skip to contents.

経済モデルの継続—ウマラ政権の1年を振り返って—

ペルー情勢レポート

在リマ海外研究員 清水 達也
PDFpdf(50.5KB)
2012年8月2日
オジャンタ・ウマラ大統領は2012年7月28日の独立記念日に演説を行い、この1年間の政権の実績を具体的な数字を挙げて詳細に説明するとともに、任期が終了する2016年に向けた目標を明らかにした。これについて保守系の有力紙であるエル・コメルシオ紙は社説で、「演説というよりも実績のリストで大きなビジョンが示されていないものの、真面目で具体的で控えめな点は肯定的に評価できる」と評価している(El Comercio、2012年7月28日)。

ウマラ政権の1年目を振り返ると、経済面ではこれまでの経済政策の継続により堅実な成果をあげたほか、貧困削減などでも着実に公約を実行している。しかし、鉱山開発を巡る社会紛争の続発やセルバ(アマゾンの熱帯低地)地域における治安の悪化など、いくつもの難しい課題が残っている。

「大いなる変化」から「大いなる継続へ」
ウマラ氏は2011年4月に実施された大統領選挙に向けたキャンペーンの際は、スローガンに「大いなる変化」(La gran transformación)を掲げ、市場経済を重視するネオリベラルな経済モデルから、国内経済を重視した代替的な経済モデルへの転換を主張していた。しかし同年6月の決選投票にむけた選挙キャンペーンでは、より幅広い層の支持を得るために主張を穏健化し、経済モデルの転換を引っ込めて社会政策の拡充を中心とした「ルートマップ」(Hoja de ruta)を示した。これにより決選投票で勝利して大統領に就任した。

2011年7月の大統領就任演説では、経済活動における政府の役割を重視した1979年憲法の精神を尊重すると述べて左派への回帰をほのめかしたものの(ペルー情勢レポート2011年7月「左派への回帰を匂わせたウマラ新大統領」)、経済政策を決定する最重要ポストである経済財政大臣には前政権で同省の次官を務めたミゲル・カスティージョ氏を任命したほか、中央銀行のフリオ・ベラルデ総裁を続投させ、市場経済を重視する経済モデルに変更がないことを示した。

ウマラ政権は、自由貿易の推進にも積極的に取り組んでいる。太平洋に面するラテンアメリカ諸国4カ国(メキシコ、コロンビア、ペルー、チリ)で形成する太平洋同盟(Alianza del Pacifico)や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)にも積極的に取り組んでいる。ヨーロッパやアジア諸国への外遊時には、自由貿易協定の発効への後押しや既に発行している協定の利用拡大を呼びかけたほか、ペルーへの投資を呼びかけるミッションを積極的に諸外国へ送り込んでいる。

政権に参加する人材面でも左派の色が薄くなっている。ウマラ大統領は就任時の首相に左派の企業家であるサロモン・ラーナー氏を任命したものの、コンガ・プロジェクトに対する抗議活動が拡大すると、代わりに元軍人のオスカル・バルデス氏を首相に任命した。この後、政権内にいた左派の顧問が辞任したほか、2012年6月までに左派の国会議員を含む5人の議員が与党から離党(除名も含む)している。

代わりに政権内で存在感を示しているのが、カスティーヤ経済財政相が推薦したとされるイデオロギーに関わりのない実務家の大臣である(Wiener F., Raúl (2012) “La derecha y Humala,” en E. Toche ed. Perú Hoy, La gran continuidad. Lima: DESCO.)。
このようなウマラ政権の1年目に対して、「これは選挙時に約束した『大いなる変化』ではなく『大いなる継続』(La gran continuidad)である」(Perú Hoy, La gran continuidad. Lima: DESCO, julio 2012)、「継続の誘惑に負けている」(La Revista Agraria, CEPES, julio 2012)などの評価があがっている。

公約の実行
経済モデルの転換は引っ込めたものの、ウマラ政権はそれ以外の公約については着実に実行している。最低賃金(renumeración mínima vital)を月額600ヌエボ・ソル(以下ソル、1ドル=約2.6ソル)から750ソルへ25%引き上げたほか、65歳以上の貧困者層に国庫から2カ月ごとに250ソルを支給するPensión 65、低所得者層を対象とした高等教育の奨学金Beca 18、3歳未満の乳幼児を対象とした早期教育プログラムCuna Másなどのプログラムを既に始めている。貧困層の社会的包摂を進めるための開発・社会的包摂省(Ministerio de Desarrollo e Inclusión Social)も設立した。前政権から引き継いだ、貧困世帯に月額100ソルを支給する条件付現金給付プログラムJUNTOSも、今後実施地域を広げて給付対象者を増やすとしている。また、注目されていた鉱山企業への課税強化についても、業界団体と協議を重ねた上で毎年30億ドルを徴収することで合意した。ただしこれについては、欧米における経済危機などの影響により、実際には年間7億ソル程度しか徴収できないのではないかという見方もある(El Comercio、2012年7月15日Portafolio p.5)。

鉱山開発を巡る社会紛争
経済面が好調なのに対して、問題解決に向けてなかなか進展しないのが、鉱山開発を巡る社会紛争である。これには2種類の紛争がある。1つ目は、鉱山開発を進めたい鉱山企業と水質汚染など生活環境の悪化を懸念する地元住民との紛争。2つ目は、コンセッションや操業許可などを取得せずに採掘を進めるいわゆるインフォーマルの鉱山業者とこれを取り締まる政府との紛争である。

1つ目に関しては、カハマルカのコンガ・プロジェクトを巡る紛争が代表的である(ペルー情勢レポート2011年12月「『水か、金か』ウマラ政権にとって最初の試金石」を参照)。政府は、鉱山企業が実施した環境影響評価に対して外国人専門家による鑑定を実施した。この結果をうけて2012年4月にウマラ大統領がプロジェクト実施のゴーサインを出した。しかしカハマルカ州のグレゴリオ・サントス知事を中心とする地元住民が抗議活動を続け、7月には警察との衝突により4人の市民が亡くなった。現在、カトリックの神父を仲介者として対話が行われているが解決へ見通しは立っていない。このほかにも2012年5月に、クスコ州エスピナー郡で同様の紛争が起きた (ペルー情勢レポート2012年5月「鉱山開発を巡る新たな対立」を参照)。エスピナー郡の郡長が一時警察に拘束されて対立が高まったが、現在は政府と地元住民の間で、解決へ向けた話し合いが進んでいる。

2つ目に関しては、2012年3月にペルー南東部のマドレ・デ・ディオス州の零細小規模鉱山業者による抗議活動が代表的である(ペルー情勢レポート2012年3月「鉱山開発を巡る紛争の続発への対応に迫られるウマラ政権」を参照)。マドレ・デ・ディオス州のタンボパタ自然保護区の近くでは、必要なコンセッションや操業許可を取得せずに金を中心に採掘を行ういわゆるインフォーマルな鉱山業者が近年増えている。これらの業者は環境保全対策を実施していないため、この地域の環境破壊の進行が大きな問題となっている。政府は1年間の猶予を与えて、法人登録のほか必要な手続きを行ってフォーマル化を進めることで零細小規模業者といったんは合意したものの、その実現可能性については疑問の声が出ており、一部の鉱山業者らが引き続き抗議活動を行っている。

セルバの治安への懸念
鉱山開発に関わる社会紛争と並んで懸念されているのがセルバ(アマゾンの熱帯低地地域)におけるコカ栽培の拡大と治安の悪化である。

1990年代のコカ栽培撲滅対策により、ペルーのセルバにおけるコカ栽培は1990年代末にかけて減少したものの、2000年代に入って再び増加している。米国の麻薬取締局(DEA)によると、コカインの原料となるコカの葉の生産量(2010年)では、ペルーはコロンビアを上回るとしている(DEAのウェブサイト)。

コカ栽培だけでなく、麻薬業者に協力する形でセンデロ・ルミノソなどの反政府武装組織が活動しており、これによる治安の悪化も問題となっている。2012年2月、警察と軍からなる治安部隊は、センデロ・ルミノソのリーダーの1人「アルテミオ」を逮捕した。しかし4月には、センデロ・ルミノソの残りのメンバーがクスコ州のセルバ地域で、天然ガス・パイプラインの労働者36人を誘拐した。労働者はすべて釈放されたものの、救出作戦の際に治安部隊の7人が死亡した。

政府はセルバ地域のコカ栽培の撲滅と治安回復に取り組むため、2012年6月末、麻薬栽培の中心地であるVRAEM地方(アプリマック、エネ、マンタロ川流域)を対象に、代替作物の開発に加えて貧困削減なども含んだ対策を発表した。

今後の見通し
ウマラ政権の1年目を振り返ると、経済面では1990年代以降の市場経済を重視した路線の延長にある。そのおかげで、欧米諸国が経済危機にあるにもかかわらず、ペルー経済はラテンアメリカ域内でも最も好調な経済成長を続けている。ただし大統領は演説の中で、石油、電気、港湾の国有企業を強化すると主張しており、これが具体的にどのように進められるのか注視する必要がある。

安定した経済成長によりペルー政府の財政収入は増加しており、これを活用したさまざまな社会政策を引き続き実施していくことで、貧困の削減をはじめとする社会的包摂が進んでいくとみられる。ウマラ政権は任期終了の2016年までに、貧困世帯の割合を2010年の29.7%から15%に引き下げることを目標としている。

しかし一方で、鉱山開発に関する社会紛争は解決の見通しが立っていない。資源開発を望む企業、環境悪化の懸念を抱く地元住民、そして政府の間で、地道な対話を続けて解決策を探っていくしか方法はない。