skip to contents.

ペルーにおける綿花生産の減少

ペルー情勢レポート

在リマ海外研究員 清水 達也
PDFpdf(77KB)
2012年5月8日
綿は1960年代頃まで、砂糖、コーヒーと並ぶペルーの三大輸出農産物であった。しかし、1960年代後半から始まった農地改革をきっかけに生産が減少をはじめ、現在も停滞したままである。一方、1990年代以降の経済自由化のなかで綿製品の輸入が増加しており、現在ペルーの綿生産は輸入品との厳しい競争にさらされている。

生産減少
綿の収穫面積は、1962年には25万ヘクタールを超え、生産量も40万トンに達した。しかしそのあとは収穫面積が大きく縮小し、2010年には最盛期の1割程度の2万8000ヘクタール弱に落ち込み、生産量も6万4000トン弱にとどまっている(図1)。貿易量をみると、1960年代には10万トンを超えていた輸出量は1980年代にかけて大きく減少し、1990年代末以降はほとんど輸出をしていない。一方輸入は、1990年代から増え始め、2008年には5万トンを記録している(図2)。輸出入に用いられる綿繊維1単位を生産するのに、ペルーで最も多く生産されているタンギス綿の場合は原棉2.6単位が必要なことから、国内生産を上回る量を輸入していることになる。農業省の推計によると、綿製品の国内需要量全体のうち、国産綿が供給する割合は19%に過ぎず、米国綿が37%を供給している。そして残りの44%は、綿糸や綿織物、綿衣料などの形でインドや中国などから輸入されている(MIANG s/f)。

図1 ペルーの綿生産の変遷
図1 ペルーの綿生産の変遷
出所 ペルー農業省(www.minag.gob.pe)

図2 ペルーの綿生産と貿易
図2 ペルーの綿生産と貿易
出所 FAOSTAT。

どうしてペルーの綿生産は減少したのだろうか。その理由として農業省が指摘しているのが、低い単収と流通体制の改善が進んでいないことである(MINAG s/f)。低い単収については、綿の品種改良に関する研究開発が少ないこと、新しい品種を開発してもそれを普及する制度が整っていないことを挙げている。また、生産者が認証を受けた種子(certified seed)を利用する割合が低いことも指摘している。また、流通体制については、綿の品質の標準化が進んでいないことや、生産段階で品質を改善するインセンティブが欠けていることを指摘している。これらについて、もう少し詳しく検討してみよう。

綿の主要生産国である中国、インド、米国と比べると、ペルーの単位面積あたり収穫量(単収)は決して低いわけではない。図3をみると、中国には及ばないものの、米国とほぼ同じ水準であり、インドはもちろん、世界平均も上回っている。

綿の輸出単価(図4)をみると、1980年代以降はこれらの国を大きく上回っている。輸出単価は実績であるから、ペルーが高級な綿を輸出しているとみることもできる。しかし、現在ペルーが米国から綿繊維を、インドから綿糸を輸入していることを考慮すると、これらの国々の綿製品と比べてペルーの綿製品は価格競争力で劣っていると考えられる。
図3 主要国の綿の単収
図3 主要国の綿の単収
出所 USDA PSD Online。

図4 主要国の綿の輸出単価
図4 主要国の綿の輸出単価
出所 UNComtrade。

それではどうして、ペルー綿の価格競争力が低下し、生産が減少しているのだろうか。研究会の講師による説明や、現地調査時の生産者、綿繰り工場の話をまとめると、大きく以下のような理由が考えられる。

1つめは農地改革による生産体制の変化である。ペルーでは1960年代まで、大農場(アシエンダ)において、農場主が労働者を使って綿花生産を行っていた。しかし1960年代末から70年代にかけての軍事政権下で農地改革が行われると、この生産体制が大きく変化した。政府は大農場を接収し、そこで働く労働者をメンバーとする協同組合に配分した。労働者から「オーナー」に代わった労働者は、以前のように働くインセンティブを失い、それが生産の減少につながった。また、これまではオーナーや雇われた農業技術者が生産の技術的な側面を管理していた。しかし生産のすべてが農業労働者をメンバーとする協同組合に委ねられたため、品種改良などがうまく進まなかった。さらに1980年代以降は、協同組合の農地が個人に分配され、3~10ヘクタールほどに分割された。そのため、生産や収穫における規模の経済が活用できなくなった点も重要だと考えられる。

2つめは流通・販売にかかわる変化、特に品質の低下である。アシエンダ時代は、農場主が収穫した綿花の品質向上(具体的には収穫した原棉に混じる不純物の除去など)に努めた。これは、綿花(原棉)を買い取る綿繰り工場が、優れた品質に対するプレミアムを支払っていたからである。しかし農地改革後、協同組合は労働集約的なこの作業を行わず、不純物が多く混じる品質の低い原棉を綿繰り工場に販売することが一般的となった。

3つめは他の作物への転作の進行である。綿の国際価格は近年、1990年代半ばをピークに停滞していた(2010年に一時的に高騰し、その後元の水準に下がった)。そのため、生産者は綿花よりも利益が見込めるほかの作物への転作を進めた。特にリマ州カニェテ市は灌漑施設が整備されているために年間を通して農業用水を確保することが可能なことから、生産者はトウモロコシ、アボカド、アスパラガスなどへの転作を進めた。ただし、イカ州ピスコ市のように農業用水が限られているところでは、より少ない水でも育つ綿花以外に選択肢はなく、現在でも綿花が主要な作物となっている。

この他にも農業技術の開発・普及による政府の役割が、1990年代からの市場経済化改革のなかで縮小したことなどが指摘されている。

ペルーは、ピーマ綿やタンギス綿など、繊維が長い質の高い綿花を生産している。また、ペルーの繊維・衣料産業は近年輸出を拡大しており、主に北米向けに一流ブランドの綿製品を製造して輸出している。にもかかわらず、ペルーは米国やインドから綿繊維や綿糸を輸入して、これらを原料として用いている。国内の繊維・衣料産業の発展を、綿花生産の拡大につなげて、綿のバリューチェーン全体が発展することが期待されている。

参考文献
MINAG (s/f) “Algodon: cadena agroproductiva,” Lima: Ministerio de Agricultura, Dirección General de competitividad Agraria.