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企業による農業投資の拡大と小規模生産者の社会包摂 —農地所有の上限設定をめぐる議論—

ペルー情勢レポート

在リマ海外研究員 清水 達也
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2012年2月28日
2012年の初めからペルーでは、企業などの農業生産者が所有できる農地規模の上限設定に関する議論が高まっている。きっかけとなったのは、国の公共事業で開発された灌漑農地を、食品大手企業が大規模に購入したことである。ペルーでは2000年代に入ってから輸出向けの野菜・果物やバイオ燃料の原料となる農産物生産への投資が増加しており、大手企業は数千から数万ヘクタールの土地を所有するようになってきた。これに対して農地が少数の企業へ集中することは、格差を助長するだけでなく、食料安全保障にとってもマイナスになるとして、懸念する声が上がっている。本報告では、農地所有の上限設定をめぐる議論について、その背景と賛成・反対両派の主張を紹介する。

企業による大規模農地の取得
議会に提出された法案に添付された資料によると、企業による大規模農地所有の主な事例は次のとおりである。ペルー北部ランバヤケ州の製糖企業を中心に、サトウキビを原料とするバイオエタノールや、やし油を原料とするバイオディーセルを製造する企業(表1)、ペルー北部ラリベルタ州で1990年代に開発された大規模灌漑工事であるチャビモチック・プロジェクトの農地で瓶詰めアスパラガスなど輸出向け農産物を生産する企業(表2)、そして1990年代後半から投資が増加した南部イカ州で生鮮アスパラガスやブドウなどの輸出向け農産物を生産する企業(表3)などである。

これらの企業の中でも最も大規模に農地を所有するのがグロリア・グループである。同グループは国内最大の乳業メーカーを中心に、セメント、アグロインダストリー、製紙などの企業を所有している。2011年末に、ランバヤケ州オルモス地区で国が開発する灌漑プロジェクトの土地1万5500ヘクタールを購入し、既に購入した土地とあわせてオルモス地区に2万5600ヘクタールを所有している。同グループはこの土地で、サトウキビのほか乳牛向けの飼料作物の生産を計画している。このほかにもいくつかの製糖企業を傘下に抱えており、これらの農地をあわせると全部で7万ヘクタールを超えるペルー最大の農地所有者である。

土地所有の集中への懸念
このような、企業による大規模農地所有の増加に対して、政府や一部の政治家、中小規模の生産者からなる農業団体が懸念を表明している。

まず野党の政治家2人が農地所有に上限を設ける法案を議会に提出した。ビルヒリオ・アクニャ議員が2011年11月に提出した法案は2万5000ヘクタール、ホセ・レオン・リベラ議員が2012年1月に提出した法案は、海岸地域では1万ヘクタール、山間地域では5000ヘクタール、熱帯低地地域では2万ヘクタールを上限としている。また、低所得者層の社会包摂を掲げるウマラ大統領が土地の集中に対して懸念を示したことを受け、農業省が農地所有の上限を設定する法案を提出する準備をしていることを明らかにした。

農地所有の上限設定に賛成する人々は、その理由として主に次の点を主張している。第1に富の公正な分配である。零細小規模農民にとって農地は最も重要な生産要素である。企業による農地所有が進んで農民が農地を失うことがないように、企業による農地取得に制限をかけるのが望ましいとしている。
第2に国の補助金の受益者の議論である。農業問題に詳しいペルー社会科学研究所(CEPES)のフェルナンド・エグレン理事長によると、オルモス地区の農地を開発するために国はヘクタールあたり2万ドルを投資している。それに対してグロリア・グループは4500ドルで落札しており、実質的に1万5500ドルの補助金を受け取っていると批判している。国の補助金は零細小規模農業の振興に当てられるべきで、企業による大規模農地取得の支援に使われるべきではないと主張している。

第3に食料安全保障への懸念である。特に最近、多くの企業が食料作物ではなくバイオ燃料原料の生産を目的に農地を取得している。食料の純輸入国であるペルーにとっては食料作物の増産が重要であるが、企業は利益の追求につながる農産物を優先する。そのため、食料危機時に十分な食料の確保が難しくなる可能性があるとしている。

農業部門の投資減退への懸念
これに対して、農地所有の上限設定に反対する人々が主張するのは、以下の点である。第1に上限設定は農業部門への投資減退につながるとしている。ペルーでは1960年代の軍事政権下において農地改革が行われたが、さまざまな理由によって農業生産の拡大にはつながらなかった。これを踏まえて1990年代には農地所有の自由化がすすめられた。現行の1993年憲法は88条で「土地所有の上限を設定する法律を制定することができる」としているものの、1995年に制定されたいわゆる土地法(Ley No. 26505)は土地所有に関する制限は設定できないとしている。この土地法をもとに、ペルーの海岸地域では農業部門への投資が拡大し、輸出向けの野菜や農産物を中心に、農業部門の近代化が進んできた。そのため、農地所有に制限を課すような法律は、農地改革の再来を彷彿させ、農業部門への新たな投資の減退につながると主張している。

第2の主張が規模の経済の問題である。労働生産性や土地生産性においては、規模の経済により大規模農業が有利であるとは必ずしもいえない。しかし農業機械や技術の導入など資本の利用や流通販売の分野においては規模の経済が強く働く。もちろん小規模農民も組織化すれば規模の経済のメリットを享受することができるが、これまでのペルーの経験から考えると組織化は困難である。限られた生産要素を有効に活用するためにまず行うべきは零細小規模農業の生産性向上であり、これまで農業生産性の向上に貢献してきた大規模農地所有を制限するべきではないというのが反対派の主張である。

第3が上限設定に関する技術的困難さの指摘である。上限値をきめるには技術的な裏付けが必要となるが、そのためには海岸、山間、熱帯低地といった地域だけでなく、それぞれの地域内でも地形、作物、灌漑の有無などによって条件が大きく異なる。それを考慮した上で個別に上限を設定する作業は非常に複雑になる。もし法律によって上限を設定した場合、法律の施行には土地所有に関する情報が必要となる。しかしペルーでは、海岸部を除いては土地の登記が進んでいない。まず土地の登記制度の整備が先決である。

2012年2月末にギノキオ農業大臣は、今年の後半に予定されている農業センサスの結果が出てから、農業省として農地所有の上限設定に関する法案を提出したいと述べた。今までの議論をみるかぎり、上限設定に対する賛成派、反対派の溝が埋まるのは難しい。上限設定の是非より、零細小規模農業を振興する方策へ議論が発展することを期待したい。



なお本報告は、El Comercio紙、雑誌La Revista Agraria、議会の法案のほか、CEPESで行われた農地所有の上限設定に関するセミナー(2012年2月17日、24日)の情報を参考にした。


表1 企業による大規模農地所有の事例1
業種2 企業名 グループ 面積(Ha)
製糖 Empresa Agroindustrial Tumán ランバヤケ Grupo Oviedo 11,800
製糖 Empresa Agroindustrial Pomalca ランバヤケ Grupo Oviedo 10,000
製糖 Industria Pucalá ランバヤケ Grupo Huancaruna 6,500
製糖 Corporación Azucarera del Perú / Gloria ランバヤケ Grupo Gloria 26,000
製糖 Complejo Agroindustrial Cartavio ラリベルタ Grupo Gloria 11,000
製糖 Empresa Agroindustrial Casa Grande ラリベルタ Grupo Gloria 29,383
製糖 Empresa Agroindustrial Chiquitoy ラリベルタ Grupo Gloria 3,200
製糖 Empresa Agroindustrial Sintuco ラリベルタ Grupo Gloria 1,414
製糖 Empresa Agroindustrial Laredo ラリベルタ Grupo Manuelita (コロンビア) 9,100
製糖 Agroindustrias San Jacinto アンカシュ Grupo Picasso 16,000
製糖 Agroindustrial Paramong リマ Grupo Wong 10,000
製糖 Industrial Andahuasi リマ Cooperativa Andahuasi / Grupo Wong 7,200
製糖 Central Azucarera Chucarapi Pampa Blanca アレキパ Grupo Michell 1,200
バイオエタノール Maple Etanol ピウラ Maple Energy (イギリス) 12,000
バイオエタノール Caña Braba ピウラ Grupo Romero 10,000
バイオディーゼル Palmas del Espina サンマルティン Grupo Romero 12,300
バイオディーゼル Palmas del Oriente サンマルティン Grupo Romero 3,000
(注1)これ以外にも輸出農産物などで大規模に農地を所有する企業がある。
(注2)製糖でもバイオエタノールを製造している企業もある。
(出所) 農地所有上限設定に関する法案(Proyecto de Ley No. 545/2011-CR)添付資料、Grupo Palmasホームページ (http://www.palmas.com.pe)。


表2 チャビモチック・プロジェクト1の大規模農地所有の事例
企業 規模(Ha) 割合(%)
Camposol 9,179 21
Cía Minera San Simón 6,185 14
El Rocío 4,901 11
Laredo 3,790 9
Rego Corporation 3,778 9
Green Peru 1,660 4
Danper Trujillo 1,640 4
Morava 1,622 4
Soc. Agrícola Virú 1,503 3
Ugás manuel 1,437 3
CEPER Agricola Chav 1,304 3
合計 36,999 85
(注1)ラリベルタ州チャビモチックでは主に輸出向けの野菜や果物が生産されている。
(出所) 農地所有上限設定に関する法案(Proyecto de Ley No. 763/2011-CR)添付資料。


表3 イカ州1の大規模農地所有の事例
企業 規模 (Ha)
Agroindustrias AIB SA 3,200
Sociedad Agrícola Agrokasa 2,252
Icatom 1,000
IQF del Perú Sa 912
Complejo Agrícola Beta 3,600
Agrícola Chapi SA 590
Agrícola Athos 500
Camposol 3,300
Agrícola Laran / La Calera 3,000
Agroamérica 2,000
Hoja Redonda 2,000
合計 22,354
(注1)イカ州では主に輸出向けの野菜や果物が生産されている。
(出所) 農地所有上限設定に関する法案(Proyecto de Ley No. 763/2011-CR)添付資料。