情勢レポート

在リマ海外研究員 清水 達也
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2012年9月26日
800万人の人口を抱えるリマ首都圏の卸売市場の移転を巡って、市場開設者であるリマ市の市場公社と卸売業者らの間で対立が高まっている。市は新しい卸売市場への移転を9月19日に設定したものの、9月末時点では新卸売市場で営業する卸売り業者の数は限られており、これまでの卸売市場も営業を続けている。リマ市政府は老朽化した卸売市場のインフラや商慣習の近代化のために移転の実施を目指しているものの、既得権益を失いたくない業者や雇用喪失を恐れる荷役労働者の反対により移転が難航している。本レポートではこれまでの経緯と対立の理由について説明する。
手狭になったラ・パラダ卸売市場
現在のリマ卸売市場は、リマの旧市街に隣接するラ・ビクトリア区の通称ラ・パラダ(La Parada)と呼ばれる地区にある。1945年に開設したこの卸売市場は、3ヘクタール強の敷地に774の卸売業者用のポスト(スペース)があり、現在は年間120万トンを超える農産物が取引されている。ジャガイモ、トウモロコシ、タマネギ、レモン、サツマイモなどの野菜類の売買が主である。

リマ首都圏の人口は、1960万人の190万人から2007年には850万人まで拡大した。それにともないラ・パラダ卸売市場の取引量が拡大し、場内だけでは売買を処理しきれなくなった。その結果ラ・パラダ市場の周辺には、キャッサバ、トマト、カボチャなど比較的取引量の多い特定の農産物を売買する民間の市場が生まれた。それだけでなく、市場周辺ではインフォーマルな商人が公道を占拠して農産物を売買するようになった。このため、周辺の交通渋滞や治安の悪化が問題になったほか、市場周辺で発生するゴミを十分に清掃しきれなくなり、衛生面でも問題が生じた。さらに、リマ市政府や農業省が農産物取引の実態を十分に把握できなくなっている。このほか、市場外ではもちろん、卸売市場内でも領収書の発行を伴わないインフォーマルな取引が増加しているほか、トラックからの農産物の積み卸しに100~120キログラムの袋が使われるために荷役労働者の健康被害が問題となっている。
ラ・パラダ卸売市場のジャガイモ部門(2011年12月筆者撮影)
ラ・パラダ卸売市場のジャガイモ部門(2011年12月筆者撮影)
サンタ・アニタ新卸売市場の建設
これらの問題を解決するためにリマ市政府は1980年代から卸売市場の移転を検討し、リマ市東部のサンタ・アニタ地区に60ヘクタール弱の土地を確保し、新市場の建設に着手した。しかし経済危機や政権の交代などにより建設が中断し、さらに2000年代初めにはこの土地が不法に占拠されるなどして新卸売市場の建設はストップした。2009年になって建設が再開し、2011年には第1期工事が終了し、一部のパビリオン(ポストが集まる棟)が完成し、移転の準備が整った。

完成したのはC棟の640ポスト。1つのポストの広さは48平米とラ・パラダ市場の16平米の3倍。2013年以降に実施する予定の第2期工事ではA、B、D棟あわせて648のポストを建設する。新市場が完成すれば5つの入り口と6つのトラック用の重量計が整備され、入り口と重量計が1つずつしかないラ・パラダ市場と比べるとインフラが大幅に改善される。また、サンタ・アニタ市場は海岸部と山間部とつなぐカレテラ・セントラル(中央街道)沿いにあり、ペルーを南北につなぐパンアメリカン・ハイウェイにも近い。そのため、リマ旧市街に隣接するラ・パラダ市場に比べて交通の便がよく、周辺道路の渋滞が大幅に緩和することが期待されている。

現在のラ・パラダ卸売市場を管理しているリマ市場公社(EMMSA)は、サンタ・アニタ新市場への移転を機に、卸売市場のインフラのみでなく、様々な商慣習の近代化を目指している。1つめは卸売販売のみへの限定。現在ラ・パラダ市場では小売業者のほか一般消費者も購買できる。これを例えば2000ソル以上の販売に限定することで場内の混雑緩和をねらう。2つめは電子マネーの利用。現在は多くの取引が現金で行われているため、その現金を狙った盗難や強盗が市場内や周辺で多発している。これを避けるためにデビット・カードなどの電子マネーによる取引を促進する。税務当局にとって取引をより正確に把握できるというメリットがある。3つめはプラスチック・ケージの利用。このケージには50キログラム程度の農産物が入るが、これにより荷役労働者の健康被害が軽減できるほか、農産物へのダメージを減らして輸送中の摩耗を減らすことができる。このほか、場内に銀行の支店を設置したり、公正な取引を促すための価格掲示板を場内に設置する予定である(El Comercio、2012年9月5日)。

卸売業者や荷役労働者の反対
リマ市政府にとって卸売市場の移転は、公共交通機関の整理統合と並んでリマ市の近代化に必要な最重要課題の1つである。しかし現在ラ・パラダ卸売市場で営業する卸売業者や荷役労働者らがこれに反対し、なかなか移転に向けた手続きが進まなかった。

反対の理由の1つが市場の移転による既得権益の喪失である。卸売業者は市場公社に対して毎月数百ソル(1ソルは約30円)の利用料を支払い、ポストを借りることになっている。しかし現在営業する卸売業者の多くは、市場公社から直接ポストを借りているわけではない。市場公社から直接借りている業者に対して毎月数千ソルを支払い、ポストを又借りしていると言われている(El Comercio、2012年9月16日)。新市場へ移転した場合、市場公社は新たに卸売業者を募集するため、現在市場公社から直接ポストを借りている業者は又貸しによって得られる賃貸料という既得権益を失うことになる。現在ポストを又借りしている卸売業者や新規参入を目指す業者にとって新卸売市場は魅力的である。しかし、既得権益を持つ業者は、供給元である産地や販売先である顧客との強いつながりを持っており、新市場への移転を望む業者に対して移転しないように圧力をかけていると言われている。

既得権益を持つ卸売業者のほかに市場移転に強く反対しているのが場内の荷役労働者の組合である。市場公社は市場近代化のために場内輸送の機械化を進めるとしているが、そうすると荷役労働者は仕事を失う可能性があることから新市場への移転に反対している。

卸売業者や荷役労働者は移転中止を求めて9月13日に72時間ストを実施した。この影響で一部の農産物が通常より値上がりしたものの、メルカドと呼ばれる公設市場の小売市場やスーパーマーケットが品不足に陥ることは概ねなかった。

難航する市場の移転
リマ市場公社は2012年6月、サンタ・アニタ新市場での営業を希望する卸売業者の募集を始めた。同公社によると、640のポストに対して9月初めまでに1100の業者が関心を示したという(El Comercio、2012年9月5日)。9月に入ってリマ市議会は19日に正式に新市場へ移転することを決め、市場公社がこれを発表した。

しかし、サンタ・アニタ市場で営業を開始した9月19日には卸売業者は一人もおらず、新市場の門は閉ざされたままだった。翌20日なってごく一部の業者が営業を始め、トラックが農産物を入荷し始めたものの、また本格的な取引は始まっていない。この状況に対してリマ市場公社は、期間限定で利用料を引き下げることで卸売業者の移転を促そうとしている。予定では1つのポストの利用料は毎月4200ソルであるが、9月末までに移転した業者に対しては2200ソルに引き下げるとしている。

当初は、サンタ・アニタ新市場への移転日以降にリマ市政府が、ラ・パラダ卸売市場の卸売業者を強制的に排除して市場を閉鎖するという噂があった。しかし卸売業者や荷役労働者の強い反発が予想され、強制排除は暴力を伴う対立に発展する可能性があることから、リマ市政府は、新旧2つの卸売市場はしばらくの間並存して営業すると発表した。そのため、現在のところラ・パラダ卸売市場はこれまで通り営業を続けており、卸売市場の本格的な移転がいつになるのか見通しが立っていない。

卸売市場の競争力
日本ではスーパーマーケットや食品加工企業から、卸売市場を通さずに調達する農産物の割合が増加しており、卸売市場の重要性が低下している。この傾向を食い止めるために、卸売市場の集約化やインフラ改善のほか、仲卸などの市場参加者が需要者の要望に応える努力をするなど、卸売市場の競争力の強化に取り組んでいる。

リマ首都圏でも2000年代以降、スーパーマーケットなどの近代的な小売流通が発達してきた。しかしラ・パラダ卸売市場は、現在でも最も重要な卸売市場であり、例えばリマ首都圏に到着するジャガイモの約8割はラ・パラダ卸売市場に入荷している。この割合はここ10年ほとんど変わっていない。

近年の好調な経済発展に伴い小売流通業、食品加工業、外食産業などが発展していくなかでインフラや商慣習が変わらなければ、ラ・パラダ卸売市場は競争力を失うことは目に見えている。卸売業者の多くもその点は理解しているが、目の前の既得権益が改革の妨げとなっている。

本レポートの執筆にあたっては、リマ市場公社(EMMSA)のウェブページを参考にした(http://www.emmsa.com.pe/)のほか、Centro Peruano de Estudios Socialesが2011年11月22日に開催した農産物流通セミナーでの同公社の報告 "Gran Mercado Mayorista de Lima" を参考にした。報告資料の一部は同公社のウェブページでもみることができる。